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第三章 総候参朝

72.一生の不覚

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 早暁。

 『総候参朝』が折り返しを迎えた朝に、侍女長ロザリーは国王の執務室に呼ばれた。


「サフィナが、いよいよ手がつけられぬ」


 と、物憂げな顔のファウロスが言った。


「バシリオスとルカスが刺客を放った、毒を盛られている、と……、言うのだ」


 ファウロスは抑制的な口調であったが、あの弱々しげな側妃が、なかば半狂乱で訴えていることが、ロザリーには察せられた。


「総候参朝が始まったあたりから、より切々と泣くのだ……」


 ロザリーは眉を顰めたが、ともすればファウロスの心情が揺らいでいることも伝わる。


 ――老いた。


 忠誠を捧げた国王が、度重なる側妃の讒訴で息子たちへの信頼を崩そうとしている。

 ロザリーは少なからず寂寥としたものを感じた。

 ただ、サフィナへの恩義も感じているロザリーは、妄執とはいえ彼女の想いも蔑ろには出来ない。

 ファウロスがロザリーに、「なにか良い手立てはないか?」という視線を向けた。

 老王の心がまだ、王太子と第3王子を排するというところまで、傾き切っていないことに、ロザリーは小さく安堵した。

 これまで、なにか問題があればファウロスとロザリーに王弟カリストスも加わる3人で解決を図ってきた。

 しかし、この件をカリストスに相談すれば、ただちにサフィナを遠ざけるように進言することは火を見るよりも明らかだった。

 カリストスはバシリオスの娘アリダを、孫のロドス親王の妃に迎えている。バシリオスの不利は孫や曾孫のアメル親王の不利に直結する。

 サフィナに尋常でない寵愛を注ぐ国王と、王国の黄金の支柱とも称される王弟。

 ロザリーは、その間に亀裂が走る事態も避けたかった。


「しばらくの間、サフィナ様とバシリオス様、ルカス様が距離を置かれるよう取り計らわれてはいかがでしょう」


 ロザリーは、ファウロスのサフィナへの執着を刺激しないよう注意しながら、穏やかな口調で伝えた。

 ふむと、ファウロスは白い口髭に手をやって考え込んだ。


「サフィナ様が落ち着かれるまでの間だけのことです。バシリオス様もルカス様も聡明なお方ですから、ご理解くださるでしょう」


 ロザリーは穏やかならぬ胸の内の動揺を鎮めつつ、『総候参朝』を終えた後には、本格的にサフィナに向き合う必要があると、心胆を定めていた。

 そうだなと呟いたファウロスは、ロザリーを下がらせた。

 この助言は史書には残らなかったが、王国の白銀の支柱とも呼ばれた明敏な侍女長の、一生の不覚となった。
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