上 下
95 / 307
第四章 王都騒乱

86.母親たち(1)

しおりを挟む
「どうして行かせてくれないのです!?」


 王妃アナスタシアが、宮殿の扉に立ち塞がるユーデリケの腕をとって、悲痛な声を上げた。


「王妃陛下……」


 と、第2王子妃のユーデリケは、同情の念を浮かべながらも一歩も動かない。


「私の息子同士が、殺し合おうとしているのです。母である私が止めに行かず、誰が止めるというのです?」

「王都は騒乱の最中……。今、向かわれるのは危険すぎます」

「それでも、私はバシリオスに会わねばなりません。ルカスに会わねばなりません。兄弟で殺し合うなど、あってはならぬこと……」

「時が参りましたら、我が夫と祭礼騎士団が、必ず陛下を王都にお送り申し上げましょう」


 ユーデリケの語調は柔らかかったが、アナスタシアの目はカッと見開かれた。


「我が子が互いに殺し合おうとしている今をおいて、他に時などありません!所詮、子のないそなたには分からぬこと。ユーデリケ、そこをどきなさい」

「陛下……。それは、あまりの申されよう……」


 寂しげな表情を返すユーデリケに、アナスタシアも我に返った。若く見える第2王子妃だが、すでに齢は58。この先も子を為すことはあり得ない。触れてはいけないところに触れてしまったと、悔いた。


「ユーデリケ……。言葉が過ぎたことは謝ろう。しかし、私は行かねばならぬ。たとえ、この身がどうなろうとも、バシリオスとルカスを止めなくてはならないのです」


 そこに、屈強な体躯を誇る、第2王子のステファノスが姿を見せた。


「王妃陛下、いや、義母上」

「おお、ステファノス殿下」


 と、アナスタシアはステファノスに駆け寄った。


「殿下であれば分かって下さろう。腹違いとはいえ、殿下の血を分けた弟2人が殺し合おうとしているのです。私が止めずして、誰が止められるというのです」


 縋り付かんばかりのアナスタシアの前で、ステファノスは片膝を突いた。


「行かせるわけには参りませぬ」

「殿下まで、そのような……」

「義母上……、2人は止まりませぬ」

「私が止めてみせます」

「このステファノス。母の愛を亡くして育ちました」


 と、自分を見上げるステファノスの強い視線に、アナスタシアは虚を衝かれた。


「我が母テオドラが正妃としてもらえぬままに亡くなった後、正妃として迎えられた貴女を恨んだこともございます」

「……」

「ですが、今は違います。旧都に退かれ、ともに過ごさせていただいたこの数年。私は童心に返ったように、貴女を母と慕わせていただきました」

「それは、私とて……」

「王都は既に戦地。大切な母を、そのような場所に行かせるわけには参りません」


 ステファノスの言葉に偽りはないように、アナスタシアには感じられた。自分の腹を痛めた子供ではないが、この数年、子として尽くしてくれたことも、また事実であった。

 返す言葉を失ったアナスタシアの手を、跪いたままのステファノスが強く握った。

「私も既に齢60。父を亡くし、この上、再び母まで亡くしては生きておれませぬ。どうか、この老けた息子の言うことを聞いてはいただけませぬか?」

「しかし……」


 そこに、低く重い声が響いた。


「悲しいのう、アナスタシア……」


 声の主は、王太后カタリナだった――。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は二度も断罪されたくない!~あのー、私に平穏な暮らしをさせてくれませんか?~

イトカワジンカイ
恋愛
(あれって…もしや断罪イベントだった?) グランディアス王国の貴族令嬢で王子の婚約者だったアドリアーヌは、国外追放になり敵国に送られる馬車の中で不意に前世の記憶を思い出した。 「あー、小説とかでよく似たパターンがあったような」 そう、これは前世でプレイした乙女ゲームの世界。だが、元社畜だった社畜パワーを活かしアドリアーヌは逆にこの世界を満喫することを決意する。 (これで憧れのスローライフが楽しめる。ターシャ・デューダのような自給自足ののんびり生活をするぞ!) と公爵令嬢という貴族社会から離れた”平穏な暮らし”を夢見ながら敵国での生活をはじめるのだが、そこはアドリアーヌが断罪されたゲームの続編の世界だった。 続編の世界でも断罪されることを思い出したアドリアーヌだったが、悲しいかな攻略対象たちと必然のように関わることになってしまう。 さぁ…アドリアーヌは2度目の断罪イベントを受けることなく、平穏な暮らしを取り戻すことができるのか!? 「あのー、私に平穏な暮らしをさせてくれませんか?」 ※ファンタジーなので細かいご都合設定は多めに見てください(´・ω・`) ※小説家になろう、ノベルバにも掲載

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?

つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです! 文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか! 結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。 目を覚ましたら幼い自分の姿が……。 何故か十二歳に巻き戻っていたのです。 最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。 そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか? 他サイトにも公開中。

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

【完結】✴︎私と結婚しない王太子(あなた)に存在価値はありませんのよ?

綾雅(りょうが)電子書籍発売中!
恋愛
「エステファニア・サラ・メレンデス――お前との婚約を破棄する」 婚約者であるクラウディオ王太子に、王妃の生誕祝いの夜会で言い渡された私。愛しているわけでもない男に婚約破棄され、断罪されるが……残念ですけど、私と結婚しない王太子殿下に価値はありませんのよ? 何を勘違いしたのか、淫らな恰好の女を伴った元婚約者の暴挙は彼自身へ跳ね返った。 ざまぁ要素あり。溺愛される主人公が無事婚約破棄を乗り越えて幸せを掴むお話。 表紙イラスト:リルドア様(https://coconala.com/users/791723) 【完結】本編63話+外伝11話、2021/01/19 【複数掲載】アルファポリス、小説家になろう、エブリスタ、カクヨム、ノベルアップ+ 2021/12  異世界恋愛小説コンテスト 一次審査通過 2021/08/16、「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過

島流しになった僕、月の王国の彼女

河内ひつじ
ファンタジー
山深い田舎に住んでいる中学2年生の僕は夏休みに入った最初の夜に謎の美しい女性に自分の未来についてとんでもない予言をされた挙げ句、ある宣告を受ける事になった。 そして夏休み最初の日、村から町に向かおうとした僕は駅で異変に襲われ気が付いた時には小さな島の浜辺にいた。 そこは動乱の真っ最中の月の王国の領土の一部だった。

【完結】ご結婚おめでとうございます~早く家から出て行ってくださいまし~

暖夢 由
恋愛
「シャロン、君とは婚約破棄をする。そして君の妹ミカリーナと結婚することとした。」 そんなお言葉から始まるばたばた結婚式の模様。 援護射撃は第3皇子殿下ですわ。ご覚悟なさいまし。 2021年7月14日 HOTランキング2位 人気ランキング1位 にランクインさせて頂きました。 応援ありがとうございます!! 処女作となっております。 優しい目で見て頂けますようお願い致します。

自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!

ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。 ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。 そしていつも去り際に一言。 「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」 ティアナは思う。 別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか… そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。

処理中です...