6 / 307
第一章 王都絢爛
4.二頭の狼
しおりを挟む「アイカよ。この森で間違いないか?」
リティアの問いに、アイカは「呼んできます」と、森の中に駆けて行った。
「変わった娘ですな」
と、ジリコがアイカを目で追いながら馬を寄せてきた。
白髪が目立つ初老のジリコは、父王がリティアの衛騎士に選んでくれた聖山戦争歴戦の勇士だ。主君の紋章があしらわれた幟を掲げて背後から衛る、旗衛騎士を務めている。
リティアは笑顔で応じる。
「おもしろいな」
侍女のクレイアは思案顔で、アイカの駆け入った森の方を眺めていた。
「狼も王宮に連れ帰るのですか?」
「私の宮殿内なら、陛下もお許し下さるだろう。なにより、離れ離れにはさせぬと約束した」
王家にある者が一旦、口にした約束を取り下げることはまずない。あるとすれば国王の命があるときだけだ。
「とはいえ、まずは見てみないことにはな」
主君の矛たる右衛騎士のクロエと、主君の盾たる左衛騎士のヤニスも周囲を固めて離れない。
リティアが父たる国王に願った第六騎士団が創設され、まもなく丸一年になる。自らを衛る三衛騎士と共にあることがリティアには誇らしい。
貧民街から侍女に取り立てたクレイアも、今では頼れる側近に育った。殊に市中の情報収集では、無頼の元締の娘であるアイラと共に重宝している。
――それにしても、メラニアが審神けられないとは。
リティアは晴れ渡った空を見上げた。
聖山三六〇列候をすべて王国に参朝させた『聖山の民』の統一戦争、『聖山戦争』が終結して既に21年。伝統と秩序に重心を移しはじめた主要騎士団では手に余るはみ出し者、変わり者、荒くれ者を寄せ集めてつくったのが第六騎士団だ。
そういった者たちには、まれな守護聖霊があることが多い。
父王と祖母王太后が選んでくれた専任の審神者、メラニアがこれまで審神けられなかったことはなかった。
「たしかに彼女には守護聖霊はありますが、御名は聞き取れず姿も確かではありません」
薄い褐色の肌をしたメラニアは、申し訳なさそうにリティアに報告した。
「王宮審神長のジアン様か、旧都テノリクアにおわす王太后陛下ならば、あるいは……」
メラニアにも審神けられないほど珍しい守護聖霊がある少女。リティアの興味は掻き立てられる一方だった。
と、森の中から狼の遠吠えが響いた。
「これは、しっかり狼だな」と、快活に笑うリティアだが、衛騎士たちの緊張が緩むことはない。
――大きいな。
森の中からゆったりと歩き出てきた白狼と黒狼の顔は、小柄なアイカの頭より高いところにあった。騎馬よりは一回り小さいか。
二頭の狼に挟まれたアイカが、モジモジと口を開いた。
「あの……、ほんとに大丈夫ですか……?」
「アイカの友達なのだろう? 私は既に離れ離れにはせぬと言った」
リティアはニコリと笑って騎馬を降りた。衛騎士たちも続く。
「美しい毛並みだな」
人間でなければ容姿を褒めても『聖山の民』の礼儀からは外れない。
「撫でても良いか?」
「おすわり!」
と、アイカの掛け声で、二匹の狼は後足を降ろした。
「はははっ! よく躾けられてる。良犬のようではないか」
「狼は犬の仲間だって聞いたことがあったので……、教えてみました……」
リティアは両脇を衛騎士に護衛されながら、狼たちに害意のないことが伝わるようゆっくりと近づいた。そして、背を撫でた。
ふと、リティアは何かに気が付いて、本当におもしろいなと、小さく呟いた。
「名はあるのか?」
「白いのがタロウで、黒いのがジロウです」
「変わった名をつけたな」
回りくどいことはせず、このまま陛下の前に連れて行くのが良さそうだな。と、素早く決断したリティアは、ジリコの掲げる幟を狼たちの胴に巻いてやるよう指示した。
「さすがの私でも、狼たちをそのまま連れて街区を抜けたら騒ぎが大きくなり過ぎるだろう? 我が紋章を纏っていれば、幾分かは和らげられる」
西域からもたらされたベルベット生地の幟を巻かれて、狼たちも誇らしそうに見えた。
「ははっ! なかなか似合うではないか」
と、リティアが笑うと衛騎士たちの緊張もやや解けた。
リティアが振り返ると、草原の向こうに王都ヴィアナが見えた。秩序が無秩序に増殖しているような街並みの中心に、青白い王宮と神殿が対になってひときわ大きくそびえている。
「よし、王宮に戻るぞ。陛下にお会いする」
91
お気に入りに追加
407
あなたにおすすめの小説
魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
異世界王女に転生したけど、貧乏生活から脱出できるのか
片上尚
ファンタジー
海の事故で命を落とした山田陽子は、女神ロミア様に頼まれて魔法がある世界のとある国、ファルメディアの第三王女アリスティアに転生!
悠々自適の贅沢王女生活やイケメン王子との結婚、もしくは現代知識で無双チートを夢見て目覚めてみると、待っていたのは3食草粥生活でした…
アリスティアは現代知識を使って自国を豊かにできるのか?
痩せっぽっちの王女様奮闘記。
賢者の幼馴染との中を引き裂かれた無職の少年、真の力をひた隠し、スローライフ? を楽しみます!
織侍紗(@'ω'@)ん?
ファンタジー
ルーチェ村に住む少年アインス。幼い頃両親を亡くしたアインスは幼馴染の少女プラムやその家族たちと仲良く過ごしていた。そして今年で十二歳になるアインスはプラムと共に近くの町にある学園へと通うことになる。
そこではまず初めにこの世界に生きる全ての存在が持つ職位というものを調べるのだが、そこでアインスはこの世界に存在するはずのない無職であるということがわかる。またプラムは賢者だということがわかったため、王都の学園へと離れ離れになってしまう。
その夜、アインスは自身に前世があることを思い出す。アインスは前世で嫌な上司に手柄を奪われ、リストラされたあげく無職となって死んだところを、女神のノリと嫌がらせで無職にさせられた転生者だった。
そして妖精と呼ばれる存在より、自身のことを聞かされる。それは、無職と言うのはこの世界に存在しない職位の為、この世界がアインスに気づくことが出来ない。だから、転生者に対しての調整機構が働かない、という状況だった。
アインスは聞き流す程度でしか話を聞いていなかったが、その力は軽く天災級の魔法を繰り出し、時の流れが遅くなってしまうくらいの亜光速で動き回り、貴重な魔導具を呼吸をするように簡単に創り出すことが出来るほどであった。ただ、争いやその力の希少性が公になることを極端に嫌ったアインスは、そのチート過ぎる能力を全力にバレない方向に使うのである。
これはそんな彼が前世の知識と無職の圧倒的な力を使いながら、仲間たちとスローライフを楽しむ物語である。
以前、掲載していた作品をリメイクしての再掲載です。ちょっと書きたくなったのでちまちま書いていきます。
異世界道中ゆめうつつ! 転生したら虚弱令嬢でした。チート能力なしでたのしい健康スローライフ!
マーニー
ファンタジー
※ほのぼの日常系です
病弱で閉鎖的な生活を送る、伯爵令嬢の美少女ニコル(10歳)。対して、亡くなった両親が残した借金地獄から抜け出すため、忙殺状態の限界社会人サラ(22歳)。
ある日、同日同時刻に、体力の限界で息を引き取った2人だったが、なんとサラはニコルの体に転生していたのだった。
「こういうときって、神様のチート能力とかあるんじゃないのぉ?涙」
異世界転生お約束の神様登場も特別スキルもなく、ただただ、不健康でひ弱な美少女に転生してしまったサラ。
「せっかく忙殺の日々から解放されたんだから…楽しむしかない。ぜっっったいにスローライフを満喫する!」
―――異世界と健康への不安が募りつつ
憧れのスローライフ実現のためまずは健康体になることを決意したが、果たしてどうなるのか?
魔法に魔物、お貴族様。
夢と現実の狭間のような日々の中で、
転生者サラが自身の夢を叶えるために
新ニコルとして我が道をつきすすむ!
『目指せ健康体!美味しいご飯と楽しい仲間たちと夢のスローライフを叶えていくお話』
※はじめは健康生活。そのうちお料理したり、旅に出たりもします。日常ほのぼの系です。
※非現実色強めな内容です。
※溺愛親バカと、あたおか要素があるのでご注意です。
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです
ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。
転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。
前世の記憶を頼りに善悪等を判断。
貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。
2人の兄と、私と、弟と母。
母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。
ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。
前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。
召喚されたら聖女が二人!? 私はお呼びじゃないようなので好きに生きます
かずきりり
ファンタジー
旧題:召喚された二人の聖女~私はお呼びじゃないようなので好きに生きます~
【第14回ファンタジー小説大賞エントリー】
奨励賞受賞
●聖女編●
いきなり召喚された上に、ババァ発言。
挙句、偽聖女だと。
確かに女子高生の方が聖女らしいでしょう、そうでしょう。
だったら好きに生きさせてもらいます。
脱社畜!
ハッピースローライフ!
ご都合主義万歳!
ノリで生きて何が悪い!
●勇者編●
え?勇者?
うん?勇者?
そもそも召喚って何か知ってますか?
またやらかしたのかバカ王子ー!
●魔界編●
いきおくれって分かってるわー!
それよりも、クロを探しに魔界へ!
魔界という場所は……とてつもなかった
そしてクロはクロだった。
魔界でも見事になしてみせようスローライフ!
邪魔するなら排除します!
--------------
恋愛はスローペース
物事を組み立てる、という訓練のため三部作長編を予定しております。
転生してしまったので服チートを駆使してこの世界で得た家族と一緒に旅をしようと思います
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
俺はクギミヤ タツミ。
今年で33歳の社畜でございます
俺はとても運がない人間だったがこの日をもって異世界に転生しました
しかし、そこは牢屋で見事にくそまみれになってしまう
汚れた囚人服に嫌気がさして、母さんの服を思い出していたのだが、現実を受け止めて抗ってみた。
すると、ステータスウィンドウが開けることに気づく。
そして、チートに気付いて無事にこの世界を気ままに旅することとなる。楽しい旅にしなくちゃな
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる