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第四章 王都騒乱
86.母親たち(1)
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「どうして行かせてくれないのです!?」
王妃アナスタシアが、宮殿の扉に立ち塞がるユーデリケの腕をとって、悲痛な声を上げた。
「王妃陛下……」
と、第2王子妃のユーデリケは、同情の念を浮かべながらも一歩も動かない。
「私の息子同士が、殺し合おうとしているのです。母である私が止めに行かず、誰が止めるというのです?」
「王都は騒乱の最中……。今、向かわれるのは危険すぎます」
「それでも、私はバシリオスに会わねばなりません。ルカスに会わねばなりません。兄弟で殺し合うなど、あってはならぬこと……」
「時が参りましたら、我が夫と祭礼騎士団が、必ず陛下を王都にお送り申し上げましょう」
ユーデリケの語調は柔らかかったが、アナスタシアの目はカッと見開かれた。
「我が子が互いに殺し合おうとしている今をおいて、他に時などありません!所詮、子のないそなたには分からぬこと。ユーデリケ、そこをどきなさい」
「陛下……。それは、あまりの申されよう……」
寂しげな表情を返すユーデリケに、アナスタシアも我に返った。若く見える第2王子妃だが、すでに齢は58。この先も子を為すことはあり得ない。触れてはいけないところに触れてしまったと、悔いた。
「ユーデリケ……。言葉が過ぎたことは謝ろう。しかし、私は行かねばならぬ。たとえ、この身がどうなろうとも、バシリオスとルカスを止めなくてはならないのです」
そこに、屈強な体躯を誇る、第2王子のステファノスが姿を見せた。
「王妃陛下、いや、義母上」
「おお、ステファノス殿下」
と、アナスタシアはステファノスに駆け寄った。
「殿下であれば分かって下さろう。腹違いとはいえ、殿下の血を分けた弟2人が殺し合おうとしているのです。私が止めずして、誰が止められるというのです」
縋り付かんばかりのアナスタシアの前で、ステファノスは片膝を突いた。
「行かせるわけには参りませぬ」
「殿下まで、そのような……」
「義母上……、2人は止まりませぬ」
「私が止めてみせます」
「このステファノス。母の愛を亡くして育ちました」
と、自分を見上げるステファノスの強い視線に、アナスタシアは虚を衝かれた。
「我が母テオドラが正妃としてもらえぬままに亡くなった後、正妃として迎えられた貴女を恨んだこともございます」
「……」
「ですが、今は違います。旧都に退かれ、ともに過ごさせていただいたこの数年。私は童心に返ったように、貴女を母と慕わせていただきました」
「それは、私とて……」
「王都は既に戦地。大切な母を、そのような場所に行かせるわけには参りません」
ステファノスの言葉に偽りはないように、アナスタシアには感じられた。自分の腹を痛めた子供ではないが、この数年、子として尽くしてくれたことも、また事実であった。
返す言葉を失ったアナスタシアの手を、跪いたままのステファノスが強く握った。
「私も既に齢60。父を亡くし、この上、再び母まで亡くしては生きておれませぬ。どうか、この老けた息子の言うことを聞いてはいただけませぬか?」
「しかし……」
そこに、低く重い声が響いた。
「悲しいのう、アナスタシア……」
声の主は、王太后カタリナだった――。
王妃アナスタシアが、宮殿の扉に立ち塞がるユーデリケの腕をとって、悲痛な声を上げた。
「王妃陛下……」
と、第2王子妃のユーデリケは、同情の念を浮かべながらも一歩も動かない。
「私の息子同士が、殺し合おうとしているのです。母である私が止めに行かず、誰が止めるというのです?」
「王都は騒乱の最中……。今、向かわれるのは危険すぎます」
「それでも、私はバシリオスに会わねばなりません。ルカスに会わねばなりません。兄弟で殺し合うなど、あってはならぬこと……」
「時が参りましたら、我が夫と祭礼騎士団が、必ず陛下を王都にお送り申し上げましょう」
ユーデリケの語調は柔らかかったが、アナスタシアの目はカッと見開かれた。
「我が子が互いに殺し合おうとしている今をおいて、他に時などありません!所詮、子のないそなたには分からぬこと。ユーデリケ、そこをどきなさい」
「陛下……。それは、あまりの申されよう……」
寂しげな表情を返すユーデリケに、アナスタシアも我に返った。若く見える第2王子妃だが、すでに齢は58。この先も子を為すことはあり得ない。触れてはいけないところに触れてしまったと、悔いた。
「ユーデリケ……。言葉が過ぎたことは謝ろう。しかし、私は行かねばならぬ。たとえ、この身がどうなろうとも、バシリオスとルカスを止めなくてはならないのです」
そこに、屈強な体躯を誇る、第2王子のステファノスが姿を見せた。
「王妃陛下、いや、義母上」
「おお、ステファノス殿下」
と、アナスタシアはステファノスに駆け寄った。
「殿下であれば分かって下さろう。腹違いとはいえ、殿下の血を分けた弟2人が殺し合おうとしているのです。私が止めずして、誰が止められるというのです」
縋り付かんばかりのアナスタシアの前で、ステファノスは片膝を突いた。
「行かせるわけには参りませぬ」
「殿下まで、そのような……」
「義母上……、2人は止まりませぬ」
「私が止めてみせます」
「このステファノス。母の愛を亡くして育ちました」
と、自分を見上げるステファノスの強い視線に、アナスタシアは虚を衝かれた。
「我が母テオドラが正妃としてもらえぬままに亡くなった後、正妃として迎えられた貴女を恨んだこともございます」
「……」
「ですが、今は違います。旧都に退かれ、ともに過ごさせていただいたこの数年。私は童心に返ったように、貴女を母と慕わせていただきました」
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「しかし……」
そこに、低く重い声が響いた。
「悲しいのう、アナスタシア……」
声の主は、王太后カタリナだった――。
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