上 下
73 / 87
番外編

ベアトリス・エスコバルの交遊録②

しおりを挟む
今日も可愛らしく優雅なパウラ様に、


――こんな美人の妹がいたら、さぞかし自慢なことでしょうね。


と声をかけられた姉イネスは、苦しそうな笑みで顔を歪めました。

むかし一度だけ、おなじ顔をした姉を見たことがあります。

エレオノラ王太后陛下のはからいで帝国伯爵に叙爵されたマダレナに、わたしが侍女にしてもらったときです。


――キツイ顔をした女。


と蔑んでいたマダレナの急激な身分の上昇と、それにあわせたわたしの立場の変化に、姉の価値観がついていけなかったのでしょう。

醜い笑みと言ってよいその表情でしたが、

とても残念なことに、姉が初めてわたしに向けてくれた笑顔が、すこし嬉しかったものです。

パウラ様が扇をひろげて、姉に耳打ちしてくださいます。


「まもなく、マダレナ妃殿下がおみえになりますわよ?」

「え、ええ……」

「ロシャ伯爵家は、マダレナ妃殿下から領地を分けていただきましたわよね?」


ネヴィス王国の貴族家であったロシャ=ネヴィス伯爵家は、もともと痩せた土地をわずかに領有する貧乏貴族でした。

帝国貴族に叙爵されたといっても、領地を賜ったわけではありません。

そこでマダレナが、帝国貴族としての品位を保てるようにと、カルドーゾ公爵家領から領地を分けてくれたのです。


「マダレナ妃殿下の側近ベアトリスの園遊会で、姉君が礼容にはずれたふるまいをなさっては、恩人であるマダレナ妃殿下に恥をかかせることになりますわよ?」


やさしい口調で言葉を選んでくださるパウラ様のご好意にも、姉は納得のいかない顔をしたままです。

わたしがパウラ様の横に立つと、さらに顔を引きつらせました。


「お姉様」

「な、なに……?」

「こちら、太陽帝国で由緒正しきサンチェス侯爵家のご令嬢、パウラ様ですの。わたしが親しくお付き合いさせていただいていて、大変にお世話になっておりますのよ?」

「そ、そう……」


姉が帝都に昇るのは初めてです。

旧ネヴィス王国領内であれば、夫と離縁した出戻りとはいえ、帝国伯爵の令嬢としてチヤホヤされていることでしょう。

ですが、ここは帝都です。

歴史と伝統あるサンチェス侯爵家の家格は、新参のロシャ伯爵家とは段違いです。

パウラ様と親しくお付き合いしたいご令嬢など、帝都には山のようにいます。

声をかけてもらえるだけでも、夢のような出来事です。

ですが、姉はそれにもいまいちピンときていない様子でした。


――しょせん、ベアトリスの友だちでしょ?


とでも言わんばかりです。

ふわふわしたピンク色の髪を揺らしたパウラ様が、藤色の瞳をほそめられました。


「ふふっ。ベアトリスのお姉様は可愛らしいのね」

「……恐れ入ります」

「お姉様? せっかくの機会です。すこし私と散策いたしませんか? 〈陛下の庭園〉に足を踏み入れさせていただくことなど、中央貴族であってもマレですのよ?」

「あ、はあ……」


園遊会の雰囲気を壊してしまいかねない、姉の振る舞いを見かねたのでしょう。

パウラ様は姉を、会場から連れ出そうとしてくださいます。


「……パウラ様。すみません」

「いいのよ、ベアトリス。そんなことより、あなた。とっても綺麗よ?」

「ありがとうございます……」

「ふふっ。いい結婚式だわ」


フリアが駆けて来て、パウラ様に付き添ってくれ、一緒に姉を会場から連れ出してくれました。


――血を分けた姉妹の幸福を、祝福することができない惨めさに、わたしだったら耐え切れないわ。


マダレナが、王宮でパトリシアにかけた言葉が、耳に蘇ります。

でも、わたしが姉におなじことを言っても、姉はなにも感じないでしょう。


――また、気の強いことを言って! ほんと、イヤな妹。


としか思わないでしょう。

マダレナもまた、パトリシアなら理解できると信頼していたのだと思います。

そして、わたしの結婚式を守ろうと、姉を連れ出してくださったパウラ様。

学都での最初の出会いこそ、急に帝国伯爵に叙爵されたマダレナに「一発かましたれ!」という雰囲気でしたが、

すぐにマダレナを気に入って、わたしとフリアも一緒に、ずっと良くしてくださっています。

白騎士様たちの内緒のドレスづくりでは、一緒になってノリノリに楽しんでくださったものです。

そして、パウラ様があのときわたしに、励ましの書簡を送ってくださらなければ、

わたしとフェデリコ様が結ばれることも、なかったかもしれません。

なにしろ、わたしとフェデリコ様の恋は、最悪のスタートでしたから――。


  Ψ


マダレナが、エンカンターダスの代理侯爵として巡察に出かけた先で、

わたしは初めての深酔いをしてしまって、ゲタゲタ笑いながらフェデリコ様の背中をバシバシ叩いていたんだそうです。

叩いていたことはうっすら覚えているのですが、なにがそんなにおかしかったのかは、

翌朝には、すっかり忘れているほどの深酔いでした。

女嫌いで有名なフェデリコ様です。

ましてや侍女のわたしごときにそんな扱いをされて、さぞお怒りのことだろうと、

菓子折りを持って、フェデリコ様の執務室へとお詫びにおうかがいしました。

案の定、わたしの顔を見るなり、みるみる険しい顔になられたフェデリコ様に、スッと顔をそむけられてしまいました――。
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

政略結婚だからと諦めていましたが、離縁を決めさせていただきました

あおくん
恋愛
父が決めた結婚。 顔を会わせたこともない相手との結婚を言い渡された私は、反論することもせず政略結婚を受け入れた。 これから私の家となるディオダ侯爵で働く使用人たちとの関係も良好で、旦那様となる義両親ともいい関係を築けた私は今後上手くいくことを悟った。 だが婚姻後、初めての初夜で旦那様から言い渡されたのは「白い結婚」だった。 政略結婚だから最悪愛を求めることは考えてはいなかったけれど、旦那様がそのつもりなら私にも考えがあります。 どうか最後まで、その強気な態度を変えることがないことを、祈っておりますわ。 ※いつものゆるふわ設定です。拙い文章がちりばめられています。 最後はハッピーエンドで終えます。

お前など家族ではない!と叩き出されましたが、家族になってくれという奇特な騎士に拾われました

蒼衣翼
恋愛
アイメリアは今年十五歳になる少女だ。 家族に虐げられて召使いのように働かされて育ったアイメリアは、ある日突然、父親であった存在に「お前など家族ではない!」と追い出されてしまう。 アイメリアは養子であり、家族とは血の繋がりはなかったのだ。 閉じ込められたまま外を知らずに育ったアイメリアは窮地に陥るが、救ってくれた騎士の身の回りの世話をする仕事を得る。 養父母と義姉が自らの企みによって窮地に陥り、落ちぶれていく一方で、アイメリアはその秘められた才能を開花させ、救い主の騎士と心を通わせ、自らの居場所を作っていくのだった。 ※小説家になろうさま・カクヨムさまにも掲載しています。

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

私を虐げた人には絶望を ~貧乏令嬢は悪魔と呼ばれる侯爵様と契約結婚する~

香木あかり
恋愛
 「あなた達の絶望を侯爵様に捧げる契約なの。だから……悪く思わないでね?」   貧乏な子爵家に生まれたカレン・リドリーは、家族から虐げられ、使用人のように働かされていた。   カレンはリドリー家から脱出して平民として生きるため、就職先を探し始めるが、令嬢である彼女の就職活動は難航してしまう。   ある時、不思議な少年ティルからモルザン侯爵家で働くようにスカウトされ、モルザン家に連れていかれるが……  「変わった人間だな。悪魔を前にして驚きもしないとは」   クラウス・モルザンは「悪魔の侯爵」と呼ばれていたが、本当に悪魔だったのだ。   負の感情を糧として生きているクラウスは、社交界での負の感情を摂取するために優秀な侯爵を演じていた。   カレンと契約結婚することになったクラウスは、彼女の家族に目をつける。   そしてクラウスはカレンの家族を絶望させて糧とするため、動き出すのだった。  「お前を虐げていた者たちに絶望を」  ※念のためのR-15です  ※他サイトでも掲載中

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

公爵令嬢の辿る道

ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。 家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。 それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。 これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。 ※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。 追記  六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

処理中です...