上 下
29 / 307
第一章 王都絢爛

26.西からの報せ

しおりを挟む
 リティアたち一行は、北離宮に側妃エメーウを見舞った帰り道、夕暮れ時の賑わいを見せる街路を抜けて行く。

 狼を目にした街の者は、一瞬言葉を失う。

 が、すぐに「あれか」「あれが」と、物珍しそうに声を上げてゆく。

 タロウとジロウに巻かれたリティアの紋章があしらわれた幟は、ドッグコートならぬウルフコートに仕立て直され、二頭の狼を凛々しく飾っている。


 ――北街区の者たちは見慣れてきたか。元来、新しい物好きだしな。


 リティアが満足気に微笑んだ。

 一行が進む先の角に、北の無頼の元締シモンの娘アイラが控えているのが目に入った。

 リティアはアイカとクレイアに待っているように伝え、衛騎士たちに目配せして角を曲がって脇道の奥に進んだ。

 そして、片膝を付いて待っていたアイラに楽にするよう伝え、馬を降りた。


「ご公務中に申し訳ありません」

「いや、遊んでいただけだ。どうした?」

「奴隷売買に関わっていた無頼を突き止め、踏み込んだのですが、既に逃亡した後でした」

「ふむ。親玉は分かったか?」

「いえ、その尻尾は中々掴ませません」

「そうか。どこに逃げた?」

「恐らく西域です」


 それもそうかと、リティアは頭を掻いた。

 奴隷売買が盛んなのは西域国家で、裏で暗躍しているのは西域の隊商たちだろうと察しはついていた。

 そして、西街区の無頼もチラつく。

 リティア自身が西の元締に任じたノクシアスは、まだ若く、野心家でもあった。


「それから殿下」

「なんだ?」

「西域でリーヤボルク王国の内戦が、終結しました」

「なんと! 無頼の情報は迅いな。騎士団はまだどこも掴んでいないぞ」


 と、リティアは大きく開いた瞳を、アイラに向けた。

 リーヤボルク王国は、テノリア王国と国境を接する西域の国で、王位を巡る内戦が30年以上続いていた。


「アンドレアス大公が大会戦を制し、王位に就きました」

「聞かなかった名前だ」

「さらに西の、フェンデシア大公国に養子に出されていた血筋だそうです。西域中から兵を集め、一気にリーヤボルク王国領に攻め入ったようです」

「ふむ、『総候参朝』で聘問に来るかな?」

「まだ、そこまで治まってはいなさそうです」

「そうか」

「……むしろ、国境の防備を固めるべきかと」

「なるほど」


 高貴な騎士服に身を包む15歳の美少女と、スチームパンクな衣装を纏う18歳の美少女が、国の大事に関わる会話を交わしているとは、街の誰も気付かない。

 考えをまとめたリティアが、アイラに問い掛けた。


「陛下のお耳に入れても大丈夫か?」

「はっ。ただ、無頼からの情報であることは断られた方が良いかと」


 分かったと返答したリティアは、踵を返した。

 隣国の内戦終結は、ますます交易が盛んになることを予期させる、喜ばしい報せである。

 が、王国の主力騎士団であるヴィアナ騎士団で、西域隊商の影を感じる事件が起こるなど、胸につっかえるものが残るタイミングでもあった。『無頼の束ね』として、王都の警視総監的な役割も担うリティアが用心しておくに越したことはない。

 旧都テノリクアに旅立つ際は随行する騎士の数を絞り、王都内の諜報にあたらせることを考えながら、リティアはアイカたちの元に向かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

【完結】白い結婚で生まれた私は王族にはなりません〜光の精霊王と予言の王女〜

白崎りか
ファンタジー
「悪女オリヴィア! 白い結婚を神官が証明した。婚姻は無効だ! 私は愛するフローラを王妃にする!」  即位したばかりの国王が、宣言した。  真実の愛で結ばれた王とその恋人は、永遠の愛を誓いあう。  だが、そこには大きな秘密があった。  王に命じられた神官は、白い結婚を偽証していた。  この時、悪女オリヴィアは娘を身ごもっていたのだ。  そして、光の精霊王の契約者となる予言の王女を産むことになる。 第一部 貴族学園編  私の名前はレティシア。 政略結婚した王と元王妃の間にできた娘なのだけど、私の存在は、生まれる前に消された。  だから、いとこの双子の姉ってことになってる。  この世界の貴族は、5歳になったら貴族学園に通わないといけない。私と弟は、そこで、契約獣を得るためのハードな訓練をしている。  私の異母弟にも会った。彼は私に、「目玉をよこせ」なんて言う、わがままな王子だった。 第二部 魔法学校編  失ってしまったかけがえのない人。  復讐のために精霊王と契約する。  魔法学校で再会した貴族学園時代の同級生。  毒薬を送った犯人を捜すために、パーティに出席する。  修行を続け、勇者の遺産を手にいれる。 前半は、ほのぼのゆっくり進みます。 後半は、どろどろさくさくです。 小説家になろう様にも投稿してます。

お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!

水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。 シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。 緊張しながら迎えた謁見の日。 シエルから言われた。 「俺がお前を愛することはない」 ああ、そうですか。 結構です。 白い結婚大歓迎! 私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。 私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

結婚式で王子を溺愛する幼馴染が泣き叫んで婚約破棄「妊娠した。慰謝料を払え!」花嫁は王子の返答に衝撃を受けた。

window
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の結婚式に幼馴染が泣き叫んでかけ寄って来た。 式の大事な場面で何が起こったのか? 二人を祝福していた参列者たちは突然の出来事に会場は大きくどよめいた。 王子は公爵令嬢と幼馴染と二股交際をしていた。 「あなたの子供を妊娠してる。私を捨てて自分だけ幸せになるなんて許せない。慰謝料を払え!」 幼馴染は王子に詰め寄って主張すると王子は信じられない事を言って花嫁と参列者全員を驚かせた。

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~

tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!! 壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは??? 一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

処理中です...