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第二部

45. 恋焦がれていた相手と結ばれる

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第3皇女ロレーナ殿下からお借りした学都の山荘は、元実家のカルドーゾ侯爵家屋敷くらいのこじんまりしたつくり。

磨き抜かれた木材や石材の自然な風合いを活かしたデザインには、心を落ち着かせる温かみがある。

だけど、木造の天井には、百年以上は時を刻んだであろう太い梁がむき出しになっていて、まるで古城のような重厚さも潜んでいる。


「アルフォンソ兄上は、そなたにベタ惚れだぞ?」


と、ロレーナ殿下から告げられたお部屋に、

花嫁修業のため帝都から短期留学中の、貴族令嬢たちをお招きした。

自然光を最大限に活かす大きな窓から、初冬のやわらかな日差しが差し込んでいる。


「急なお声がけにも関わらず、お運びいただき誠にありがとうございます」


と、丁重にあたまを下げ、ご令嬢たちを迎え入れる。


「いえいえ。ご到着されるや否や、お疲れのところのお招き、私どもといたしましても感激しておりますのよ」

「さすが、妃殿下になられる方のお心遣いと、感服させていただきましたわ」


私的なお茶会をひらくのに相応しいようにと、アルフォンソ殿下から贈られたマーメードラインのドレス。

わたしの銀髪とフォレストグリーンの瞳を引き立てるラベンダーカラーに、軽やかで動きやすいシフォン生地。

ウエストにはビーズやクリスタルがあしらわれていて、上品な華やかさがある。

殿下はわたしを〈その気〉にさせるドレスを選ぶのが、本当にお上手。

帝国の高位貴族のご令嬢たちをお招きする主人役を務めるのに、気おくれすることがない。

風の賢者ラミエル様と、憧れのビビアナ教授に挟まれて舞い上がった〈学問バカ〉を、

たちどころに第2皇子殿下の婚約者、帝国公爵のマダレナ・オルキデアに戻してくださった。

こんなドレスをあと何着かいただいていて、隙間のない気配りに胸がトキめく。

そして、礼容に叶う微笑を浮かべ、ご令嬢たちと瀟洒なテーブルを囲んだ。


「マダレナ閣下は大変な才媛でもいらっしゃいますのね。学都に来てそれを知り、とても驚きましたのよ」

「浅学非才の身に、恐れ入りますわ」


属国でおきた軍事クーデターを瞬く間に鎮圧し、公爵に叙爵されたわたしは、

ゴリラのような女傑だと思われていたらしい。

無責任な噂話は、貴族社会の華だ。

わたしにも身に覚えがある。優雅な微笑で受け流してこそ、爵位に見合った品格を示せるというもの。

にっこり微笑むと、みなさんとすぐに打ち解けることができた。

貴族令嬢の間にだけある儀礼を通過すれば、あとはただの女子会だ。

キャイキャイと、噂話に花を咲かせる。

わたしより先に帝都に戻る彼女たちが、わたしの話を自慢げに広めてくれるだろう。

気は抜けないし、隙も見せられないけど、持って来たお菓子をいただきながら、ゆるやかな時間を過ごす。

きっと彼女たちの背後には家門と家門の勢力争いがあり、わたしが属するであろう〈第2皇后派〉と反目している方もいるかもしれない。

だけど、わたしがすべきことは単純だ。

全員を、敵にしない。

味方とまではいかずとも、どうしても反目せざるを得ない相手との間に、広大な中間地帯を築く。

貴族社会の生存戦略は、帝国であろうと王国であろうと、そうは変わらないはずだ。

絶対的に信頼できる腹心など、そうそう恵まれるものではない。


「マダレナ閣下って、ほんとうに楽しいお方ですのね。私、安心いたしましたわ」


と、言わせたら勝ちだ。

だけど、ふと妹パトリシアのことが脳裏をかすめる。

パトリシアなら彼女たちを、強烈に味方へと引き付けるだろう。

あの〈わざ〉は、わたしには真似できない。

技であり、業。

エンカンターダスで領内各地の収穫祭を回っているとき、パトリシアらしき目撃証言に出くわした。

金髪のヘラヘラと軟弱そうな男と旅をしていたということだから、きっとジョアンとも一緒なのだろう。

パトリシアは貴族としての籍を失ってまで、幼い頃から恋焦がれていた相手と結ばれたのだ。

手に入れるために姉を追い落とし、好きでもない相手と結婚するという、手段は非難されるべきものだけど、

パトリシアが幸せなのなら、一切を黙して語らずにいてやろうと思う。

だけど、いま目の前で〈恋だの愛だの〉の噂話に花を咲かせるご令嬢たちのなかに、はたしてパトリシアほどの情熱を持った方がいらっしゃるだろうか?

それは、とても歪んでいて褒められたものではないけど、あれ以上の情熱の持ち主を、

アルフォンソ殿下のほかに、わたしは知らない。


「すっかり長居させていただきましたわ。ご成婚の暁には、マダレナ妃殿下のひらかれる舞踏会を楽しみにしておりますわ」


と、ご令嬢たちは満足気に宿舎へと帰って行った。

ふり向くと、夕陽に照らされたベアトリスは達成感にうなずいていたし、

フリアは高揚した笑顔でニコニコしている。

一生縁がないと思っていた、高位貴族のご令嬢たちの茶会で給仕を務めたことが、フリアの自信になるなら素晴らしいことだ。

超絶美少女なのに、すこしだけ自分に自信が持てないところが玉に瑕だった。

もっとも、だからこそ乗馬の訓練にも打ち込んでいたようだし、フリアの美徳でもあるのだけど。

そして、ルシアさんの口元も楽しげにゆるんでいた。

侍女ごっこが、よほど楽しかったらしい。

フリアと、ご令嬢たちの着ていたドレスについて、熱く語りあっている。


「でも、マダレナ閣下を除けば、私たちの師匠、侯爵令嬢のパウラ様がいちばんですね」


と、フリアが胸を張ると、ルシアさんは「んぐっ……」と、黙りこまれた。

きっと、パウラ様のことをご存知なのだろう。

どういう関係かは分からないけど、わたしの新人侍女ルウ・カランコロンがパウラ様を知っているのは少し変だ。

ルウを演じ切ろうとしてくださるルシアさんに、ちょっと申し訳ないかな? と、肩をすくめた。

そして、山荘の風格ある門の前で、のびをひとつすると、

白いものがハラリと、舞い降りてきた――。


   Ψ


雪が下界と隔絶させはじめた学都で、わたしの皇子妃教育が始まった。

〈水の叡智〉塔で家政学の教授から講義を受ける。

ベアトリスとフリア、そしてルシアさんもわたしの後ろに机を並べ、皇子妃としてのあるべき振る舞いを一緒に学んでゆく。

史学の教授も加わって、太陽皇家の歴史や成りたちを詳しく教わる。

帝国が勃こした〈大陸統一戦争〉の話には、やはり胸が躍った。

毎日、午前中に講義を受けては、山荘に戻ってみんなで復習。

学生に戻ったような気分でもあり、すこし気分が華やぐ。

そして、10日ほどが過ぎ、生活のリズムが出来てきた頃、

わたしはふたたび、ビビアナ教授の研究室を訪ねた。


「ふ~む……。おもしろいね」


エンカンターダスの山奥の秘湯で発見した、白騎士様の〈ただれ〉の進行を遅らせるかもしれない特殊な魔鉄成分。

パトリシアの起こしたクーデター鎮圧や、その後の占領統治のせいで研究が止まっていたけど、

これまでにまとめていた研究結果を、ビビアナ教授に見てもらっているのだ。

膝のうえに置いた両こぶしをキュッと握りしめて、ビビアナ教授の言葉を待つ。

ちなみに、ビビアナ教授のトガり過ぎていたヘアスタイルは、ベアトリスとフリアの苦心のアレンジで、やや落ち着いたものになった。

そして、わたしの論文を置かれたビビアナ教授は優しく微笑まれ、


「とても興味深いけど、すこし的が外れているかな」


と、仰られた――。
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