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35.妹はひれ伏していた

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アルフォンソ殿下は王宮に戻られ、わたしは王都屋敷で休養をいただく。

殿下と6日語らい、2日爆睡している間に、ネヴィス王国で起きた軍事クーデターの詮議はすべて、ロレーナ殿下が終わらせておられた。


「帝都から〈庭園の騎士〉様を多数率いて来られたとはいえ、すごい手腕だったそうよ? ロレーナ殿下」


と、ベアトリスが中庭でお茶を淹れながら教えてくれた。


「そうね。まさか8日で終ってるとは思わなかったわ」

「ご兄妹そろって、すごいお方たちね……」

「ええ、ほんと」

「で、改めてどうだった? マダレナの〈翡翠〉様は?」

「……なにもかも、想像以上。なにもかも、規格外の大きなお方だったわ」

「そうよね……、ふふっ。まさか、6日もぶっ通しで〈お口説き〉あそばされるとはね」

「圧倒されたわよ……。でも、あそこまでの……情熱、をお持ちでないと、たとえ皇子殿下といえども、帝政の中枢から田舎の属国の貴族令嬢なんて小娘にまでは、想いを届かせられないんだろうなぁ……って、納得もさせられたわ」

「ふふっ。情熱じゃなくて愛でしょ?」

「そ、そうだけど……、間違いでもないでしょ?」

「ほんと、柔和な雰囲気であられるのに……、すごいお方に惚れられたわね。幸せ? マダレナ」

「すっごく幸せ……、だけど実感も湧かないわ。大きすぎて理解を超えてる」

「これから、じわじわ湧いてくるわよ。良かったわね、マダレナ」

「うん……、良かった」


白騎士のルシアさんは、満足そうな笑みを残して姿を見せなくなった。

帝国内をウロウロ――自由に巡察されるもとの生活に戻られたのだろう。

アルフォンソ殿下が幼き日の誓いを果たして下さったことを胸に、ひとりゆったりと旅を楽しまれているルシアさんの笑顔が思い浮かぶ。

わたしには、皇帝陛下から勅使様の補佐を命じられているけど、


「いいよいいよ。ボクもロレーナから報告を聞かないといけないし。マダレナはしばらく休んで、最後だけ来てくれたらいいから」


と、アルフォンソ殿下が仰られたので、素直に王都屋敷で休養をとらせていただいている。

本来、皇家にあられる方のお言葉に逆らうことなどできない。

が、すでに相思相愛であることを確認し合った殿下を相手に、どのように接したらいいのか、まだわたしには理解できていない。


――身分違いの純愛譚。


わたしは、殿下と〈結婚を前提にした交際〉を始めたってことになるんだろうけど、実際のところ身分の低い側は、どのように愛せばいいんだろう?

だけど、これこそ幸せな悩みというやつだ。

帝国公爵だなんて、高みにまで引き上げていただいて、その身分にもまだ戸惑っている。


「マダレナは、シンプルに恋愛経験に乏しいものね」

「そうなのよ。……ジョアンとのことは、恋だの愛だのそういうものではなかったって……、アルフォンソ殿下から教えていただいたわ」

「才媛マダレナらしく、研究すればいいんじゃない?」

「恋愛を?」

「そうそう。自分らしい恋愛、すごい恋人との間に紡ぐ時間。どれも興味深い研究対象でしょ?」

「……こ」

「ん?」

「恋人かぁ~~~~~~」


と、ベアトリスから顔を背け、とろけるようにテーブルに突っ伏してしまった。

自分の顔がふにゃふにゃになっているのも分かる。ベアトリスには見せられない。

帝政、皇子、公爵、王国――、

殿下との間にわたしが勝手においてしまう、そんなややこしいアレコレを吹き飛ばす威力のある言葉だ、――恋人。


「……もう。ベア?」

「なあに?」

「きゅ、急に実感、湧かさせないでよ。……照れちゃうじゃない」

「これは私の研究も始まったわね」

「……なにそれ?」

「こんな可愛らしいマダレナ、初めて見たわ。記録して論文にまとめないと」

「ちょ……、やめてよぉ~~~~」

「はっ、そうだ! ロレーナ殿下には報告しなきゃだわ! ふたりの幸せのために、あれだけお骨折りされてたんだもの」

「も、もぉ~~~~」


ロレーナ殿下はネヴィス料理をいたく気に入られ、わたしがアルフォンソ殿下と貴賓室に籠っている間も、お食事はわたしの王都屋敷でとられていたそうだ。

兄君の恋の行方が気になっておられただけかもしれないけど、わたしが貴賓室から出たときには、ベアトリスと随分親密になっていた。

わたしの大事な親友で側近を、籠絡されたような気もするけど……、

すでに大帝国を巻き込む壮大な〈恋愛大作戦〉を仕掛けられていたのだ。

いまさらと言えばいまさら。

側近を可愛がっていただいていると、素直に感謝しておこう。


   Ψ


休養中も毎日一度はアルフォンソ殿下がおみえになり、中庭でお茶の時間を持った。

勅使様として裁きの最終段階に入り、お忙しいであろうに、殿下のまとわれる空気はずっと柔らかで、わたしを安心させてくれる。


――あれは夢ではなく、ほんとうのことだからね?


と、やさしげな眼差しをわたしに、ずっと送ってくださり、

物陰からロレーナ殿下とベアトリスにニヤニヤとのぞかれているのも、むしろわたしの中に、恋の実感を積み上げていく。


嬉しい。


なにもかもが、嬉しい。

ささやかな時間のすべてが、キラキラとひかり輝いて見える。

わたしの中も外も、アルフォンソ殿下の大きな愛で満たし尽くされていた。


「じゃあ、また明日」

「え、ええ……。また明日」


と、お見送りするときに交わす言葉が、なによりもわたしを幸せにしてくれた。

もう、明日も会える関係なのだ、と。

やがて、勅使様としてのアルフォンソ殿下が「最後だけ来てくれたらいい」と仰られた日を迎えた。

わたしは殿下から最初に贈っていただいたコーラルピンクのドレスを身にまとい、王宮にあがる。

謁見の間。

すでに玉座は取り払われ、より上等な椅子がふたつ並んでいる。

アルフォンソ殿下とロレーナ殿下が入場されるのに、わたしも従って歩く。

そして、着座されたアルフォンソ殿下の横に、並んで立つ。

目のまえには、赤ん坊のように柔らかなベビーピンクのドレスを着た、

妹パトリシアがひれ伏していた――。
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