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第二章 旧都郷愁

47.始まりの侍女(1)

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 昼下がり。国王ファウロスは旧都テノリクアから急使で届いたリティアの書状に目を通し、呆れ顔を浮かべていた。

 急使と聞き、あの桃色の髪をした狼少女の守護聖霊が審神みわけられたか、それとも何か変事が起きたかと、構えて開いた書状の内容は、想定の埒外にあった。

 王族貴族の書状らしい修辞が散りばめられているが、要約すると、


 ――『孤児も無頼』ってことで、いいっスよね?


 と、書いてある。

 アイカの提案を受け止めたリティアは、孤児への食事の提供など個別事案への裁可を得るのではなく、孤児を丸ごと自分の所掌に収めることを考えた。

 かつ、判断を仰いだ事柄は新たな決定と言えるようなものではなく、小さな確認を求める形をとって、国王の返事を急かしている。

 もちろん、ファウロスにその意図と目的は分からない。


 ――あのお転婆姫は、次は何を企んでいることやら。


 父王はさすがに無頼姫とは呼ばない。

 リティアの『おねだり』に弱いのは、病に伏せたエメーウへの憐憫や引け目以上に、その明るい性情に依るものが大きい。

 天衣無縫とも評される、率直で明朗な振る舞いに打算を感じない。

 王女の身にありながら騎士団を望み、厄介者である無頼たちの『束ね』を望み、そして、短期間で目覚ましい成果を上げた。

 齢80を重ねてなお、意気盛んな国王ファウロスは、息子たちをそれぞれに好ましく思っている。

 ――王者の大度を備える、王太子バシリオス。

 ――腹に鋭さを隠し持ちながら謙譲に振る舞う、第2王子ステファノス

 ――考えるより先に突っ込んで行く、第3王子ルカス。

 ――人格に未熟さを残すが、精悍な第4王子サヴィアス。

 が、ファウロス自身は、最も自分に似て育ったのはリティアではないかと感じている。

 ファウロスは側に控える筆頭書記官オレストに「孤児は無頼に含まれる」と述べた。これで、国王の意向は王都中、引いては王国内に伝えられる。

 旧来、王国で文官といえば世襲貴族の務めであったが、王都ヴィアナへの遷都を機に全て排した。宰相職も大臣職も全て名目に追いやり、騎士団が統治の全てを執行する体制をとった。

 しかし、『聖山戦争』が終結し内政局面に入ると不便が生じ、書記官職を新たに設け、僅かながら文官を側に置くようになった。

 ファウロスは、最初の妃テオドラの早逝を、世襲貴族たちに苛め抜かれたせいだと信じている。

 王太子時代に出自の低いテオドラを見染めたとき、世襲貴族たちの激しい反発で、正妃に立てることを断念せざるを得なかった。

 戦争で宮殿を不在にすることの多かったファウロスは、充分にテオドラを守れなかったという悔いを残した。

 テオドラ亡き後、弟カリストスの勧めで世襲貴族の名家から、正妃となるアナスタシアを迎えた。バシリオスとルカス、その間に第1王女ソフィアを授かり、アナスタシア個人に不満はない。

 だが、過去の功績を鼻にかけ尊大に振舞う、世襲貴族たちを赦す気もなかった。

 テオドラの忘れ形見である第2王子ステファノスに、世襲貴族が残る旧都の統治を許したのは意趣返しの含意もあった。

 ファウロスは呼び鈴を鳴らして、侍女長のロザリーを呼んだ。

 アイカが王宮の中庭で謁見した際に、心の中で「姐さん!」と呼んだ、目鼻立ちのしっかりした美女が現われた。


「お呼びでしょうか?」

「リティアが、またなにやら企んでおるらしいが、なにか聞いておるか?」


 ロザリーは、洗練された印象を与える笑みを浮かべ、口を開いた。


「リティア殿下の侍女長を務めるアイシェから、多少のことは」

「そうか。ならよい」


 国王ファウロスが絶大な信頼を置く、この侍女長ロザリーこそ、王国に於いて『侍女』を『女官』とは別の役職にさせた存在である。
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