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38.満開のひまわり畑は来年に

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わたしの母国ネヴィス王国は、廃絶と決まった。

敗北を受け入れて屈服し、わたしの結婚を優雅に美しく祝福してみせた妹パトリシアが犯した罪を、王家全体で背負わせたに等しい。

領土の半分はわたしに賜り、帝国貴族に列せられたロシャ家のわずかな領土を除き、残りはすべて帝国直轄領に編入された。

そして、あらたに設けられた〈ネヴィス大公〉の地位にエレオノラ元王太后がお就きになられ、治められることとなった。

統治能力なしとされた元国王は廃嫡。

かろうじて元王太子への継承権は認められ、帝都で学び直されることとなった。

パトリシアは夫である元第2王子リカルドとともに、僧院に送られての永蟄居処分となった。

数年すれば赦され、平民として穏やかな余生を送れるだろう。

愚かな妹ではあるけど、お父様とお母様のお気持ちを思えば、アルフォンソ殿下とロレーナ殿下の寛大なご配慮に感謝するほかない。

王国の廃絶にあわせ、王国爵位はすべて消滅した。

カルドーゾの家名存続を望んだわたしは、帝国貴族としてのカルドーゾ公爵となった。

家名と地名と爵位名の関係はややこしいのだけど、


――オルキデア家の当主にして、カルドーゾ公爵の、マダレナ。


に、わたしはなった。

もちろん、エンカンターダス侯爵位と、サビア伯爵位も保持したままだ。

旧ネヴィス王国領が二分されるにあたり、わたしのカルドーゾ公爵領とエレオノラ大公領との境界線は、旧王都をふたつに分けることになってしまった。

旧王太后宮はエレオノラ大公の主城となり、旧王宮はわたしの主城となった。

とはいえ、旧王都市街はつながっている。

エレオノラ大公閣下と話し合って、市街の行政機関は統一させ、共同で統治することとした。

目の回る忙しさだった。

ちいさな属国とはいえ、ひとつの国が消えるとは、それだけのことがある。

カルドーゾ公爵領の代官は、お父様にお願いすることとしサビアから呼び戻した。

代理公爵に任じようとしたのだけど、


「それは、さすがに荷が重うございます」


と、お父様が固辞されたので、とりあえず代官として統治を任せた。

旧王国貴族たちは皆、無爵となった。

彼らの慰撫や登用だけでも、膨大な作業量が発生する。

心身ともにお疲れの、お父様には申し訳ないのだけど、


「マダレナ閣下のご配慮により、カルドーゾの家名を帝国爵位、それも公爵の爵位名として残していただいたのです。これしきの苦労、なんでもございません」


と、前向きに取り組んでくださっている。

わたしが驚いたのは、お母様だ。

可愛がっていた妹パトリシアが永蟄居となり、さぞや落ち込まれていることだろうと思っていたら、晴れ晴れとした表情でサビアから戻られた。

わたしとおなじ〈端正すぎる美人〉のお母様。

サビアで相当にチヤホヤされ、ネヴィス王国独特の〈可愛らしいがすべて教〉の洗脳が解けたらしい。

憑き物が落ちたような表情で戻ってこられ、お父様の職務を凛々しく活き活きと補佐されている。

色々思うところがないわけではないけど、

なんにせよ、良かった。

目まぐるしく忙しい日々のなかでも、アルフォンソ殿下とのお茶の時間は、かろうじて確保し続けている。


「学都へ……、ですか?」

「うん、そうなんだ。皇子妃になる結婚式の前に、いわば花嫁修業として家政学を修めるのが、太陽皇家の慣習なんだよ」


かつて、わたしの〈カワイイの師匠〉侯爵令嬢パウラ様が、短期留学されていたものだ。

パウラ様は1ヶ月でいらしたけど、皇子妃になることが正式に決まっているわたしの受けるものは、もう少し長いらしい。

皇子妃教育と言ってもいいのかもしれない。


「……ボクは勅使のお役目を果たしたことを皇帝陛下に復命するために、一旦、帝都に戻らないといけない。せっかく会えたのに、また、しばらく離れ離れになるんだけど……」

「でも、その後はずっと一緒にいられるのですわよね?」

「も、もちろんだよ! ……ずっと、一緒だよ」

「では、アルフォンソ殿下の妃になるため、あとわずかな期間離れて過ごすことなど平気ですわ」

「うん……。ありがとう、マダレナ」

「……殿下。わたしも寂しくはあるのですから、そんな顔をなさらないでくださいませ」

「あ、うん。ほんとだね。ごめんね、マダレナ」

「それに……、研究も再開させたいと思っておりましたの。学都の山奥に行けば雑音も少なくなりますし、ビビアナ教授にお会いできるのも楽しみですわ」

「うんうん。そうだね。ルシアや白騎士たちのために、よろしく頼むよ。マダレナ」

「ええ。帝国と殿下のため、全力で努力させていただきますわ」


アルフォンソ殿下とわたしをつないでくれた、卒業論文。

わたしが首席をとれなければ、発表の栄誉をいただくことはなく、殿下のお目にとまることもなかったかもしれない。

どこまでやれるか、自分でも分からないけど、仲良くしてくださっている白騎士ルシアさんのためにも頑張りたい。


   Ψ


夏も終わりに近づき、秋の気配が漂いはじめ、


「ルシアさん、ごめんなさい~っ! 満開のひまわり畑は、また来年に~っ!!」

「……ら、来年もお友だちで、……いてくださいますか?」

「もちろんじゃないですか! その先も、ずっとお友だちでいてくれないと、わたしの方が、悲しいです……」

「えへへ……」

「うふふ」


と、ルシアさんと、はにかみ合った頃、あたらしい統治体制はようやく落ち着きを見せ始めた。

そして、お互いの労をねぎらい合おうと、わたしは元の王太后宮にエレオノラ大公閣下を訪ねた。

あの、最初にわたしへの叙爵を告げてくださった貴賓室で、お茶をさせていただく。

エレオノラ大公閣下のお肌は、あの時よりも艶やかに輝いているように見え、ますます年齢を感じさせない。


「マダレナ……、大儀であったの」

「いえ、大公閣下こそ、ご心労はいかばかりのことであられたかと……」

「ふふっ……。マダレナ。そなたは、既に気が付いておろうが、ネヴィスの地より産出される魔鉄を握ったことが、わが所生のグティエレス公爵家が、権勢を高めていくキッカケであった」

「はい……、なんとなくですが」

「そなたのカルドーゾ公爵領に、魔鉄鉱山を含めなんだを、悪く思わんでくれ」

「いえ、そんなとんでもない」

「しかし、それも次の皇位次第。アルフォンソ殿下を皇太子の地位に就けられるかどうかに、グティエレス公爵家の権勢はかかっておる」

「はい……」

「ネヴィス産の魔鉄集積地であるサビアを差し出してまで、そなたを〈囲い込んだ〉は、そのためよ。……知らぬ間に〈第2皇后派〉に取り込んでしまい、申し訳ないことをした」

「いえ。お気遣いは無用かと」

「ほう……」

「わたしがアルフォンソ殿下との結婚を選んだ時点で、望むと望むまいとわたしは〈第2皇后派〉と目されましょう」

「……それは、そうであるな。やはり、マダレナは賢いな」

「アルフォンソ殿下がお望みになるのであれば、わたしは殿下を皇太子とするために全力を尽くします」

「うむ。見事な覚悟。感服したぞ」

「恐れ入ります」


政務は旧王宮である主城で執っていたけど、勅使様はまだ滞在中であられるし、わたしは王都屋敷改め支城へと戻る。

それに、婚約を認める詔勅は発せられているとはいえ、結婚はまだ先のことだ。

アルフォンソ殿下との住まいは別けておいた方が、礼則にかなう。

もし本当に、殿下が皇太子を目指されるというのであれば、変に揚げ足を取られかねない〈隙〉をつくるべきではない。


「なんだぁ~、ホルヘ様とのこと聞けなかったのぉ~?」

「だって~。そんな雰囲気じゃなかったんだもの~~~」


と、ベアトリスと〈内緒話スポット〉でボヤきあう。

まもなく占領統治は終了し、わたしと一緒に騎士団長ホルヘもサビアに帰る。

エレオノラ閣下が治めるネヴィス大公領の騎士団長にホルヘを推薦しているのだけど、実現するとしても少し先の話になりそうだ。


「もう、先王陛下もお隠れになって長いのだし、ホルヘ様と一緒に穏やかに暮らされてもいいと思うのにねぇ」

「そうなんだけど……」

「なによ?」

「エレオノラ閣下は、やっぱりバケモノだわ。……ご自身の子や孫が大変なことになったのに、政変にワクワクされてたのね。お肌がツヤツヤ。あれは、一生、勝てないわ」

「はぁ~。さすがねぇ……」

「ロレーナ殿下の手腕にも舌を巻かされたわ。準公爵待遇だったネヴィス国王位から、公爵を飛び越えて大公位に就けちゃうんだもの。形式的な独立は失ったとはいえ、罰として格上げだなんて……」

「ほんと帝政の闇は複雑怪奇……、ってやつね。やってけそう? マダレナ」

「やるしかないでしょ? ……殿下のお妃様になるんだし」

「私もついてるから」

「……そう?」

「なによ?」

「ベア、帝国伯爵令嬢になって、フェデリコとの結婚も秒読みだし、わたしの侍女辞めちゃうんじゃないかなぁ~、って、薄々覚悟してたんだけど」

「結婚しても侍女や文官をつづけてる人なんて、たくさんいるでしょ? エンカンターダス代官のナディア様とか」

「そっか……、そうね」

「ん? アルフォンソ殿下と結ばれたら、私もう要らない?」

「意地悪言わないでよ。そんなわけないでしょ? ……ずっと、一緒にいてほしいわよ」

「ふふっ。ありがと、これからもよろしくね。マダレナ公爵閣下、もうすぐ妃殿下」

「こちらこそよろしくね、わたしの頼れる美人侍女様」


と、ベアトリスと微笑みあった翌日、

パトリシアが永蟄居先の僧院から、姿を消したと急報が入った。


「う~ん……。いたたまれなくなっちゃったのかなぁ~? ボクの人を見る目もまだまだだね」


と、頭をかかれたアルフォンソ殿下に、平身低頭、あたまを下げた。

だけど、殿下は、


「もう、パトリシアは追わなくていいよ」


と、仰られたのだった――。
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