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番外編
ベアトリス・エスコバルの交遊録②
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今日も可愛らしく優雅なパウラ様に、
――こんな美人の妹がいたら、さぞかし自慢なことでしょうね。
と声をかけられた姉イネスは、苦しそうな笑みで顔を歪めました。
むかし一度だけ、おなじ顔をした姉を見たことがあります。
エレオノラ王太后陛下のはからいで帝国伯爵に叙爵されたマダレナに、わたしが侍女にしてもらったときです。
――キツイ顔をした女。
と蔑んでいたマダレナの急激な身分の上昇と、それにあわせたわたしの立場の変化に、姉の価値観がついていけなかったのでしょう。
醜い笑みと言ってよいその表情でしたが、
とても残念なことに、姉が初めてわたしに向けてくれた笑顔が、すこし嬉しかったものです。
パウラ様が扇をひろげて、姉に耳打ちしてくださいます。
「まもなく、マダレナ妃殿下がおみえになりますわよ?」
「え、ええ……」
「ロシャ伯爵家は、マダレナ妃殿下から領地を分けていただきましたわよね?」
ネヴィス王国の貴族家であったロシャ=ネヴィス伯爵家は、もともと痩せた土地をわずかに領有する貧乏貴族でした。
帝国貴族に叙爵されたといっても、領地を賜ったわけではありません。
そこでマダレナが、帝国貴族としての品位を保てるようにと、カルドーゾ公爵家領から領地を分けてくれたのです。
「マダレナ妃殿下の側近ベアトリスの園遊会で、姉君が礼容にはずれたふるまいをなさっては、恩人であるマダレナ妃殿下に恥をかかせることになりますわよ?」
やさしい口調で言葉を選んでくださるパウラ様のご好意にも、姉は納得のいかない顔をしたままです。
わたしがパウラ様の横に立つと、さらに顔を引きつらせました。
「お姉様」
「な、なに……?」
「こちら、太陽帝国で由緒正しきサンチェス侯爵家のご令嬢、パウラ様ですの。わたしが親しくお付き合いさせていただいていて、大変にお世話になっておりますのよ?」
「そ、そう……」
姉が帝都に昇るのは初めてです。
旧ネヴィス王国領内であれば、夫と離縁した出戻りとはいえ、帝国伯爵の令嬢としてチヤホヤされていることでしょう。
ですが、ここは帝都です。
歴史と伝統あるサンチェス侯爵家の家格は、新参のロシャ伯爵家とは段違いです。
パウラ様と親しくお付き合いしたいご令嬢など、帝都には山のようにいます。
声をかけてもらえるだけでも、夢のような出来事です。
ですが、姉はそれにもいまいちピンときていない様子でした。
――しょせん、ベアトリスの友だちでしょ?
とでも言わんばかりです。
ふわふわしたピンク色の髪を揺らしたパウラ様が、藤色の瞳をほそめられました。
「ふふっ。ベアトリスのお姉様は可愛らしいのね」
「……恐れ入ります」
「お姉様? せっかくの機会です。すこし私と散策いたしませんか? 〈陛下の庭園〉に足を踏み入れさせていただくことなど、中央貴族であってもマレですのよ?」
「あ、はあ……」
園遊会の雰囲気を壊してしまいかねない、姉の振る舞いを見かねたのでしょう。
パウラ様は姉を、会場から連れ出そうとしてくださいます。
「……パウラ様。すみません」
「いいのよ、ベアトリス。そんなことより、あなた。とっても綺麗よ?」
「ありがとうございます……」
「ふふっ。いい結婚式だわ」
フリアが駆けて来て、パウラ様に付き添ってくれ、一緒に姉を会場から連れ出してくれました。
――血を分けた姉妹の幸福を、祝福することができない惨めさに、わたしだったら耐え切れないわ。
マダレナが、王宮でパトリシアにかけた言葉が、耳に蘇ります。
でも、わたしが姉におなじことを言っても、姉はなにも感じないでしょう。
――また、気の強いことを言って! ほんと、イヤな妹。
としか思わないでしょう。
マダレナもまた、パトリシアなら理解できると信頼していたのだと思います。
そして、わたしの結婚式を守ろうと、姉を連れ出してくださったパウラ様。
学都での最初の出会いこそ、急に帝国伯爵に叙爵されたマダレナに「一発かましたれ!」という雰囲気でしたが、
すぐにマダレナを気に入って、わたしとフリアも一緒に、ずっと良くしてくださっています。
白騎士様たちの内緒のドレスづくりでは、一緒になってノリノリに楽しんでくださったものです。
そして、パウラ様があのときわたしに、励ましの書簡を送ってくださらなければ、
わたしとフェデリコ様が結ばれることも、なかったかもしれません。
なにしろ、わたしとフェデリコ様の恋は、最悪のスタートでしたから――。
Ψ
マダレナが、エンカンターダスの代理侯爵として巡察に出かけた先で、
わたしは初めての深酔いをしてしまって、ゲタゲタ笑いながらフェデリコ様の背中をバシバシ叩いていたんだそうです。
叩いていたことはうっすら覚えているのですが、なにがそんなにおかしかったのかは、
翌朝には、すっかり忘れているほどの深酔いでした。
女嫌いで有名なフェデリコ様です。
ましてや侍女のわたしごときにそんな扱いをされて、さぞお怒りのことだろうと、
菓子折りを持って、フェデリコ様の執務室へとお詫びにおうかがいしました。
案の定、わたしの顔を見るなり、みるみる険しい顔になられたフェデリコ様に、スッと顔をそむけられてしまいました――。
――こんな美人の妹がいたら、さぞかし自慢なことでしょうね。
と声をかけられた姉イネスは、苦しそうな笑みで顔を歪めました。
むかし一度だけ、おなじ顔をした姉を見たことがあります。
エレオノラ王太后陛下のはからいで帝国伯爵に叙爵されたマダレナに、わたしが侍女にしてもらったときです。
――キツイ顔をした女。
と蔑んでいたマダレナの急激な身分の上昇と、それにあわせたわたしの立場の変化に、姉の価値観がついていけなかったのでしょう。
醜い笑みと言ってよいその表情でしたが、
とても残念なことに、姉が初めてわたしに向けてくれた笑顔が、すこし嬉しかったものです。
パウラ様が扇をひろげて、姉に耳打ちしてくださいます。
「まもなく、マダレナ妃殿下がおみえになりますわよ?」
「え、ええ……」
「ロシャ伯爵家は、マダレナ妃殿下から領地を分けていただきましたわよね?」
ネヴィス王国の貴族家であったロシャ=ネヴィス伯爵家は、もともと痩せた土地をわずかに領有する貧乏貴族でした。
帝国貴族に叙爵されたといっても、領地を賜ったわけではありません。
そこでマダレナが、帝国貴族としての品位を保てるようにと、カルドーゾ公爵家領から領地を分けてくれたのです。
「マダレナ妃殿下の側近ベアトリスの園遊会で、姉君が礼容にはずれたふるまいをなさっては、恩人であるマダレナ妃殿下に恥をかかせることになりますわよ?」
やさしい口調で言葉を選んでくださるパウラ様のご好意にも、姉は納得のいかない顔をしたままです。
わたしがパウラ様の横に立つと、さらに顔を引きつらせました。
「お姉様」
「な、なに……?」
「こちら、太陽帝国で由緒正しきサンチェス侯爵家のご令嬢、パウラ様ですの。わたしが親しくお付き合いさせていただいていて、大変にお世話になっておりますのよ?」
「そ、そう……」
姉が帝都に昇るのは初めてです。
旧ネヴィス王国領内であれば、夫と離縁した出戻りとはいえ、帝国伯爵の令嬢としてチヤホヤされていることでしょう。
ですが、ここは帝都です。
歴史と伝統あるサンチェス侯爵家の家格は、新参のロシャ伯爵家とは段違いです。
パウラ様と親しくお付き合いしたいご令嬢など、帝都には山のようにいます。
声をかけてもらえるだけでも、夢のような出来事です。
ですが、姉はそれにもいまいちピンときていない様子でした。
――しょせん、ベアトリスの友だちでしょ?
とでも言わんばかりです。
ふわふわしたピンク色の髪を揺らしたパウラ様が、藤色の瞳をほそめられました。
「ふふっ。ベアトリスのお姉様は可愛らしいのね」
「……恐れ入ります」
「お姉様? せっかくの機会です。すこし私と散策いたしませんか? 〈陛下の庭園〉に足を踏み入れさせていただくことなど、中央貴族であってもマレですのよ?」
「あ、はあ……」
園遊会の雰囲気を壊してしまいかねない、姉の振る舞いを見かねたのでしょう。
パウラ様は姉を、会場から連れ出そうとしてくださいます。
「……パウラ様。すみません」
「いいのよ、ベアトリス。そんなことより、あなた。とっても綺麗よ?」
「ありがとうございます……」
「ふふっ。いい結婚式だわ」
フリアが駆けて来て、パウラ様に付き添ってくれ、一緒に姉を会場から連れ出してくれました。
――血を分けた姉妹の幸福を、祝福することができない惨めさに、わたしだったら耐え切れないわ。
マダレナが、王宮でパトリシアにかけた言葉が、耳に蘇ります。
でも、わたしが姉におなじことを言っても、姉はなにも感じないでしょう。
――また、気の強いことを言って! ほんと、イヤな妹。
としか思わないでしょう。
マダレナもまた、パトリシアなら理解できると信頼していたのだと思います。
そして、わたしの結婚式を守ろうと、姉を連れ出してくださったパウラ様。
学都での最初の出会いこそ、急に帝国伯爵に叙爵されたマダレナに「一発かましたれ!」という雰囲気でしたが、
すぐにマダレナを気に入って、わたしとフリアも一緒に、ずっと良くしてくださっています。
白騎士様たちの内緒のドレスづくりでは、一緒になってノリノリに楽しんでくださったものです。
そして、パウラ様があのときわたしに、励ましの書簡を送ってくださらなければ、
わたしとフェデリコ様が結ばれることも、なかったかもしれません。
なにしろ、わたしとフェデリコ様の恋は、最悪のスタートでしたから――。
Ψ
マダレナが、エンカンターダスの代理侯爵として巡察に出かけた先で、
わたしは初めての深酔いをしてしまって、ゲタゲタ笑いながらフェデリコ様の背中をバシバシ叩いていたんだそうです。
叩いていたことはうっすら覚えているのですが、なにがそんなにおかしかったのかは、
翌朝には、すっかり忘れているほどの深酔いでした。
女嫌いで有名なフェデリコ様です。
ましてや侍女のわたしごときにそんな扱いをされて、さぞお怒りのことだろうと、
菓子折りを持って、フェデリコ様の執務室へとお詫びにおうかがいしました。
案の定、わたしの顔を見るなり、みるみる険しい顔になられたフェデリコ様に、スッと顔をそむけられてしまいました――。
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