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第二部

61.ひまわりのように鮮やかな黄色

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満面の笑みを浮かべたフリアは、わたしに小瓶を捧げ上げる。

篝火の炎を反射して、美しく煌めく小瓶をわたしが受け取とると、かるく頭をさげたフリアが退出しようとした。


「フリア、いいのよ。ベアと白騎士ルシアさん――フリアのお友だちルウの間に立って、あなたも控えていて頂戴」

「け、けど……」


ススだらけの顔で戸惑う、わたしの超絶美少女侍女に、微笑みを返す。


「いいの。それは、あなたの勲章。今日は最後まで一部始終を見ていてちょうだい。あなたには、その資格があるわ」

「あ、ありがたき幸せ――っ!!」


全速力でベアトリスとルシアさんの側に駆けていく、フリアが着ている侍女のメイド服はヨレヨレで土埃まみれ。

目はすこし充血していて赤く、寝ずに馬を駆けさせてくれたのだろう。


――わたしの恋愛物語ったら、どうしてこう睡眠不足ばかり登場するのかしら?


思わずクスッと笑ってから、皇帝陛下に向き直る。


「陛下には、大変よきところをご覧いただくことができました」

「う、うむ……。そうであるか……」

「わが自慢の美少女侍女、フリア・アロンソが届けてくれました、この小瓶こそが、わたしの研究成果」

「おお……、そうであったか」

「皇宮書庫に眠る貴重な書物を紐解き、わたしが復活させた太古の魔導」

「なんと……」


庭園を埋め尽くす群臣たちにも、おおきなどよめきが起きる。


「名付けて〈真実を吐く魔導〉」

「う、うむ……」

「……白騎士ルシア様、こちらへ」


わたしが微笑を向けると、ベビーピンクのドレスにその身を包む白騎士ルシアさんは、戸惑いの表情を浮かべられた。

そして、おずおずとわたしの隣へと歩いてこられる。

主賓席にチラと目を向ければ、年老いた大賢者マルコス・アビル様の表情には怯えが浮かび、目を見開いてわたしを睨んでいた。


――知識と学問を権力闘争の道具としか見ぬ大賢者など、この程度のものか……。おとなりで無限の好奇心に目を輝かせる〈風の賢者〉インフィニト=ラミエル様を見習われてはいかがかしら?


わたしの隣に立ったルシアさんに微笑みを重ね、再び皇帝陛下へと向き直る。


「……いま、この崇高なる二重の円環――神聖なる皇宮内で、わたしが白騎士ルシア様の〈心を操った〉などという愚かな風聞が跋扈しているやに聞き及びます」

「う、うむ……」

「陛下のお側に侍る栄誉に浴しながら愚かな風聞に惑わされ、乙女の友情を曲解して貶める浅はかな者どもの目を覚ますため、いまこの場でこの〈魔導薬〉をわたしとルシア様が飲み干し、真実をお証しいたしましょう」


みなの視線がわたしの手元にあつまるなか、小瓶の蓋をあけ、なかに入った液体の半分を飲み干した。


「うっげ……、まっず……」


おもわず心の声をそのまま吐き出してしまったけど、動じずルシアさんに小瓶をさし出す。


「さあ、ルシアさん。わたしたちの友情の証しに、いかがですか? ……とても、まずいのですけど」


そのとき、甲高い声をあげたのは、薄髪薄髭、頬はこけてるのに腹の出た、マヌエル侯爵だった。


「そ、そのような怪しげなものを白騎士に飲ませるなど!」

「あら、マヌエル侯爵閣下。乙女の恋も愛も結婚も奪われたる白騎士様には、高度に自由意志が認められておりますわ?」

「うぬっ……」

「マヌエル侯爵閣下は、いま、わたし自身が飲んでみせた薬を飲むかどうかも、ルシア様ご自身がお決めになることを、邪魔されると?」

「い、いや、そういう訳では……」

「……マヌエル、控えよ。陛下の御前であるぞ」


マヌエル侯爵を制したのは、苦々しげな声ながら引きつった微笑を絶やさない第1皇子フェリペ殿下だった。


「さすがは、フェリペ殿下。太陽皇家にお生まれの尊きお方。すばらしきご差配にございますわ」

「……わが妃の縁者の者が、無礼を働いた。つづけるがいい」

「恐れ入ります」


フェリペ殿下にかるく頭をさげ、ルシアさんに向き直る。


「ルシアさん」

「は、はい」

「われらに、やましきことは一毫たりともありません。そうではありませんか?」

「もちろんです!」

「わたしと、ご一緒にいかが? わが超絶美少女侍女フリアの特製にございますのよ?」

「はいっ! 分かりました!」


すっきりと覚悟を決めた表情で、ルシアさんは小瓶を手に取られ、のこった液体を一気に飲み干された。

ただ、ルシアさんの表情が「うっ!」と歪まれたのは、まずさのせい。

わたしは浮かべた微笑に、苦笑いを重ねる。


「……味の方は、まだ改良の余地がございますの」

「ええ、とてもまずいです……、マダレナ閣下」

「ふふっ。ごめんなさいね」


ルシアさんと苦笑いを交しあってから、困惑を隠せない主賓席に向けて、姿勢をただす。


「……さて、陛下。薬が効いてくるのには、いましばらく時間が必要にございます。その間、わたしがこの魔導を復活させるに至った経緯を発表させていただきます」

「う、うむ……」

「皇宮書庫にて、貴重な文献、古文書に触れる機会をいただき、わたしの胸は躍りました」


目のまえにそびえ立つ、本宮を見上げた。


「わたしが、どうしても知りたかったのは〈白騎士とは何者であるのか?〉ということにございます」

「……うむ」

「太陽帝国の建国と共に、歴史に突然現れた白騎士。魔導の時代に封印されていた魔導具〈大聖女の涙〉を初代皇帝陛下が発見されたとだけ伝わっております」

「……そう、であるな」

「皇宮書庫にのみ遺された、断片的な魔導の時代の記録。魔族を退け、神の不在が証明され、魔導が失われる前、魔導の時代の最終期――、328人の聖女が覇を競った〈聖女大戦〉の時代の文献に、わたしは行き着きました」

「そ、そんな文献が、皇宮書庫に眠っておったのか……」

「ええ。……かつて、魔界の門に蓋をしたと伝わる大聖女様など、時代時代にひとりしか現われなかった聖女が、なぜ突然、328人も現われたのか――。魔導が失われた後の戦乱期の混乱もあり、いまとなっては大きな謎とされております」

「うむ……。その謎のことは、朕もインフィニトより聞かせてもらったことがあるぞ」

「わたしが着目したのは民俗学。ときの民が書き残した、日記のような走り書きが散り散りになった数多の紙片。そのすべてに目を通したのでございます」

「おお……、相当な数であったのではないのか?」

「丁寧さこそ、学究の要。労を惜しんで、真実にたどりつくことはできません」

「うむ、見事な覚悟。……すまぬ。続きを聞かせてくれぬか、マダレナよ」

「恐れ入ります。無数に残された紙片のすべてに目を通すなか、わたしは見つけたのです……」

「う、うむ……」

「〈人工聖女〉……、という記述を」


隣に立つルシアさんが「うっ……」と、かるく呻き声を漏らされた。


――はじまったわね……。わたしも一緒だから。少しだけ我慢してね、ルシアさん……。


目立たないように、ルシアさんの手を握ると、苦しげな表情のなかに穏やかな微笑みを返してくださった。

そのとき、我慢できなくなったのか〈風の賢者〉インフィニト=ラミエル様が声をあげられた。


「マダレナの考えは、白騎士とは魔導によって人工的につくられた聖女であると?」

「ラミエル様。……結論は、もう少し先にございます」

「う~ん。すまなかった。つづけてくれ」

「はい。……当時の民をしても、恐れおののいた禁断の技術。ただの乙女を聖女にかえる、その方法を解き明かさねば〈白騎士とは何者か?〉にはいたりません」


シーンと静まり返った〈陛下の庭園〉には、篝火にくべられた薪のはぜる音だけが響く。


「それは、下々の民にまで明かされるような技術ではございませんでした」

「うむ……。そうであろうな」

「魔導師に向けた魔導書のなかにも記述がなく、あらゆる文献に目を通す中で、わたしが行き着きましたのは、神学です」

「神学……」


うっうっ……、と苦しげな呻き声を隠せなくなったルシアさんが、わたしの手を握ったまま、腰を落とされる。

ただ、わたしを見上げた紅蓮の瞳には、わたしへの篤い信頼を浮かべてくださっていた。

地に伏せたルシアさんに、怪訝な目を向ける群臣に向けて、穏やかに語りかける。


「……真実を吐き出すとは、ときに苦しきもの。みな様の口が吐く言葉が真実であるのなら、何の心配もございませんわ」


優雅にニッコリと微笑んでみせると、群臣は皆、口をつぐんだ。


「……発表を続けさせていただきます」

「うむ……」

「神の不在が証明された今、神学を学ぶものはおりません」

「……いかにも」

「聖とは、邪なきこと。魔はあっても神はいない。すでに解き明かされた真実のひとつでございます」

「うむ、ゆえに帝国は太陽こそが神聖と定めたのだ」

「遺された神話も、ただの物語扱い」

「……そうであるな」

「しかし、〈聖女大戦〉の時代、神は普遍の存在と広く信じられておりました。……魔導を用いた過酷な戦乱の世。大地に民の血を吸わせ続ける、罪深き人間を許す、神の存在を必要としたのでしょう」

「で、あろうな……」

「民は神に祈り、みずから犯した罪への許しを乞い、戦乱の終わりを願いました」

「うむ……。いたましき時代である」

「その、神に許しを請う文脈のなかに、こうありました……」

「……うむ」

「〈聖女の呪い〉……、と」

「呪い……」

「つまり、ただの乙女を聖女に変えるのは魔導ではなく、呪い――。魔族の遺した強力な呪いを改造した、みずから信じる神の教えにも背く、禁断の呪法だったのです」

「なんと……」

「したがって〈大聖女の涙〉とは、魔導具ではなく、呪具。それも特別強力な呪いをその身に宿らせることで乙女を聖女――白騎士に変える、恐るべき呪いの呪具だったのでございます」


わたしはそっと膝を折ってしゃがみ込み、

うっ、うっ、と、苦しみつづけるルシアさんの背中に、手をあてた。


「……聖女大戦の時代、おそらくは魔導による隷属魔法で〈人工聖女〉を従わせていたのでしょう。おぞましきことです。……しかし、魔導は失われました」


ルシアさんの背中は小刻みに震え、こみ上げてくる〈真実〉の脈動に突き動かされていた。


「封印された〈大聖女の涙〉を復活させ、魔導で心を縛るのではなく、その大きな器――人徳で従わせた初代皇帝陛下の偉大さに、卑小なわが身を顧みて、ただただ恐れ入るばかりにございます」

「……そ、そうであるな」

「結論を申し上げます」

「うむ」

「〈大聖女の涙〉を、白騎士の胎から安全に剥がすために必要なのは、胎を裂くことでも、魔導の復活でもなく、強力な〈解呪〉だったのです。エンカンターダス――、皮肉にも〈魔導〉を意味するその名を付けられた地の秘湯にて、答えが湧き出しておりました」


グボワァ!!!!


と、ルシアさんが嘔吐される音が、庭園に響いた。そして――、


カラン――……、


と、人工池の周囲に張られた石畳に鳴るちいさな音。

美しく煌めく、宝玉の欠片が落ちていた。

わたしは、それを慎重に拾い上げ、捧げ持つ。


「エンカンターダスの秘湯に湧き出す解呪成分を、煮詰めて濃縮した〈魔導薬〉が、ルシア様より〈真実〉を吐き出させてございます……」


わたしは主賓席に目を向けた。


「大賢者様……。いえ、風の賢者インフィニト=ラミエル様。お改めくださいませ。……解呪により、胎から腹に遷して吐き出された真実……、〈大聖女の涙〉にございます」


好奇心に目をキラキラと輝かせたラミエル様が、駆け寄ってこられる。


「う、うん!! まちがいない……。〈大聖女の涙〉だ!!!!」


興奮を隠せないラミエル様の声に、おおぉ――っと、群臣たちの声が重なる。


「ラミエル様。〈大聖女の涙〉を収めておくための、特別な櫃があるのでは?」

「うん。その通りだ! すぐに持ってこさせよう!!」


慌ただしく騒ぎ始める人々。

〈大聖女の涙〉をラミエル様にお渡しし、わたしはまだ脈打つルシアさんの背中に手をやった。

わたしの着たドレスから伸びるトレーンが、さらにひろがるかのように、

色の戻ったルシアさん本来の髪色が、美しいコーラルピンクに石畳を染めていた。

やがて顔をあげ、わたしに微笑んだルシアさんの瞳は、

夜の闇を晴らす朝陽のように澄んだ、太陽と大地の恵みをいっぱいに受けて花開かせたひまわりのように、

鮮やかな黄色をしていて、わたしを真っ直ぐに見詰めてくれていた。

わたしも微笑みを返し、ルシアさんを抱き締める。

あたたかで、やわらかで、華奢な乙女の身体の温もりを、存分に味わい合う。

そして、立ち上がり、驚愕した表情が解けない皇帝陛下に、微笑みを向けた。


「太陽帝国が戴く偉大なる皇帝、太陽皇帝イグナシオ・デ・ラ・ソレイユ陛下に、カルドーゾ公爵マダレナ・オルキデアが献言いたします」

「う、うむ。献言を許す」

「その身を挺し〈大聖女の涙〉の安全な分離を成功させたルシア様の絶大なる功績に報いるため、すみやかなる叙爵を献言申し上げます」

「……よ、よき献言である。侯爵……、いや公爵に、ルシア・カルデロンを叙する」

「ありがたき幸せ。……ルシア公爵閣下。陛下にお礼を」

「……あ、ありがとう……ござい……ます……けほっ」


突然ごめんなさいね、ルシアさん。

でもこれで、公爵になったルシアさんには、誰も手出しできなくなったわ。


「マ、マダレナ。み、見事な挨拶であった……」

「陛下。恐れながら、わたしから申し上げたき〈挨拶〉は、これで終わりではありません」

「う、うむ……」


キッと、すべての礼容から外れた、凛々しく端正過ぎるわたし本来の表情を、皇帝陛下に向けた。

いや、太陽帝国のすべてに向けた。


「この才媛マダレナ!!! 必ずや〈大聖女の涙〉の働きを解き明かし、女子の子宮に収めるなどいう――、

クッッッソッ!!!!!!!!!!!!

趣味の悪い方法を用いずとも、その力を帝国の安寧ため、民の平和のために役立てることが出来るようにすると……、必ずしてみせると、お誓い申し上げます!!」

「お、おお……」

「皇家の方におかれましても、急ぎの〈お遣い〉のご用などがございましたら『ちょっと、白騎士になってよぉ~』と仰られるだけで済む世を、必ずや拓いてみせるとお約束申し上げます」

「み、見事じゃ……」

「恐れ入ります」


庭園を囲むご令嬢たちから、ちいさな拍手が起きた。

それは大きな拍手の渦となり〈陛下の庭園〉を、埋め尽くしていく。


「うむ。朕は決めたぞ……」


と、席からお立ちになられた皇帝陛下が、わたしのフォレストグリーンの瞳を真っ直ぐに、お見詰めになられた――。
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