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番外編

フリア・アロンソの青春日記③

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「ふ~ん、手際いいんだねぇ……」


秘湯にある、マダレナ閣下が逗留されていた宿を借り上げています。

必要な材料はすべて露天風呂に届いていたので、あとはバニェロとふたり、ただひたすらお湯を沸かして煮詰めていくだけです。

騎士たちが組み上げてくれていた、かまどをひとつひとつバニェロが点検して、鉄鍋を乗せて火を点けていきます。


「……このくらい普通だろ」

「そう?」

「……湯を沸かすのなんか、毎日のことだからな」


バニェロはわたしの方を見もせずに、淡々と薪をくべていきます。

文句も言わず真面目にやってくれるのは嬉しいのですが、なんだかバニェロのくせに偉そうです。

でも、邪魔する訳にもいきません。

わたしも黙って、露天風呂から汲み上げたお湯を運んで鉄鍋に入れていきました。

マダレナ閣下からご指示いただいていた試薬を使って、お望みのものが含まれているのか確認しながらの作業です。

バニェロは平民のお風呂屋さんです。騎士たちと一緒だと緊張してしまうといけないので、作業はふたりでやります。

やがて、すべてのかまどに火が入って、あとはただひたすら沸かし続けるだけになりました。


「ふぅ~、冬の山奥なのに、火を焚いて動き回ったら、さすがに暑いね」

「……フリア」

「なに?」

「お前、くさいぞ」

「は、はあぁぁぁぁ!?」


帝都から、ほとんど寝ずに何日も馬で駆けたのです。サビアに着いても、すぐにエンカンターダスに向かいました。

土埃まみれの、汗まみれです。


――それならそうと、先に言っておいてよぉ~~~!!


馬に乗せてキュッとわたしに抱きついている間もずっと、いや……、ふたりきりの馬車のなかでも、

バニェロは、わたしをくさいって思ってたんでしょうか?

いくらバニェロが相手でも、さすがに恥ずかしくなって、自分をクンクン嗅いでみます。

くさいです。


「……そこの露天風呂、入ればいいだろ」

「はあ~っ!?」

「なんだよ?」

「……エッチ」

「バカ。……後ろ向いてるから、サッと汗を流せって言ってるんだよ」


いくら結婚の約束をしてるとはいえ、すぐそばでお風呂に入るのは、ちょっと、


「ま、まだ、はやいよぉ……」

「は? ……どんだけくさくなったら風呂に入るつもりなんだよ?」

「違うわよ。……そ、そういうことじゃなくてぇ~」


でも、いちど気になりだすと、身体がかゆい気もしてきました。

かまどがたくさん並んでるすぐそばにある露天風呂に飛び込んだら、気持ち良さそうです。

バニェロは火の加減を確認しつづけていて、かまどと鉄鍋の陰に隠れています。


「……の、のぞかないでよ?」

「そんなヒマねえよ」


そとで宿を封鎖してくれている騎士に頼んで、着替えを持って来てもらいます。

チラッとバニェロの様子を見ると、真剣にお湯を沸かし続けてくれていて、わたしの方は気にならないようでした。


――えいっ!


と、思い切って服を脱いで、サーッと身体を洗います。

ドキドキするのですけど、とても気持ちいいです。


「あっ……」

「なんだ?」

「こ、こっち見ないでよ!?」

「……見てねえよ」

「煮詰めたお湯ね……」

「ああ」

「飲むらしいんだけど……」

「へぇ~、変わってんな」

「ちょっと、マダレナ閣下のこと変人みたいに言わないでくれる!?」

「……だから、どうしたって言うんだよ?」

「うん……。わたし、湯船に浸かっちゃっていいのかな? まだ汲まないといけないんだけど……」

「さあ? ……いいんじゃねぇか? 身体は洗ったんだろ?」

「……うん」

「大丈夫だよ、ちょっとくらい」

「う~ん――……」


わたしは湯船の誘惑に勝てず、

もう一回、身体を洗ってから湯船の隅っこにチャプンと浸かりました。


「ふわぁ~~~、気持ちいい~~~」

「……だろ? 風呂はいいもんだ」

「ほんとだね。疲れが溶け出していくよ」


バニェロが沸かしたお風呂でないのがすこし残念でしたけど、しばらく手足を伸ばして、空を眺めました。


「……マダレナ閣下がね」

「ああ……」

「侍女のベアトリス様も一緒に、白騎士のルシア様と、このお風呂に浸かってたんだってぇ……」

「なんだ。フリアも侍女様なのに、一緒じゃなかったのか?」

「そのころ、まだ馬に乗れなくて……。連れて行ってもらえなかったの」

「……そうか」

「やっと、入れたなぁ~」

「……良かったな」

「うん。良かった」


お風呂をあがって、服を着替え、もと着ていたメイド服を洗濯しました。

その頃には〈第一陣〉が煮詰まっていて、慎重に瓶に詰めていきます。


「こ、これっぽっちかぁ~」

「指示どおりの濃さだぞ?」

「分かってるわよ!」

「さあ、第二陣いくぞ。湯を運ぶんだ」

「う、うん!」


空になった鉄鍋に、温泉のお湯をどんどん注いでいきます。

バニェロは火加減を見ているので、お湯を運ぶのはわたしの役目です。なかなかの重労働です。


「……フリア、寝とけよ」

「まだ、大丈夫」

「終ったら、また帝都まで駆けるんだろ? ちゃんと休んどかないと、途中で倒れるぞ?」


すっかり日が暮れて、山奥の秘湯は静かです。

かまどの火が、バニェロの吊り目の顔を照らして揺らめいています。


「でも……、バニェロも交代しなくちゃ」

「……オレはいいんだよ」


マダレナ閣下からの〈内密の任務〉とはいえ、わたしのために働いてくれているバニェロを残して横になる気にもなれません。

バニェロだって、いつもならもう寝ている時間のはずです。


「……ここに来るときさ」

「ああ」

「パウラ様って侯爵家のご令嬢にお世話になってさ」

「ああ」

「わたしをクビにするフリをしてくださったんだけど、怪しまれないようにって、夜中までは邸宅に置いてくださってさ」

「……うん」

「どうせならって、いっぱいドレスを着せてくれてさ」

「へぇ~」

「もう、い~っぱいお持ちなの! キレイなのや可愛いの。いっぱいのドレスを着せてもらってさ、なんか夢みたいだったのよねぇ~っ!」

「ふ~ん……」


バニェロが眠くならないようにと、いっぱいお話をしてあげました。

パウラ様のこと。

ベアトリス様のこと。

フェデリコ様のこと。

ビビアナ教授のこと。

ルシアさんのこと。

もちろん、マダレナ閣下のことも。

話しているうちに、わたしはバニェロに〈内緒話〉をしてあげられてることが、嬉しくてたまらなくなっていました。

学都の山荘で、貴族のご令嬢たちを招いたお茶会をひらいたときの話など、熱を込めて語ってしいました。

みなさんのドレスがお綺麗で、もちろんマダレナ閣下がいちばんお美しいと思うのですけど、

キラキラとした社交の場を、侍女として取り仕切るなど、夢のような体験でしたから。


「……いいかげん、寝ろよ。喉が枯れてるじゃねぇか」

「う、うん……。じゃあ、すこしだけ」


すこし仮眠をとっては、お湯を汲み、バニェロに学都や帝都での夢のようなお話をしてあげて、また仮眠をとる。

なんだか、お風呂屋さんの奥さんになれたようです。

そして、数日がかりでついに必要な量が小瓶に貯まりました。


「ありがとう、バニェロ! 今度はゆっくり帰るから!」

「……お、おう」

「ん? ……なに?」

「……帰って来るのか?」

「帰るよ? え? 帰ってきてほしくないの?」

「……いや、そんなこと」

「なによ。わたしのこと、お嫁さんにしてくれるんでしょう?」

「……いいのか?」

「なにがよ?」

「顔のキレイな騎士様とか、いっぱいいるんだろ?」

「はあ!? わたしと結婚したくないってこと!?」

「ちげーよ……。すぐにも……、したいよ」

「……え?」

「オレは今すぐでもしたいよ! ……フリアと結婚」

「それならそうと、先に言っておいてよぉ~~~!!」


立派な侍女になるまで、わたしは帰らないって約束してました。

バニェロも「頑張れよ」って笑ってました。


「……でも、フリアが……楽しそうだから、侍女やってるの」

「楽しいわよ! でも、それとこれとは別でしょ!?」

「……投げ出すなよ?」

「はあ!?」

「……オレ、待ってるから。侍女の仕事、投げ出すなよ?」

「当たり前じゃない! ちゃんとやり切ってから帰って来るから、待っててよね!!」

「おう……。頑張れよな」

「頑張るわよ!!」


と、わたしは馬の腹を蹴りました。

まったく。

わたしの婚約者は気がきかなくて、ぶっきらぼうです。

はやく結婚したいならしたいで、はっきり言ってくれたらいいのに、

なにを〈内緒話〉にしてるんでしょう。

思わず、


にへっ。


と、笑ってから、前を睨みました。

帝都ではマダレナ閣下が、わたしの帰りをお待ちです。

マダレナ閣下がアルフォンソ殿下と結ばれる夢を、わたしに託してくださったのです。

まずは、この小瓶をお届けして、それからバニェロとのことは、ゆっくり考えます――。
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