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第一章 王都絢爛

28.いたんだ

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 マエルは王都で知らぬ者のいない西域の大隊商だ。

 交易街に構える巨大な商館には、時に3,000人の隊商キャラバンが収まる。そのマエルの従僕らしき男がラウラの腕を掴み、連れ去ろうとしている。

 クレイアが、男の腕を押さえて制する。


「なんだ? 姐ちゃん。マエル様の御用だと聞こえなかったか? 邪魔するな」


 アイカは、異世界こっちで初めて遭遇する荒事に、金色の目を大きく見開いていた。


 ――ぶさいくだ!


 ラウラの腕を掴む男は、ビア樽のような身体に短い手足、赤ら顔に汚らしく伸びたもじゃもじゃの髭、頭は禿げ上がっている。


 ――いたんだ、ぶさいく。


 感動しているが、嬉しくはない。

 人相の悪い男たち6人に取り囲まれ、街の者たちの視線が遮られている。


「私は、第3王女リティア殿下の侍女だ」


 と、クレイアがビア樽男の小さい目を見据え、冷たく言い放つ。


「お城の小間使いが、なんだってんだ?」


 と、せせら笑うビア樽男の肩を、男たちの一人が掴んで制した。

 右頬に傷跡のある男の顔に、クレイアは見覚えがあった。


 ――たしか、西街区の無頼だな。


 クレイアは素早く男たち見回し、マエルの従僕がビア樽男を含めて2人、西街区の無頼が4人と見定めた。

 西街区の無頼は、元締のノクシアスの下、マエルに荷積み荷下ろしの人工にんくを出していて、深い繋がりがある。


「よしてくれ」


 と、制する傷痕の男に、ビア樽男は、ああん? と、横柄に顔を向けた。

 傷跡の男がビア樽男に、――この国の侍女は、よその国とは違う――などと、耳打ちしている。

 テノリア王国で王族に任じられた侍女は、騎士など一代貴族に準じた扱いを受ける。

 クレイアは横目に踊り巫女たちを確認する。

 ニーナはラウラに抱き着いてビア樽男を睨み付けており、イェヴァは先程までの不機嫌面から一転、怯えた表情で固まっている。

 ビア樽男が、ラウラを掴んでいた手を乱暴に放した。

 反動でラウラがよろけると、纏っている白いローブがはだけ、小麦色をした胸元が露わになった。


 ――よき、おっぱいですね。


 アイカの視線が、よろけるラウラの動きに合わせて曲線を描く。


 ――これは、悪い男の人にも狙われますね。


 と、よくないことを考えた。


「お綺麗な侍女さん。別に、悪い話じゃないんだ」


 ビア樽男が、ぎこちない笑顔でクレイアに交渉を持ちかけた。


「ほう」

「マエル様は知ってるだろう? 王国を西域と結ぶ、大々々隊商の旦那様だ。ちょっと館で、舞を披露してほしいだけだ。たんまり金貨が貰えると思うぜ」


 ラウラを抱き止めたニーナが声を上げた。


「それだけな筈、ないだろ!」


 クレイアが踊り巫女たちを庇うよう、斜めに一歩進み出た。


「彼女たちは断っている。去ね」


 アイカは、気性の荒そうな男たちに一歩も引かない、凛としたクレイアの横顔を……、愛でていた。

 自分にも危害が及ぶかもしれないというのに、目の前で起こる出来事を、つい他人事のように見てしまうのは、24年のぼっち生活で身に付いたさがとも言える。

 まだ、リティアに拾われて3日。ぼっち生活の方が、はるかに長い。

 美しいクレイアが、美しい踊り巫女たちを庇って冷然と立ち塞がる。男たちの暴力的な雰囲気に身構えるよりも、この後の展開に胸を躍らせてしまっていた――。
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