89 / 307
第四章 王都騒乱
80.重装鎧
しおりを挟む「ペトラ殿とファイナ殿は?」
ふと気が付いたリティアが、クレイアに問うた。
「今は落ち着かれています」
と、クレイアがいつも以上にクレバーな口調で応える。
――今は、か。
両内親王がひどく取り乱したのは想像に難くない。
リティアも取り乱せるものなら取り乱したい。泣きたいし、喚きたい。
――今すぐ兄の下に駆け込んで、縋り付いて、泣いて、喚いて、頼めば、兄は退いてくれるだろうか。
と、詮無い想像に、悲しげな苦笑いを浮かべた。
しかし、それは、私の生き方ではない――と、数瞬で表情から迷いの色を消した。
「重装鎧を持て」
リティアは立ち上がり、第六騎士団長が戦場に立つ、父王から授かった正式な鎧の準備を命じた。
「そろそろ、ヴィアナ騎士団から使者が寄越される頃合だ。こちらの覚悟を示す」
攻め込むならば徹底抗戦を辞さない。その覚悟である。
執務室に揃った侍女達が、鎧を装着するリティアの介添えをする。
その光景を、アイカは呆然と眺めていた。
いわば、推しと推しが殺し合っている。いずれ、誰かがこの世の住人でなくなる。楽園と思っていた王宮が、血なまぐさい空気に支配されていく。身体の大きな男の人たちの暴力が、青白い王宮の壁を血の色に染め上げていく。
最初の土間で、ヤニス達が構えていた剣の切っ先が脳裏に蘇る。
――刺されば死ぬし、斬りかかられたらイチコロだ。
まさに、その剣で命の奪い合いが行われている。
両脇から身体を押し付けてくるタロウとジロウの温もりがなければ、自分を失ってしまいそうな衝動の中で、心が彷徨っている。
これまでに見たことのないリティアの表情は、無表情というには険しく、煌びやかな鎧に包まれた立ち姿は、美しさが恐ろしいまでに際立って見える。街角でマエルの従僕に見せた姿よりもなお、魂を凍てつかせるような気配を漂わせている。
まもなく、リティアの読み通り、使者が姿を見せた。
「よし。中には通すな。こちらから出向く」
と、リティアが、宮殿入口のホールに使者を留め置くよう命じた。
アイカが絞り出すように声を発した。
「わ……、私も……」
リティアたちの視線がアイカに集まる。
「私も、行っていいですか……?」
なぜか分からないが、自分も立ち会わないといけない気がした。
リティアは、しばらくアイカのことを見詰めた。そして、表情を変えないまま、口を開いた。
「来るか」
「はい……」
リティアが目で指図すると、クレイアがアイカの手を取った。タロウとジロウも立ち上がり、アイカに続いた。歩き慣れたはずの廊下が、ひどく威圧的に見えた。
重装鎧にジリコが掲げる騎士団長旗。
戦場の正装を整えたリティアが姿を見せると、使者は平伏した。アイカは、その使者に見覚えがあった。
――カリトンさん……。
水色がかった灰色の髪に貴公子然とした風貌は、鈍い銀色をした鎧に覆われ、脱いだ兜を脇に抱えている。リティアに促されて上げた顔には、人間が抱え得る最大量の葛藤が詰め込まれているように見えた――。
32
お気に入りに追加
358
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢は二度も断罪されたくない!~あのー、私に平穏な暮らしをさせてくれませんか?~
イトカワジンカイ
恋愛
(あれって…もしや断罪イベントだった?)
グランディアス王国の貴族令嬢で王子の婚約者だったアドリアーヌは、国外追放になり敵国に送られる馬車の中で不意に前世の記憶を思い出した。
「あー、小説とかでよく似たパターンがあったような」
そう、これは前世でプレイした乙女ゲームの世界。だが、元社畜だった社畜パワーを活かしアドリアーヌは逆にこの世界を満喫することを決意する。
(これで憧れのスローライフが楽しめる。ターシャ・デューダのような自給自足ののんびり生活をするぞ!)
と公爵令嬢という貴族社会から離れた”平穏な暮らし”を夢見ながら敵国での生活をはじめるのだが、そこはアドリアーヌが断罪されたゲームの続編の世界だった。
続編の世界でも断罪されることを思い出したアドリアーヌだったが、悲しいかな攻略対象たちと必然のように関わることになってしまう。
さぁ…アドリアーヌは2度目の断罪イベントを受けることなく、平穏な暮らしを取り戻すことができるのか!?
「あのー、私に平穏な暮らしをさせてくれませんか?」
※ファンタジーなので細かいご都合設定は多めに見てください(´・ω・`)
※小説家になろう、ノベルバにも掲載
今さら、私に構わないでください
ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。
彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。
愛し合う二人の前では私は悪役。
幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。
しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……?
タイトル変更しました。
【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?
つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです!
文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか!
結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。
目を覚ましたら幼い自分の姿が……。
何故か十二歳に巻き戻っていたのです。
最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。
そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか?
他サイトにも公開中。
茶番には付き合っていられません
わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。
婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。
これではまるで私の方が邪魔者だ。
苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。
どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。
彼が何をしたいのかさっぱり分からない。
もうこんな茶番に付き合っていられない。
そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。
【完結】✴︎私と結婚しない王太子(あなた)に存在価値はありませんのよ?
綾雅(りょうが)電子書籍発売中!
恋愛
「エステファニア・サラ・メレンデス――お前との婚約を破棄する」
婚約者であるクラウディオ王太子に、王妃の生誕祝いの夜会で言い渡された私。愛しているわけでもない男に婚約破棄され、断罪されるが……残念ですけど、私と結婚しない王太子殿下に価値はありませんのよ? 何を勘違いしたのか、淫らな恰好の女を伴った元婚約者の暴挙は彼自身へ跳ね返った。
ざまぁ要素あり。溺愛される主人公が無事婚約破棄を乗り越えて幸せを掴むお話。
表紙イラスト:リルドア様(https://coconala.com/users/791723)
【完結】本編63話+外伝11話、2021/01/19
【複数掲載】アルファポリス、小説家になろう、エブリスタ、カクヨム、ノベルアップ+
2021/12 異世界恋愛小説コンテスト 一次審査通過
2021/08/16、「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過
島流しになった僕、月の王国の彼女
河内ひつじ
ファンタジー
山深い田舎に住んでいる中学2年生の僕は夏休みに入った最初の夜に謎の美しい女性に自分の未来についてとんでもない予言をされた挙げ句、ある宣告を受ける事になった。
そして夏休み最初の日、村から町に向かおうとした僕は駅で異変に襲われ気が付いた時には小さな島の浜辺にいた。
そこは動乱の真っ最中の月の王国の領土の一部だった。
【完結】ご結婚おめでとうございます~早く家から出て行ってくださいまし~
暖夢 由
恋愛
「シャロン、君とは婚約破棄をする。そして君の妹ミカリーナと結婚することとした。」
そんなお言葉から始まるばたばた結婚式の模様。
援護射撃は第3皇子殿下ですわ。ご覚悟なさいまし。
2021年7月14日
HOTランキング2位
人気ランキング1位 にランクインさせて頂きました。
応援ありがとうございます!!
処女作となっております。
優しい目で見て頂けますようお願い致します。
自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!
ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。
ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。
そしていつも去り際に一言。
「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」
ティアナは思う。
別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか…
そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる