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番外編
ベアトリス・エスコバルの交遊録③
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はじめての深酒で非礼を働いてしまい、そのお詫びにフェデリコ様の執務室に訪れたわたしですが、
「あのぉ~、昨晩は大変な失礼をしてしまいましてぇ~」
「……う、うむ」
「これ……、お詫びの印といってはなんなんですけど、良かったらぁ~」
と、執務机のうえに菓子折りをそっと乗せたのですが、フェデリコ様は見てもくれません。
美形のお顔はますます険しく歪み、わたしと一緒にいるのがよほどお嫌なのか、だんだん血が昇って赤く染まりはじめていました。
――これは、早めに退散しないと、かえって傷口をひろげそうだわ……。
と、思ったわたしは、
「は、ははははっ……」
と、愛想笑いをしながら、執務室を出ようとするとフェデリコ様の震えあがりそうな冷たい声に呼び止められました。
「……侍女殿」
「は、はいっ!」
怒りを抑えておられるのか、ぷるぷると震えるフェデリコ様は、しばらく黙っておられました。
マダレナのもとに戻らないといけなかったのですけど、こちらはフェデリコ様から叱責される立場です。
直立不動で奥歯をかたく噛みしめ、フェデリコ様の言葉を待っていました。
やがて、呼吸を整えられたフェデリコ様が、口をひらかれました。
「あれでは……」
「は、はいっ!」
「……マダレナ閣下の侍女は、勤まらないのでは……、ないですか?」
「はい! 以後、気を付けます!」
フェデリコ様は、わたしより約10歳も歳上です。
そんな歳まで独身を貫かれるほどに女嫌いのフェデリコ様が、ずいぶん歳下のわたしに、できるだけ優しい語調をひねり出そうとされていることに、
かえって申し訳なく感じたものです。
けれど、フェデリコ様の次のひと言に、これはよほど怒っておられるなと、わたしはブルッと身を震わせてしまいました。
「いや……、気を付けたところで、どうにかなることではない……」
「は、はいっ!!」
「……そう思われませんか?」
「……そ、そうかもしれません」
「私が……」
「……え?」
「……私が、酒の練習に……付き合おう」
「き、騎士団長様に、そんなご面倒をおかけする訳には……」
と、わたしが両方の手の平を、身体のまえで小刻みに振って遠慮すると、
フェデリコ様の超絶美形なお顔の、切れ長で鋭い眼で、キッと睨みつけられました。
そして、早口になられたフェデリコ様に、とうとうと叱られたのです。
「マダレナ閣下は第3皇女ロレーナ殿下の代理人でいらっしゃる。その侍女にして側近、親友でもあるベアトリス殿が酒ごときで醜態を晒しては、ロレーナ殿下の顔に泥を塗るも同然。ひいては、ロレーナ殿下から差し向けられた、私も同罪と言っても過言ではない。そんな事態を打開すべく、酒の練習をと申している訳で……」
「わ、分かりました! 分かりました! 失礼いたしました~~~。わたしが心得違いをしておりました!! よ、よろしくご教授くださいませぇ~~~」
「……わ、わかってくれたのなら、良いのです」
そのまま首を刎ねられてしまうのではないかという勢いに押されて、フェデリコ様からお酒の特訓をしていただくことになってしまいました。
けれど言われてみれば、たしかにそうです。
ロレーナ殿下の代理人たる、マダレナの顔に泥を塗るわけにはいきません。
まして、マダレナは〈翡翠〉様とお会いできるかどうか、大切な時期でした。
なので、お酒の特訓をするのはいいのですが、またわたしが醜態をさらすことになってはいけないと、
「お酒の特訓は、わたしの部屋でお願いできませんか?」
と、フェデリコ様にひれ伏す勢いで頼み込みました。
ぐうっ……、と唸られたフェデリコ様は、
「わ、わかい女性の部屋に行くなど……。どうしてもと仰られるのなら、……私の部屋にしましょう」
と、しぼり出すような声で仰られました。
女嫌いのフェデリコ様が、女の部屋に行くのと、ご自分のお部屋に女を入れるのと、どちらがマシか天秤にかけられ、
やむなく、ご自分の部屋を選ばれたことが伝わってきて、たいそう申し訳ない気持ちになってしまいました。
けれど、ご自身の心情――女嫌いよりもマダレナ、ひいてはロレーナ殿下への忠義を優先されるお志の高さに、感銘を受けたのも確かです。
お互い忙しい身の上ですので、部屋飲み会――、いえいえ、特訓の日を約束してその日は別れました。
男性の部屋を訪ねるなどということは、実はわたしも初めてのことで、マダレナにも打ち明けられずにいたのですが、
マダレナはすでに〈深酔いしない酒の嗜み方 ~酒は呑んでも呑まれるな~ 貴族の酒の飲み方 決定版!〉という本を熟読していたので、わたしも借りて読むことにしました。
約束の日が近付くにつれ、だんだん緊張してくるのですが、
お酒は呑みやすいものをフェデリコ様がご用意してくださるというので、わたしはツマミになるものを見繕って過ごしました。
ただ、女嫌いで有名なフェデリコ様です。
ピンチョスやブルスケッタのような、女子っぽいものは避けることにして、
鹿肉や猪肉をワイルドに焼いてスパイスで味付けしたものを、豪快に大皿に盛りつけてお持ちすることにしました。
遠征軍の野戦料理のようです。
きっと、これならフェデリコ様も気に入ってくれるに違いない、
そう思って、おうかがいしたフェデリコ様のお部屋で、わたしは生涯最大の衝撃を受けるのです――。
「あのぉ~、昨晩は大変な失礼をしてしまいましてぇ~」
「……う、うむ」
「これ……、お詫びの印といってはなんなんですけど、良かったらぁ~」
と、執務机のうえに菓子折りをそっと乗せたのですが、フェデリコ様は見てもくれません。
美形のお顔はますます険しく歪み、わたしと一緒にいるのがよほどお嫌なのか、だんだん血が昇って赤く染まりはじめていました。
――これは、早めに退散しないと、かえって傷口をひろげそうだわ……。
と、思ったわたしは、
「は、ははははっ……」
と、愛想笑いをしながら、執務室を出ようとするとフェデリコ様の震えあがりそうな冷たい声に呼び止められました。
「……侍女殿」
「は、はいっ!」
怒りを抑えておられるのか、ぷるぷると震えるフェデリコ様は、しばらく黙っておられました。
マダレナのもとに戻らないといけなかったのですけど、こちらはフェデリコ様から叱責される立場です。
直立不動で奥歯をかたく噛みしめ、フェデリコ様の言葉を待っていました。
やがて、呼吸を整えられたフェデリコ様が、口をひらかれました。
「あれでは……」
「は、はいっ!」
「……マダレナ閣下の侍女は、勤まらないのでは……、ないですか?」
「はい! 以後、気を付けます!」
フェデリコ様は、わたしより約10歳も歳上です。
そんな歳まで独身を貫かれるほどに女嫌いのフェデリコ様が、ずいぶん歳下のわたしに、できるだけ優しい語調をひねり出そうとされていることに、
かえって申し訳なく感じたものです。
けれど、フェデリコ様の次のひと言に、これはよほど怒っておられるなと、わたしはブルッと身を震わせてしまいました。
「いや……、気を付けたところで、どうにかなることではない……」
「は、はいっ!!」
「……そう思われませんか?」
「……そ、そうかもしれません」
「私が……」
「……え?」
「……私が、酒の練習に……付き合おう」
「き、騎士団長様に、そんなご面倒をおかけする訳には……」
と、わたしが両方の手の平を、身体のまえで小刻みに振って遠慮すると、
フェデリコ様の超絶美形なお顔の、切れ長で鋭い眼で、キッと睨みつけられました。
そして、早口になられたフェデリコ様に、とうとうと叱られたのです。
「マダレナ閣下は第3皇女ロレーナ殿下の代理人でいらっしゃる。その侍女にして側近、親友でもあるベアトリス殿が酒ごときで醜態を晒しては、ロレーナ殿下の顔に泥を塗るも同然。ひいては、ロレーナ殿下から差し向けられた、私も同罪と言っても過言ではない。そんな事態を打開すべく、酒の練習をと申している訳で……」
「わ、分かりました! 分かりました! 失礼いたしました~~~。わたしが心得違いをしておりました!! よ、よろしくご教授くださいませぇ~~~」
「……わ、わかってくれたのなら、良いのです」
そのまま首を刎ねられてしまうのではないかという勢いに押されて、フェデリコ様からお酒の特訓をしていただくことになってしまいました。
けれど言われてみれば、たしかにそうです。
ロレーナ殿下の代理人たる、マダレナの顔に泥を塗るわけにはいきません。
まして、マダレナは〈翡翠〉様とお会いできるかどうか、大切な時期でした。
なので、お酒の特訓をするのはいいのですが、またわたしが醜態をさらすことになってはいけないと、
「お酒の特訓は、わたしの部屋でお願いできませんか?」
と、フェデリコ様にひれ伏す勢いで頼み込みました。
ぐうっ……、と唸られたフェデリコ様は、
「わ、わかい女性の部屋に行くなど……。どうしてもと仰られるのなら、……私の部屋にしましょう」
と、しぼり出すような声で仰られました。
女嫌いのフェデリコ様が、女の部屋に行くのと、ご自分のお部屋に女を入れるのと、どちらがマシか天秤にかけられ、
やむなく、ご自分の部屋を選ばれたことが伝わってきて、たいそう申し訳ない気持ちになってしまいました。
けれど、ご自身の心情――女嫌いよりもマダレナ、ひいてはロレーナ殿下への忠義を優先されるお志の高さに、感銘を受けたのも確かです。
お互い忙しい身の上ですので、部屋飲み会――、いえいえ、特訓の日を約束してその日は別れました。
男性の部屋を訪ねるなどということは、実はわたしも初めてのことで、マダレナにも打ち明けられずにいたのですが、
マダレナはすでに〈深酔いしない酒の嗜み方 ~酒は呑んでも呑まれるな~ 貴族の酒の飲み方 決定版!〉という本を熟読していたので、わたしも借りて読むことにしました。
約束の日が近付くにつれ、だんだん緊張してくるのですが、
お酒は呑みやすいものをフェデリコ様がご用意してくださるというので、わたしはツマミになるものを見繕って過ごしました。
ただ、女嫌いで有名なフェデリコ様です。
ピンチョスやブルスケッタのような、女子っぽいものは避けることにして、
鹿肉や猪肉をワイルドに焼いてスパイスで味付けしたものを、豪快に大皿に盛りつけてお持ちすることにしました。
遠征軍の野戦料理のようです。
きっと、これならフェデリコ様も気に入ってくれるに違いない、
そう思って、おうかがいしたフェデリコ様のお部屋で、わたしは生涯最大の衝撃を受けるのです――。
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