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第二部

最終話.妹は屈服した

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わたしに朝のメイクをするため、寝室に入ってきたフリアが、

いきなり平伏した。


「ちょ……、フリア? どうしたの?」

「マダレナ閣下が……」

「……うん」

「……人間とは思えないお美しさで、……つい」

「もう、大袈裟ね、フリアは」


と、苦笑いしたベッドの上から、化粧台の鏡を見ると、


「うわ。……これが、わたし!?」


肌が、ツヤッツヤのピッカピカだった。


「……秘湯の湯から、解呪成分だけじゃなくて、美肌成分も濃縮されちゃってたのね……」


鏡のなかで、わたしがペカーッと輝いている。


「マ、マダレナ閣下……。いまの閣下を、スッピンより綺麗にメイクする自信が、私にはありません……」

「う、う~ん……。でも、それも変だから、……貴族のたしなみとして。かるくでいいから、やってくれる?」

「た、たしかに……、いまのマダレナ閣下は美しすぎるかもしれません……」


――あの秘湯……。開発の余地が大きいわね。化粧品とかも作れそう……。


などと考えながら、眉間にしわを寄せたフリアに、なんとかメイクしてもらう。


「ふう~、なんとか人間くらいのお美しさにできました」


と、額の汗をぬぐう超絶美少女フリアも、ひと晩ぐっすり眠れて、体力を回復させられたようだった。

大変な功績をあげてくれたフリアだけど、いつもと態度は変わらない。

忠臣とはまさに、フリアのためにある言葉だとさえ思える。


――どうやってフリアの功に報いようかしら?


と、考えながら寝室を出て、

アルフォンソ殿下とパトリシアの様子をチラッとうかがうと、まだまだ終わりそうになかったので、軽食を差し入れするようにフリアに命じた。

イシス陛下とカタリーナ殿下と一緒に朝食をいただき、なごやかに談笑する。


「久しぶりに、ゆっくり眠れた」


と、嬉しそうに話してくれる養母ははと姉に、わたしの気持ちも弾んだ。

ルシアさんとホアキンはまだ寝ていたので、こちらも起きたら朝食をお持ちするようフリアに命じる。

そして、アルフォンソ殿下とパトリシアの様子をチラッとうかがってから、

昨日の園遊会でお世話になった方々への、お礼参りに出発した。


   Ψ


皇帝陛下と第2皇后エレナ陛下をおうかがいすると、

もう、娘として迎え入れてくださった。


「……ど、どうであった、マダレナ? 昨日の朕はカッコよかったであろう?」

「ええ。威厳に満ち溢れておられましたわ」

「そうであるか、そうであるか」


苦笑いされるエレナ陛下は、わたしとアルフォンソ殿下の結婚式にむけた段取りを、丁寧に教えてくださる。

アルフォンソ殿下の皇太子への立太子式も同時に行われるため、それなりの準備が必要だ。


「アルフォンソは、どうしておるのじゃ? ふたりで来るかと思っておったのだが?」

「…………いま、わたしの妹に、わたしへの愛を熱弁中でいらっしゃいますわ」

「……ほどほどにの」


   Ψ


つぎに訪ねたロレーナ殿下には、爆笑された。


「アルフォンソ兄上は本来、気持ちが先走るタイプだからな。思い付いたらやらずにはいられない」

「え?」

「マダレナに対してだけだ。あんなに慎重に〈手順〉を踏まれたのは」

「……そ、そうですのね」

「よほどマダレナに惚れたのか、誰かになにか吹き込まれたのか……、謎だがな」

「ほ、ほんとですわね」

「どうしてもマダレナと、結ばれたかったのであられような……」


そして、騎士服姿のロレーナ殿下は、お部屋のおおきな窓から朝の太陽をまぶしそうに見上げられた。


「……ルシアも、もとの身体に戻れたことだし、アルフォンソ兄上とマダレナの結婚式には、私も……ドレスで参列させてもらおうかな」

「まあ! それは、きっとお似合いになられますわ!」

「ルシアの着ていたベビーピンクのドレス。あれは素晴らしかったな」

「わたし専属の仕立職人の作なのです! ……それが、ルシアさんの幼馴染で」

「そうか! ルシアのな。うん、それでは一度、連れて来てくれ……。いや……?」

「え?」

「……ロレーナのところに、連れて来てくださいますかぁ? マダレナお姉様ぁ?」


と、可愛らしい仕草でウインクしてみせるロレーナ殿下。

おもわず心を奪われた。

純白の美貌エレナ陛下の娘で、アルフォンソ殿下の実の妹君なのだ。

そんなのカワイイに決まってる。


「も、もう……。不意打ちは卑怯ですわ」

「はははっ。可愛らしい義妹いもうとをつかまえて、卑怯はないだろう?」

「マダレナに可愛らしい妹は、間に合っております。もうお腹いっぱいでございます。ロレーナ殿下にはいつまでも、カッコよくお転婆であっていただきたいですわ」

「はははははっ。違いない!」


悪戯っ子のような笑顔で、快活に笑われたロレーナ殿下。

苦しい時期をともに耐え抜き、勝ち抜いたのだという実感が、あたたかにふたりを包んでくれた。


   Ψ


続いて訪ねた、ビビアナ教授は、

拗ねていた。


「……ボク、いいとこなかったし」

「いや、そんなこと……」

「……解呪成分が〈大聖女の涙〉に作用するはずない、とか言っちゃてたし」

「いやいや、それはですね……」

「マダレナ嬢は、大賢者様を失脚させちゃうし……」

「たはは……」


ルシアさんが吐き出した〈大聖女の涙〉をあらためるのに、

わたしが大賢者様ではなく、風の賢者ラミエル様を指名したことで、

大賢者様の権威はひと晩で失墜。

ラミエル様が次の大賢者様に就かれることが、昨晩のうちに内定していた。


「マダレナ嬢は〈太陽皇后〉になる人なんだから、発言には注意した方がいいよ?」

「はい……、気を付けます」


――そういえば、思い付きで名乗りを許したフリアが、メイド仲間からイジメられそうになったことも、あったわね……。


権力欲にまみれた老人の顔に、おもわずムカッときて、

端麗なお顔立ちいっぱいに、無限の好奇心を浮かべられたラミエル様の方が、よほど学究の徒と呼ぶに相応しいと思って、

つい、お願いしちゃっただけなんだけど……。


「……お陰で、ボクの〈風の賢者〉昇格が、玉突きで確定しちゃったんだ」

「お、おめでとうございます……」

「めでたくなんかないよ……。研究の時間を削られるばかりでさ。大賢者になるラミエルもボヤいてたんだから」

「わたしが、そんなことにはさせません」

「おっ」

「学都サピエンティアは、より学問だけに集中できる〈学問の都〉にしていけるよう、力を尽くさせていただきます」

「おお~、太陽皇后になる人は、言うことが違うね~」

「もう、からかわないでくださいよ~」

「解呪成分の作用を見落とした、ボクとは大違い」

「だから……」

「民俗学に神学。ボクにはどれも興味の持てないものばかりだ」

「もう。ビビアナ教授が解呪成分だって指摘してくださらなかったら、わたしはいつまでも魔鉄成分だと思い込んでたんですよ? ぜんぶビビアナ教授のお陰です!」

「……そう?」

「そうです! ビビアナ教授は、わたしのスーパースターなんですから、ピシッとしててくださいませ!!」


わたしが魔鉄成分だと勘違いし、ビビアナ教授が『たしかに少し珍しい』と仰られた解呪成分は、わずかに金属の性質を帯びていた。

なので、煮詰めても揮発することなく濃縮できた。

皇宮書庫での文献調査で〈大聖女の涙〉が呪具であると確信するに至っていたけど、

解呪によって体内から排出される〈大聖女の涙〉が、どこから出て来るのか、

実は自信がなかった。

大勢の方が見守るなか、ルシアさんの股からプリッと出てきたら、

みんなで頬を赤くして目を逸らすことになるんじゃ? という懸念があった。

幸いというかなんというか、なかなか劇的に口から吐き出していただいたのだけど、


――胎から腹に遷して吐き出された。


なんてのはハッタリだ。

たぶん、間違ってもないだろうけど、検証はこれから。

ただ、ぶっつけ本番だったし、ルシアさんは苦しかっただろうけど、

陛下も群臣もそろう中で実演したことで、誰もこの〈真実〉を握りつぶすことは出来なくなった。

それもこれも、あの秘湯の湯に含まれていたのが解呪成分であると、いとも簡単に見抜いてくださった、ビビアナ教授のおかげだ。


「でもなぁ~」


拗ねるのは、やめてほしい。


   Ψ


エレオノラ大公閣下にご挨拶に行くと、

こちらも、拗ねていた。


「……帝国でのマダレナの母は、私だと思っていたのだがな」

「え、ええ……」

「……イシス陛下を養母に迎え入れるとはな」


わたしには4人の母がいる。

生みの親であるカルドーゾの母。養母になっていただいたイシス陛下。まもなく義母になっていただくエレナ陛下。

そして、〈賜姓の親〉である、エレオノラ大公閣下だ。

いずれ結成されるであろう〈マダレナ母の会〉で、会長になっていただくということで、エレオノラ大公閣下には機嫌を直してもらった。

意外に面倒くさい一面を見せていただき、逆に嬉しい気もした。

エレオノラ大公閣下にとって、わたしは弱いところを見せてもいい相手になったのだ。

と、成長を認めてもらったような気分だ。


   Ψ


夕方に皇后宮殿に戻ると、ベアトリスがもう帰っていた。


「……最速で聖都に行って、最速でエンカンターダスの秘湯にご案内してから、……白騎士のアメリア様が私をおんぶして走ってくださったの」

「は、速かったんでしょうね?」

「……分かる?」

「顔にかいてあるわ」

「……でも、『マダレナ閣下のお側にはベアトリス殿が必要です』なんて言われたら、断れなくて……」

「頑張ったわね……。みなさんは?」

「うん。とてもお元気。〈終焉〉を待たれていた白騎士様も、マダレナの言った通り、調子良くなられたみたいだったわ」

「そっか。良かった」

「うん。みなさん、とても喜んでらした」

「わたしも研究の精度を上げていかないとね。結婚式が終わったら、わたしもエンカンターダスに籠るわ……。あっ! アルフォンソ殿下もお連れして新婚旅行にもしようかしら?」

「で……、あれ、なに?」


と、ベアトリスは、アルフォンソ殿下とパトリシアの〈のろけ合戦〉が続く部屋を指差した。


「うん。……わたしにも上手く説明できる自信がない」

「白騎士様の謎を解き、帝国千年の憂いを晴らした、太陽皇后になる女、才媛マダレナをしても説明できないと?」

「……奥深いのよ。わが夫になる人も、わが妹も」

「底抜けね」

「言い方」


   Ψ


夕食をいただき、そろそろ寝ようかなと思って、ふたりをのぞくと、

パトリシアが額を床にこすりつけ、アルフォンソ殿下に平伏していた。

妹パトリシアは、ひとつの混じり気もなく、屈服していた。


「まいりました」

「そう? ボクはまだまだ話し足りないんだけど……」


ふっ。ひと晩とは、あまいな妹よ。

姉はこれを6日ぶっ通しで聞いたのだ。


「姉マダレナは、アルフォンソ殿下とこそ結婚すべきです」

「そう? パトリシアにそう言ってもらえると、ボクも嬉しいなぁ~~」

「私はアルフォンソ殿下ほどに、人を愛することは出来ません」

「ええ~~っ? 照れちゃうな~」

「私が誰かから、姉マダレナほどに愛されることもありません。姉マダレナは私では決して叶わない存在なのだと、心の底から思い知りました。私が愚かでした」

「パトリシアはまだ、そういう人と出会ってないだけだよ」

「……そうでしょうか?」

「うん、そう。パトリシアにも、きっと見つかるよ? 心から愛し合える人が」

「……それでも、私はジョアンを愛しております」

「うん。それなら、それでもいい。きっと、ジョアンを振り向かせる〈手順〉を、なにか踏み飛ばしちゃってるんだ」

「……え?」


その後――、ベアトリスは盛大に苦笑いしたけど、

パトリシアをわたしのメイドにした。

前回の軍事クーデターほど明確な罪を犯していなかったし、パトリシアの立ち居振る舞いも巧妙になっていた。

パトリシアは貴族の誰もが触れられたくない〈恥部〉でもある。

なにか罪に問おうとしたら、姓もない小娘に言い包められた、自分の恥をも晒すことになる。

わたしが側に置くことに、文句を言い立てる者はいなかったのだ。


「野放しにして、またどこか遠くでなにか企まれたら面倒だから、かかって来るなら近くからかかって来てくれる? 受けて立つから」

「……もうしないわよ」

「どうだか」

「だって、私がなにかするたび、マダレナ姉様が偉くなるんだもの。太陽皇后って……。次は不在のはずの神様にでもなりそうだし」


まあ、わたしが偉くなったのは事実だ。

そして、パトリシアを側に置いておくことは、旧〈辺境伯派〉の弱みを握る牽制にもなる。

パトリシアにも少しくらい、わたしの役に立ってもらおう。

わたしも、強かになったものだ。


「……ジョアンはバカだから。皇太子妃のメイドになって、あなたに地位とおカネが戻ってきたら、臆面もなくへらへら~っと帰って来るかもしれないわね」

「ええ、ジョアンはバカだから、そうかもね……。でも、好きなのよ」

「ええ。バカよね」

「好きなのよ」

「バカだけどね」

「私もバカなのよ」

「ええ、知ってるわ」

「もう! 姉様!? 助けるなら助けるで、可愛がってくださいません!? 私、こんなに……」

「可愛らしいのに」

「……そうですわ」

「可愛らしいわよ、パトリシア。あなたには褒め言葉じゃないらしいけど」

「……意地悪」


壮大なスケールでたくさんの人に迷惑をかけた、わたしの妹。

すこし先の話になるけど――、

2年後、ようやくジョアンのことが吹っ切れて、とある〈庭園の騎士〉と恋に落ちたパトリシアを嫁に出してやるため、

オルキデア家の家籍に加えてやった。


パトリシア・オルキデア――、


語呂が悪いその名前が使われたのは、ほんのひと時だったけど、

人の心とは、操るものではなく通わせるものなのだと、

ようやく気が付いた可愛らしい妹の幸福を、わたしは身勝手を承知で祝福してやりたかった。

マダレナ・デ・ラ・ソレイユの妹、

公爵令嬢パトリシアは、可愛らしい満面の笑顔で嫁いでいった。


   Ψ


長くて過酷だった冬が終わり、春から初夏に移り変わろうかという、

結婚式の前日。

本来あるべきお身体をすっかり取り戻された、ルシアさんが会いに来てくれた。

明日の式にも出席してくださるのだけど、ルシアさんの療養も兼ね、エンカンターダスの秘湯に浸かる〈お姉様〉たちに会いにいき、

しばらく、そちらに滞在していたのだ。

そして、わたしとベアトリスとフリアの視線は、一点に釘付けになった。


「……お、おっきいですね」

「えへへ……。ウチの家系ほんとは、みんな胸が大きいんです……」


わたしとベアトリスとフリアは互いに目を見あわせ、

それからルシアさんに向かって口をそろえて、羨望の声を木霊させた。


「いい、なぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!」


赤くなるようになった頬を薄紅色に染め、わたしたちの憧れの視線にはにかみながら、コーラルピンクの頭をかく、ルシアさん。


「えへへ……、マダレナ閣下にいただいたドレス、ぜんぶ作り直しになっちゃいました」


自慢か? 自慢なのか?

でも、ルシアさんの口から聞けるなら、ぜんぶが嬉しかった。


   Ψ


明日もよろしくとルシアさんを見送ってから、

わたしはアルフォンソ殿下に誘われて、大聖堂の下見に行った。


「もう、明日も結婚式で来ますのに」

「うん。だけど明日はみんなもいるからね。ふたりきりで来たかったんだよ。……キレイでしょ?」

「ええ……、とても」


荘厳な大聖堂は、神々しい輝きを放つバラ窓にかこまれ、ステンドグラスから差し込む鮮やかな光が、アーチ状のたかい天井を色とりどりに染め上げていた。

神はいなくとも、きっと天国もこのように美しいに違いないと見上げた空間の真ん中で、美しい光景に見惚れていると、

不意に唇を奪われた。


「もう……、殿下。誰が見ているかも分かりませんのに」

「練習、練習。明日、みんなの前で上手にできないと恥ずかしいでしょ?」


と、気持ちを先走らせた言い訳に、天真爛漫な笑みを浮かべたアルフォンソ殿下は、

ひかり輝く金糸を束ねたようなハニーゴールドの髪をかき上げ、わたしを抱き締めた。

碧く澄んだサファイアのような瞳には、一点の曇りもない。


「明日はあの祭壇の前に、ふたりで並ぶんだ。マダレナのキレイな銀髪がとても映えると思うんだよね」


と、アルフォンソ殿下は、わたしの腰を片腕で抱いたまま、精緻な彫像が立ち並ぶ大聖堂の正面を指差した。

神のいないこの世界で、祭壇に立ち並ぶのは、初代皇帝陛下をはじめ偉大な先人たちの彫像。

帝国史上初の〈太陽皇后〉の尊号を受けることが決定している、わたしの彫像もいずれ並ぶことになる。

つい2年ほど前まで、田舎貴族の令嬢に過ぎなかったわたし。

あまりにもかけ離れた立場から、考えたこともなかった高みにまで引き上げられた。

いや実は、張りきり過ぎた皇帝陛下が、結婚式にわたしの彫像を間に合わせようとされたので――、


「……わ、わたしが、わたしの像に、わたしの愛を誓うのでございますか?」

「……うむ。ダメかな?」

「ダメというか……、せっかくの結婚式で、わたしの気持ちが、複雑になりすぎます!」


ということで、やめてもらった。


「……マダレナは、気が強いのう」


と仰る皇帝陛下には、にっこりと微笑みを返しておいた。


――アルフォンソ殿下には、そこにも、惚れていただいたのですよ?


アルフォンソ殿下が、祭壇に立つわたしを眺めたいと仰られるので、ひとりで立った。

明日は列席者で埋め尽くされる、ひろい大聖堂にならぶ無数の椅子の真ん中に、アルフォンソ殿下がおひとりで座られて、

わたしをニコニコと眺めている。

だんだん気恥ずかしくなるのだけど、ずっとこうしていたくもあった。

きっと、わたしたちが初めて会った、わたしの卒業発表も、アルフォンソ殿下はこうしてニコニコと聞いておられたのだ。

そこから、アルフォンソ殿下はいっさいの遠回りをせず、まっすぐにわたしに愛を伝えてくださった。

ただ〈手順〉を踏まれたというだけで、回り道も寄り道もされなかった。

あのとき、アルフォンソ殿下が慣例に反し、気持ちを先走らせてわたしに声をかけてくださったからこそ、いまがある。


荘厳で静かな、ふたりきりの大聖堂。


わたしを見つめ続けるアルフォンソ殿下の澄んだ瞳を、わたしも見つめ返しつづる。

あのとき交わした、わたしたちの最初の言葉を胸に響かせながら――。



   Ψ Ψ Ψ



「マダレナ・カルドーゾと言ったね? 素晴らしい発表だった。感服したよ」

「はっ。直言を賜りました望外の光栄、恐悦至極に存じます」

「これだけの才媛。帝都から遠く離れたところにいるなんて、もったいないな」

「恐れながら、太陽帝国第2皇子アルフォンソ・デ・ラ・ソレイユ殿下に申し上げます」

「うん。直言を許すよ」

「殿下に直言させていただく栄誉を賜り、光栄に存じます」

「うんうん」

「恐れながら申し上げます。帝国の象徴、神聖なる太陽の光があまねく大地を照らすのと同様に、皇帝陛下およびデ・ラ・ソレイユの尊き姓をいただく皇家にあられるみな様の慈悲の光は、遠く東の果てネヴィス王国の地まで届いております」

「うん……」

「わたしの身と才は、太陽の御光に比べれば、小さくまたたく星のようなものに過ぎませんが、真に輝くものであるならば、どれだけ時間がかかり、どれだけ煩雑な手順を踏んだとしても、帝都ソリス・エテルナにいらっしゃるアルフォンソ殿下の御許まで、ふたたび届くことでしょう」

「手順……、かぁ」

「ええ、殿下。このマダレナ・カルドーゾ。殿下より直言を賜るという栄誉に浴したからには、その日を夢見て、毎日を精一杯、丁寧に生きてまいりたいと存じます」

「うん。ボクも楽しみだ。キミという光にまた照らされる日が。……きっとまた会おう、マダレナ」

「ええ、アルフォンソ殿下。またお会いできるという殿下のお言葉を信じ、マダレナはそれを楽しみに生きてまいります」


             ― 完 ―
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