31 / 307
第一章 王都絢爛
28.いたんだ
しおりを挟む
マエルは王都で知らぬ者のいない西域の大隊商だ。
交易街に構える巨大な商館には、時に3,000人の隊商が収まる。そのマエルの従僕らしき男がラウラの腕を掴み、連れ去ろうとしている。
クレイアが、男の腕を押さえて制する。
「なんだ? 姐ちゃん。マエル様の御用だと聞こえなかったか? 邪魔するな」
アイカは、異世界で初めて遭遇する荒事に、金色の目を大きく見開いていた。
――ぶさいくだ!
ラウラの腕を掴む男は、ビア樽のような身体に短い手足、赤ら顔に汚らしく伸びたもじゃもじゃの髭、頭は禿げ上がっている。
――いたんだ、ぶさいく。
感動しているが、嬉しくはない。
人相の悪い男たち6人に取り囲まれ、街の者たちの視線が遮られている。
「私は、第3王女リティア殿下の侍女だ」
と、クレイアがビア樽男の小さい目を見据え、冷たく言い放つ。
「お城の小間使いが、なんだってんだ?」
と、せせら笑うビア樽男の肩を、男たちの一人が掴んで制した。
右頬に傷跡のある男の顔に、クレイアは見覚えがあった。
――たしか、西街区の無頼だな。
クレイアは素早く男たち見回し、マエルの従僕がビア樽男を含めて2人、西街区の無頼が4人と見定めた。
西街区の無頼は、元締のノクシアスの下、マエルに荷積み荷下ろしの人工を出していて、深い繋がりがある。
「よしてくれ」
と、制する傷痕の男に、ビア樽男は、ああん? と、横柄に顔を向けた。
傷跡の男がビア樽男に、――この国の侍女は、よその国とは違う――などと、耳打ちしている。
テノリア王国で王族に任じられた侍女は、騎士など一代貴族に準じた扱いを受ける。
クレイアは横目に踊り巫女たちを確認する。
ニーナはラウラに抱き着いてビア樽男を睨み付けており、イェヴァは先程までの不機嫌面から一転、怯えた表情で固まっている。
ビア樽男が、ラウラを掴んでいた手を乱暴に放した。
反動でラウラがよろけると、纏っている白いローブがはだけ、小麦色をした胸元が露わになった。
――よき、おっぱいですね。
アイカの視線が、よろけるラウラの動きに合わせて曲線を描く。
――これは、悪い男の人にも狙われますね。
と、よくないことを考えた。
「お綺麗な侍女さん。別に、悪い話じゃないんだ」
ビア樽男が、ぎこちない笑顔でクレイアに交渉を持ちかけた。
「ほう」
「マエル様は知ってるだろう? 王国を西域と結ぶ、大々々隊商の旦那様だ。ちょっと館で、舞を披露してほしいだけだ。たんまり金貨が貰えると思うぜ」
ラウラを抱き止めたニーナが声を上げた。
「それだけな筈、ないだろ!」
クレイアが踊り巫女たちを庇うよう、斜めに一歩進み出た。
「彼女たちは断っている。去ね」
アイカは、気性の荒そうな男たちに一歩も引かない、凛としたクレイアの横顔を……、愛でていた。
自分にも危害が及ぶかもしれないというのに、目の前で起こる出来事を、つい他人事のように見てしまうのは、24年のぼっち生活で身に付いた性とも言える。
まだ、リティアに拾われて3日。ぼっち生活の方が、はるかに長い。
美しいクレイアが、美しい踊り巫女たちを庇って冷然と立ち塞がる。男たちの暴力的な雰囲気に身構えるよりも、この後の展開に胸を躍らせてしまっていた――。
交易街に構える巨大な商館には、時に3,000人の隊商が収まる。そのマエルの従僕らしき男がラウラの腕を掴み、連れ去ろうとしている。
クレイアが、男の腕を押さえて制する。
「なんだ? 姐ちゃん。マエル様の御用だと聞こえなかったか? 邪魔するな」
アイカは、異世界で初めて遭遇する荒事に、金色の目を大きく見開いていた。
――ぶさいくだ!
ラウラの腕を掴む男は、ビア樽のような身体に短い手足、赤ら顔に汚らしく伸びたもじゃもじゃの髭、頭は禿げ上がっている。
――いたんだ、ぶさいく。
感動しているが、嬉しくはない。
人相の悪い男たち6人に取り囲まれ、街の者たちの視線が遮られている。
「私は、第3王女リティア殿下の侍女だ」
と、クレイアがビア樽男の小さい目を見据え、冷たく言い放つ。
「お城の小間使いが、なんだってんだ?」
と、せせら笑うビア樽男の肩を、男たちの一人が掴んで制した。
右頬に傷跡のある男の顔に、クレイアは見覚えがあった。
――たしか、西街区の無頼だな。
クレイアは素早く男たち見回し、マエルの従僕がビア樽男を含めて2人、西街区の無頼が4人と見定めた。
西街区の無頼は、元締のノクシアスの下、マエルに荷積み荷下ろしの人工を出していて、深い繋がりがある。
「よしてくれ」
と、制する傷痕の男に、ビア樽男は、ああん? と、横柄に顔を向けた。
傷跡の男がビア樽男に、――この国の侍女は、よその国とは違う――などと、耳打ちしている。
テノリア王国で王族に任じられた侍女は、騎士など一代貴族に準じた扱いを受ける。
クレイアは横目に踊り巫女たちを確認する。
ニーナはラウラに抱き着いてビア樽男を睨み付けており、イェヴァは先程までの不機嫌面から一転、怯えた表情で固まっている。
ビア樽男が、ラウラを掴んでいた手を乱暴に放した。
反動でラウラがよろけると、纏っている白いローブがはだけ、小麦色をした胸元が露わになった。
――よき、おっぱいですね。
アイカの視線が、よろけるラウラの動きに合わせて曲線を描く。
――これは、悪い男の人にも狙われますね。
と、よくないことを考えた。
「お綺麗な侍女さん。別に、悪い話じゃないんだ」
ビア樽男が、ぎこちない笑顔でクレイアに交渉を持ちかけた。
「ほう」
「マエル様は知ってるだろう? 王国を西域と結ぶ、大々々隊商の旦那様だ。ちょっと館で、舞を披露してほしいだけだ。たんまり金貨が貰えると思うぜ」
ラウラを抱き止めたニーナが声を上げた。
「それだけな筈、ないだろ!」
クレイアが踊り巫女たちを庇うよう、斜めに一歩進み出た。
「彼女たちは断っている。去ね」
アイカは、気性の荒そうな男たちに一歩も引かない、凛としたクレイアの横顔を……、愛でていた。
自分にも危害が及ぶかもしれないというのに、目の前で起こる出来事を、つい他人事のように見てしまうのは、24年のぼっち生活で身に付いた性とも言える。
まだ、リティアに拾われて3日。ぼっち生活の方が、はるかに長い。
美しいクレイアが、美しい踊り巫女たちを庇って冷然と立ち塞がる。男たちの暴力的な雰囲気に身構えるよりも、この後の展開に胸を躍らせてしまっていた――。
56
お気に入りに追加
396
あなたにおすすめの小説
魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。
せいめ
恋愛
メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。
頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。
ご都合主義です。誤字脱字お許しください。
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
【完結】白い結婚で生まれた私は王族にはなりません〜光の精霊王と予言の王女〜
白崎りか
ファンタジー
「悪女オリヴィア! 白い結婚を神官が証明した。婚姻は無効だ! 私は愛するフローラを王妃にする!」
即位したばかりの国王が、宣言した。
真実の愛で結ばれた王とその恋人は、永遠の愛を誓いあう。
だが、そこには大きな秘密があった。
王に命じられた神官は、白い結婚を偽証していた。
この時、悪女オリヴィアは娘を身ごもっていたのだ。
そして、光の精霊王の契約者となる予言の王女を産むことになる。
第一部 貴族学園編
私の名前はレティシア。
政略結婚した王と元王妃の間にできた娘なのだけど、私の存在は、生まれる前に消された。
だから、いとこの双子の姉ってことになってる。
この世界の貴族は、5歳になったら貴族学園に通わないといけない。私と弟は、そこで、契約獣を得るためのハードな訓練をしている。
私の異母弟にも会った。彼は私に、「目玉をよこせ」なんて言う、わがままな王子だった。
第二部 魔法学校編
失ってしまったかけがえのない人。
復讐のために精霊王と契約する。
魔法学校で再会した貴族学園時代の同級生。
毒薬を送った犯人を捜すために、パーティに出席する。
修行を続け、勇者の遺産を手にいれる。
前半は、ほのぼのゆっくり進みます。
後半は、どろどろさくさくです。
小説家になろう様にも投稿してます。
お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!
水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。
シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。
緊張しながら迎えた謁見の日。
シエルから言われた。
「俺がお前を愛することはない」
ああ、そうですか。
結構です。
白い結婚大歓迎!
私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。
私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
結婚式で王子を溺愛する幼馴染が泣き叫んで婚約破棄「妊娠した。慰謝料を払え!」花嫁は王子の返答に衝撃を受けた。
window
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の結婚式に幼馴染が泣き叫んでかけ寄って来た。
式の大事な場面で何が起こったのか?
二人を祝福していた参列者たちは突然の出来事に会場は大きくどよめいた。
王子は公爵令嬢と幼馴染と二股交際をしていた。
「あなたの子供を妊娠してる。私を捨てて自分だけ幸せになるなんて許せない。慰謝料を払え!」
幼馴染は王子に詰め寄って主張すると王子は信じられない事を言って花嫁と参列者全員を驚かせた。
【完結】婚約者に忘れられていた私
稲垣桜
恋愛
「やっぱり帰ってきてた」
「そのようだね。あれが問題の彼女?アシュリーの方が綺麗なのにな」
私は夜会の会場で、間違うことなく自身の婚約者が、栗毛の令嬢を愛しそうな瞳で見つめながら腰を抱き寄せて、それはそれは親しそうに見つめ合ってダンスをする姿を視線の先にとらえていた。
エスコートを申し出てくれた令息は私の横に立って、そんな冗談を口にしながら二人に視線を向けていた。
ここはベイモント侯爵家の夜会の会場。
私はとある方から国境の騎士団に所属している婚約者が『もう二か月前に帰ってきてる』という話を聞いて、ちょっとは驚いたけど「やっぱりか」と思った。
あれだけ出し続けた手紙の返事がないんだもん。そう思っても仕方ないよでしょ?
まあ、帰ってきているのはいいけど、女も一緒?
誰?
あれ?
せめて婚約者の私に『もうすぐ戻れる』とか、『もう帰ってきた』の一言ぐらいあってもいいんじゃない?
もうあなたなんてポイよポイッ。
※ゆる~い設定です。
※ご都合主義です。そんなものかと思ってください。
※視点が一話一話変わる場面もあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる