上 下
33 / 307
第一章 王都絢爛

30.秘密結社

しおりを挟む

「ありがとうございました」


 と、落ち着きを取り戻したニーナが、リティアに深くお辞儀をした。その後ろでは、ラウラとイエヴァも小さく頭を下げている。


「気にするには及ばない。クレイアの友人ならば、私の友人も同然だ」


 悠然と語りかけるリティアの言葉に、イエヴァは改めて、今日初めて会ったばかりの細い首が印象的なニーナの友人に視線を送った。

 噂に違わぬ隆盛を誇る王都――。

 そこに君臨する王族をしてここまで言わしめる、自分とそう歳の変わらないクレイアに、イエヴァの胸の内には微かな憧れの念が湧いた。

 リティアはいつもアイカに見せる笑顔に戻しながらも、西域の大隊商マエルの従僕たちが示した、権威を恐れない振る舞いが気にかかっていた。

 西に国境を接するリーヤボルク王国で内戦を収めた新しい王は、西域中から兵を集めたと聞いたばかりだ。

 相当に質の悪いゴロツキが、西の隣国に集まっているのではないかと、眉を顰めた。


「それにしても、どこで目を付けられたんだ? 心当たりはあるか?」


 と、災難に遭った動揺を労わる響きで尋ねるリティアに、ニーナは答えることを躊躇った。

 マエルは実力者であり、目の前の第3王女もまた、本来であれば雲上人である。自分の言葉が何を招くのか、想像も出来ない。

 ニーナの戸惑いを見てとったアイラとクレイアが、そっとニーナに寄り添った。


「リティア殿下は、ああ見えて、無駄に事を大きくされるような方ではない」

「意外なことに、穏便に済ませられることは、穏便に収めてくださる方だ」


 はっ! と、リティアがよく通る笑い声を短く上げた。


「お前たち。もうちょっと、言い様というものがあるだろう?」


 アイラとクレイアは、真顔で反論する。


「いえ、『天衣無縫の無頼姫』の実像に迫る、優れた言い様でした」

「つい先程、即座に首を斬り落とそうとしたばかりじゃないですか」

「下げる頭がなくなるって、マジ怖いです」


 配下の侍女に加えて、無頼の娘とも掛け合う第3王女の明るい苦笑いに、ニーナの心の防御が解かれ、重い口を開いた。


「あの……」


 リティアは微笑みで受け止める。


「昨年なんですが、ブローサ候の宴で舞わせていただき……。マエル様も同席されていたので、その時ではないかと……」


 ブローサは王国の西端に位置する街で、西域からの入口にあたる。マエルも拠点を設けているはずで、宴に同席していても不審はない。


「3日前に王都に入った途端、しつこく使いが来て……。気持ち悪いから放っておいたんですけど……」


 ――執念深いヤツだ。


 リティアは片目を細めた。昨年の『総侯参朝』で目を付け、一年後に攫おうとするとは。

 王都を訪れる踊り巫女は春をひさいで、そのまま嫁ぐこともある。他の男に獲られる前に自分のものにしたいという強欲さを感じる。


「昨年の宴席で、他に目ぼしい者はいたか?」


 と、リティアは、念を入れて尋ねた。


「あの……。ブローサ候のお身内の方々の他には、第3王子様が……」


 ふむと、リティアの返事は曖昧になった。

 ブローサ候の娘は、リティアの兄である第3王子ルカスに嫁いでおり、ペトラ姉内親王とファイナ妹内親王の母である。つまり、姻戚関係にあって、宴に招かれたとしても不思議ではない。

 が、豪傑肌で人懐っこい笑顔を見せる兄ルカスが、陰湿な企みに関わっていると、このときのリティアには想像出来なかった。


「分かった。同じことが起きないよう、それとなく取り計らおう」


 ニーナの瞳から、思わず涙がこぼれた。

 それとは見せなかったが、自分より年若の2人を引き連れ、重圧に押し潰されそうな思いを抱えていたのだ。もう大丈夫だと、クレイアが頭を撫でると、ニーナはクレイアの胸に顔を埋めて小さな嗚咽を漏らした。

 ニーナを中心にリティアやクレイアが、慰め励ます談笑の輪をつくるのに、アイカが熱い視線を注いでいる。

 そのアイカの肩が、不意に掴まれ、背中に柔らかな圧力を感じた。


「お前……」


 耳元で囁くアイラの大きな胸が片方、背中に押し当てられている。レザーのジャケット越しにも弾力が伝わる。


 ――お、お、お、お……。


「背神者だな?」

「え?」

「お前は、『美麗神ディアーロナ』を冒涜する者だな?」


 アイラの強い視線が、アイカの金色の瞳に注がれる。

 『聖山の民』は『美麗神ディアーロナ』の嫉妬を恐れて、心の内でも人の容姿を褒めない。

 が、アイカは、今自分を見詰める、渋い紫色の髪をした無頼の娘に対しても、その美貌への賞賛の言葉が自然と湧いて出る。


「美の女神の呪いを受けることも、呪いをかけることも恐れぬ、背神の者だな?」


 ――ば、バレてる。


 髪色と同じ黒に近い紫色で、陽光が当たると黄色く透ける瞳で見詰められ、アイカは視線で認めざるを得なかった。

 あのとき、リティアは笑って許してくれたけど、一般の『聖山の民』はどうなんだろうか? 

 追放されたり迫害されたりするのだろうか?

 不吉な妄想がいくつも脳裏を走る。

 アイカの肩を掴む手の力と、背中に感じる圧力が一段と増した。

 耳に荒い吐息が吹きかかる。


「私もだ」


 アイラの思わぬ告白に驚いて振り向くと、唇が触れそうな距離だった。


「美しいものは、褒めたい」


 二人の交わる視線が熱を帯びる。どちらからともなく、固い握手が交わされた。


「近々、語り合おう。同志よ」


 アイラは、やや高揚した表情を見せ、アイカから離れた。

 第3王女と踊り巫女たちが談笑しているすぐ側で、王都ヴィアナで――最も無駄な――秘密結社が誕生した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

【完結】白い結婚で生まれた私は王族にはなりません〜光の精霊王と予言の王女〜

白崎りか
ファンタジー
「悪女オリヴィア! 白い結婚を神官が証明した。婚姻は無効だ! 私は愛するフローラを王妃にする!」  即位したばかりの国王が、宣言した。  真実の愛で結ばれた王とその恋人は、永遠の愛を誓いあう。  だが、そこには大きな秘密があった。  王に命じられた神官は、白い結婚を偽証していた。  この時、悪女オリヴィアは娘を身ごもっていたのだ。  そして、光の精霊王の契約者となる予言の王女を産むことになる。 第一部 貴族学園編  私の名前はレティシア。 政略結婚した王と元王妃の間にできた娘なのだけど、私の存在は、生まれる前に消された。  だから、いとこの双子の姉ってことになってる。  この世界の貴族は、5歳になったら貴族学園に通わないといけない。私と弟は、そこで、契約獣を得るためのハードな訓練をしている。  私の異母弟にも会った。彼は私に、「目玉をよこせ」なんて言う、わがままな王子だった。 第二部 魔法学校編  失ってしまったかけがえのない人。  復讐のために精霊王と契約する。  魔法学校で再会した貴族学園時代の同級生。  毒薬を送った犯人を捜すために、パーティに出席する。  修行を続け、勇者の遺産を手にいれる。 前半は、ほのぼのゆっくり進みます。 後半は、どろどろさくさくです。 小説家になろう様にも投稿してます。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ
ファンタジー
 圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。  アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。  ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?                        それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。  自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。  このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。  それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。 ※小説家になろうさんで投稿始めました

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

最底辺の転生者──2匹の捨て子を育む赤ん坊!?の異世界修行の旅

散歩道 猫ノ子
ファンタジー
捨てられてしまった2匹の神獣と育む異世界育成ファンタジー 2匹のねこのこを育む、ほのぼの育成異世界生活です。 人間の汚さを知る主人公が、動物のように純粋で無垢な女の子2人に振り回されつつ、振り回すそんな物語です。 主人公は最強ですが、基本的に最強しませんのでご了承くださいm(*_ _)m

処理中です...