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番外編

フリア・アロンソの青春日記④

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「カルドーゾ公爵、マダレナ・オルキデア閣下が侍女、フリア・アロンソにございま――っす! 閣下ご所望の品を持ち、参上いたしました――――っ!!」


わたしを羽交い絞めにしようとする〈庭園の騎士〉様たちをくぐり抜け、マダレナ閣下のもとに走ります。

マダレナ閣下がお気に入りのコーラルピンクのドレスは、今晩の満月に映えてとてもお綺麗です。

片膝を突いて、あたまを下げます。


「お待たせいたしました!! マダレナ閣下!!」

「よくやってくれたわ、フリア」


マダレナ閣下の澄んだフォレストグリーンの瞳は、わたしへの感謝のお心であふれていました。


にへっ。


と、おもわず笑ってしまいます。

わたしはマダレナ閣下に託していただいた〈内密の任務〉をやり遂げることができたのです。

だけど、秘湯での作業を終えてすぐに駆け出したわたしの顔は、きっとススだらけです。

ずっと馬で駆けていたので、メイド服も土埃だらけ。

華やかな園遊会の場にはそぐわないので、退出しようとするとマダレナ閣下に呼び止めていただきました。


「フリア、いいのよ。ベアと白騎士ルシアさん――フリアのお友だちルウの間に立って、あなたも控えていて頂戴」

「け、けど……」

「いいの。それは、あなたの勲章。今日は最後まで一部始終を見ていてちょうだい。あなたには、その資格があるわ」

「あ、ありがたき幸せ――っ!!」


わたしは、初めてほんとうにマダレナ閣下から、一人前の侍女と認めていただいたような気がして、

飛び上がるようにして、ベアトリス様とルシアさんのところへと駆けます。


「お久しぶりです……」


と、紅蓮のような瞳で微笑みかけてくれるルシアさんは、ピンク色のドレスを着られていて、とってもお綺麗でした。


「……ルシアさん」

「ルウでいいですよ……?」

「……ルウ、あのね」


しばらくの間でしたけど、わたしの後輩だったルウ・カランコロン。

正体を内緒にされていたのはショックでしたけど、わたしの大切なお友だちです。


「……わたし。あのね、ルウ」

「はい」

「……くさくない?」


眉を寄せたルウが、鼻をクンクンしてくれます。

先輩のベアトリス様には、ちょっと聞きにくかったのでルウに嗅いでもらいました。


「いい匂いですよ?」

「……いい匂いはないんじゃない?」

「いえ、ほんとうに……」


そのあとすぐにルウは呼ばれて、マダレナ閣下といっしょに、わたしの運んだ小瓶の液体を飲みました。


――はうっ。……飲むのって、マダレナ閣下とルウだったんだ……。


わたしの浸かっていたお湯も、ちょっぴりだけ混じっています。

誰にも言えませんが、すこし恥ずかしかったです。

サビアに帰ったら、そっとバニェロに聞いてもらうことにします。

生まれたときから知ってるバニェロと、離れて暮らしてるのは、ほんのここ最近のことだけです。

わたしが4つのときにはもう、


「……フリア、カワイイから俺の嫁さんにしてやるよ」


って、言われてました。

いまでこそ〈超絶美少女〉なんて言ってもらえますけど、

8つになるくらいまでのわたしは、山から降りてきたばかりの、お猿さんみたいでした。

なのにバニェロが「カワイイ」って言ってくれたのは、

とっても嬉しかったし、いまもその気持ちは変わりません。

わたしのおうちはそんなに裕福ではなかったので、バニェロと結婚式を挙げるお金を貯めるために〈ひまわり城〉のメイドに雇ってもらいました。

まさか、マダレナ閣下に侍女に取り立てていただいて、帝都の、皇宮の〈陛下の庭園〉で、

マダレナ閣下が公爵に叙爵された園遊会に立ち会えるような立場になろうとは、


ぜんぶが夢みたいです。


液体を飲んだルウ――ルシアさんが苦しみはじめたときは、


――わたしが浸かってたせい!?


と、すこしドキドキしました。

ですが、ルシアさんの真っ白な髪に、さあっと色がもどり、鮮やかなコーラルピンクに染まったとき、

マダレナ閣下がわたしに託してくださった〈内密の任務〉の重さに、初めて気が付きました。


――それならそうと、先に言っておいてよぉ~~~!!


と、思わないでもないですが、これは〈内緒話〉というよりは〈機密〉です。

この頃には、うつらうつらと半分、夢の中にいるみたいだったのですけど、


「わたしたちふたり、いまだ若輩……」


と、マダレナ閣下の声が聞こえて、


――ああ、マダレナ閣下とアルフォンソ殿下の結婚は、皇帝陛下に認めていただいたのだなぁ……。


と、マダレナ閣下の夢が叶ったのだと分かりました。

太陽帝国の高貴なお方が、すべてそろわれている華やかな園遊会。

わたしは、ほんのすこしの期間だけでしたけど、


――マダレナ閣下の夢の中を、ご一緒させていただけたのだなぁ……、


と、胸が熱くなりました。

マダレナ閣下の夢の中は、それはそれは華やかで煌びやかで、キラキラしていました。

けれど、わたしの夢ではありません。

わたしの夢はずっと、バチェロのお嫁さんになることです。

そして、お風呂屋さんのおかみさんになって、バチェロとずっと一緒にいることです。

名残惜しいですけど、


――マダレナ閣下と、お別れのときが近付いてるんだなぁ……、


と、ベアトリス様の腕にしがみついて、わたしはまた眠りの中に落ちていきました。

立ったままだったのに、なんだかとても幸せな気分でスヤスヤと眠ってしまったのでした――。


   Ψ


マダレナ妃殿下の結婚式が終わり、ベアトリス様の結婚式までは侍女を続けさせてもらうことになりました。

ですが、


「ええ~っ!? じゃあ、私の結婚式のときは、ふつうにお客さんで来てくれますかぁ~!?」


と、ルシアさん……、いえ、ルシア公爵閣下から仰っていただいてしまい、


――いいよ。やり切ってから帰ってこい。


って、バニェロも手紙で言ってくれて、

結局、ルシア公爵閣下の結婚式が終わるまで、侍女でいさせてもらうことになりました。

ルシア公爵閣下の結婚式が終わると、

ちょうど、サビアのひまわり畑が満開になるころだったので、

マダレナ妃殿下も、ベアトリス伯爵夫人も、ルシア公爵閣下も、みなさんわたしと一緒にサビアに帰りました。


「……おう」


と、バニェロは相変わらずぶっきらぼうに、お風呂のお湯を沸かしていました。


「へへっ……」

「……なんだよ?」

「お嫁さんにしてくれるんでしょ?」

「……するよ」


わたしは、わたしの夢の中に帰ってきました。


マダレナ妃殿下の侍女として過ごした日々は、わたしの宝物です。

わたしの青春でした。

そして、よく考えたら、わたしにもたくさんの〈内緒話〉ができてしまいました。

一緒にススだらけになりながらお風呂を沸かして、すこしずつバニェロに聞かせてあげようと思います。

きっと、ぶっきらぼうに相鎚をうってくれると思います。


にへっ。












             おしまい










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