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30.神聖なる太陽に拝礼を捧げる
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厳選していたはずの牢番を言い包め、パトリシアはまんまと脱獄していた。
進駐しているわたしの騎士団が捜索にあたっているので、すぐに捕まえられるだろうけど……、
「勅使様をお迎えする前に、人心の安定を図るべきときに、ほんと迷惑」
と、ベアトリスへのボヤきが止まらない。
今回の〈内緒話スポット〉は、接収した懐かしのわが家。カルドーゾ侯爵家屋敷だ。
進軍中に保護したお父様とお母様には、そのままサビアに行ってもらった。
姉妹の対決を見せるのも、パトリシアの断罪を見せるのも忍びない。
わたしの〈ひまわり城〉にて謹慎という体裁を整えた。
「パトリシアが、わたしに涙なんか見せたことないのに」
「マダレナには通用しないって、分かってるんじゃない?」
「まあ……、そうなんだろうけど」
「ふふっ『お姉様! 私が間違っておりましたわ! よよよよよ』って、泣いてほしい?」
「うわぁ、絶対信じないわね」
「……学院時代から、マダレナはそうだったわよ?」
「え? どこが? パトリシアが泣いたりしたことあったっけ?」
「泣く前に『はいはい』って受け流してた」
「……そう?」
「モーションに入るや、パッと切り捨ててたわよ」
「モーションって……」
「無意識だったんだ」
「うーん。……覚えがないわね」
「そりゃ、パトリシアからしたら、天敵なわけだわ」
と、すこしソワソワしているベアトリス。
「……逢引きなんだ?」
「ええっ!? な、なに言ってるのよ」
「フェデリコと夜中の逢引きなんだ?」
「……な、なんのことだか」
「パトリシアに嘘の吐き方、習ってくれば? さっきからソワソワしてて、バレバレよ?」
「あうっ……」
顔を真っ赤にしたベアトリスを送り出し、生まれ育った屋敷でひとり月を見上げた。
「わたしなりに、可愛がってたんだけどなぁ……」
Ψ
翌日、パトリシアは捕縛された。
白騎士のルシアさんが、あっさり見付けてくれたのだ。
「また、白騎士。ズルいのよ姉様は」
と、パトリシアは毒付いてたらしいけど、もう顔はあわせなかった。
どうせ勅使様の裁きの場で会う。
地下牢に戻し、見張りをエンカンターダスから連れて来た女性騎士に変えさせた。
王太后陛下でさえ「なんど騙されたことか」と仰られたパトリシアではあるけど、男性よりは幾分マシだろう。
やがて勅使様の隊列が王都に近付き、お迎えの準備が慌ただしさを増す。
勅使様は帝国軍10万を率いて来られる。周辺諸国への見せしめだ。
その宿の手配にも忙殺される。
当然足りないので、仮設の宿舎も建設させていた。
街は特需に沸いている。
狼狽える貴族たちと好対照に、滞在する帝国軍の兵士を相手にひと儲けしようと領民の目は輝く。
〈太陽帝国〉は序列に厳しく秩序を重んじるけど、庶民にはやさしい。
「安心して、ガッポリ儲けてね~!」
と、王都市街を巡察し、最終的な受け入れ体制をチェックして回った。
いよいよ、裁きの日が近付く。
わたしとパトリシアの因縁にも、決着がつくのだ。
盛夏の太陽を見上げて、目をほそめた――。
Ψ
勅使様が王都に入られた。
わたしは王宮、ひろい謁見の間でひとり静かにご到着を待つ。
お見えになるのは皇帝陛下の代理人。
一時的とはいえ、陛下よりお預かりした統治権〈太陽の大権〉をお返しするのだ。
粗相があってはならない、重要な儀礼。
ご到着を告げる声に身を引き締め、両膝をついて頭を垂れた。
神聖なる太陽に拝礼を捧げるのと同等に、いわゆるリヴェレンスの礼を執る。
そして、わが母国ネヴィス王国、そしてわたしとパトリシアの命運を握られる勅使様が謁見の間へと入ってこられた。
しかし、足音がふたつ。
――おふたり?
正使様のほかに副使様もお遣わしになるとは、帝都が今回の事態をいかに重く見ているのかと、緊張がたかまる。
やがて、勅使様は正面に置かれた玉座のまえに立たれた。
そして――、
「ははははっ! やっと、そのコーラルピンクのドレス姿を見られた! よく似合っておるではないか!?」
おもわず顔をあげると、第3皇女ロレーナ殿下の快活な笑い顔。
その横には――、
「皇帝陛下より勅使の任を賜った、正使アルフォンソ殿下であるぞ!!」
ロレーナ殿下の紹介に、ハニーブロンドの髪をかるく揺らし、ほほをすこし赤くされる、やさしげなお顔。
サファイアのように碧く澄んだ瞳が、わたしを真っ直ぐに見詰めていた。
ロレーナ殿下が、悪戯っ子のような笑みを浮かべる。
「マダレナ・オルキデア! すみやかなるクーデター鎮圧、見事であった! その功績に報いるため、ネヴィス王国の領土その半分を与え、帝国公爵に叙する!」
「……えっ?」
「皇帝陛下の思し召しであるぞ!? 謹んで拝受せよ!!」
「ぎょ、御意のままに……、ありがたき幸せ……、光栄に存じます」
「うむ! 帝国公爵として勅使アルフォンソ殿下の公正なる裁きをたすけ、引き続き王国平定に務めよ!!」
「は、ははっ……」
「裁きに入るまえに、旅の疲れをいやすため、まずは新公爵殿とゆるりと歓談の場などもちたいと思うが、マダレナ新公爵の存念やいかに!?」
「……異存などあろうはず、……ございません」
「うむ!!」
と、ロレーナ殿下は満足気な笑みを顔いっぱいに広げて、胸を張った。
「マダレナ! ついに兄上の前にまで昇ってきたな!! 妹として、こんなに嬉しいことはないぞ!!」
ロレーナ殿下が快活に笑われている間もずっと、やさしげな眼差しでわたしを見つめ続ける、
――帝国第2皇子アルフォンソ殿下。
自分でも理由のわからない涙がこみ上げて来て、濡れた瞳で殿下と見つめ合っていることが信じられなかった。
勅使拝礼の場。
厳粛であるべきその場で、不覚にも心のなかでわたしは、
「口説かれるんだ……、ついに口説かれるんだ……、わたし、口説かれるんだ……」
と、つぶやき続けていた――。
進駐しているわたしの騎士団が捜索にあたっているので、すぐに捕まえられるだろうけど……、
「勅使様をお迎えする前に、人心の安定を図るべきときに、ほんと迷惑」
と、ベアトリスへのボヤきが止まらない。
今回の〈内緒話スポット〉は、接収した懐かしのわが家。カルドーゾ侯爵家屋敷だ。
進軍中に保護したお父様とお母様には、そのままサビアに行ってもらった。
姉妹の対決を見せるのも、パトリシアの断罪を見せるのも忍びない。
わたしの〈ひまわり城〉にて謹慎という体裁を整えた。
「パトリシアが、わたしに涙なんか見せたことないのに」
「マダレナには通用しないって、分かってるんじゃない?」
「まあ……、そうなんだろうけど」
「ふふっ『お姉様! 私が間違っておりましたわ! よよよよよ』って、泣いてほしい?」
「うわぁ、絶対信じないわね」
「……学院時代から、マダレナはそうだったわよ?」
「え? どこが? パトリシアが泣いたりしたことあったっけ?」
「泣く前に『はいはい』って受け流してた」
「……そう?」
「モーションに入るや、パッと切り捨ててたわよ」
「モーションって……」
「無意識だったんだ」
「うーん。……覚えがないわね」
「そりゃ、パトリシアからしたら、天敵なわけだわ」
と、すこしソワソワしているベアトリス。
「……逢引きなんだ?」
「ええっ!? な、なに言ってるのよ」
「フェデリコと夜中の逢引きなんだ?」
「……な、なんのことだか」
「パトリシアに嘘の吐き方、習ってくれば? さっきからソワソワしてて、バレバレよ?」
「あうっ……」
顔を真っ赤にしたベアトリスを送り出し、生まれ育った屋敷でひとり月を見上げた。
「わたしなりに、可愛がってたんだけどなぁ……」
Ψ
翌日、パトリシアは捕縛された。
白騎士のルシアさんが、あっさり見付けてくれたのだ。
「また、白騎士。ズルいのよ姉様は」
と、パトリシアは毒付いてたらしいけど、もう顔はあわせなかった。
どうせ勅使様の裁きの場で会う。
地下牢に戻し、見張りをエンカンターダスから連れて来た女性騎士に変えさせた。
王太后陛下でさえ「なんど騙されたことか」と仰られたパトリシアではあるけど、男性よりは幾分マシだろう。
やがて勅使様の隊列が王都に近付き、お迎えの準備が慌ただしさを増す。
勅使様は帝国軍10万を率いて来られる。周辺諸国への見せしめだ。
その宿の手配にも忙殺される。
当然足りないので、仮設の宿舎も建設させていた。
街は特需に沸いている。
狼狽える貴族たちと好対照に、滞在する帝国軍の兵士を相手にひと儲けしようと領民の目は輝く。
〈太陽帝国〉は序列に厳しく秩序を重んじるけど、庶民にはやさしい。
「安心して、ガッポリ儲けてね~!」
と、王都市街を巡察し、最終的な受け入れ体制をチェックして回った。
いよいよ、裁きの日が近付く。
わたしとパトリシアの因縁にも、決着がつくのだ。
盛夏の太陽を見上げて、目をほそめた――。
Ψ
勅使様が王都に入られた。
わたしは王宮、ひろい謁見の間でひとり静かにご到着を待つ。
お見えになるのは皇帝陛下の代理人。
一時的とはいえ、陛下よりお預かりした統治権〈太陽の大権〉をお返しするのだ。
粗相があってはならない、重要な儀礼。
ご到着を告げる声に身を引き締め、両膝をついて頭を垂れた。
神聖なる太陽に拝礼を捧げるのと同等に、いわゆるリヴェレンスの礼を執る。
そして、わが母国ネヴィス王国、そしてわたしとパトリシアの命運を握られる勅使様が謁見の間へと入ってこられた。
しかし、足音がふたつ。
――おふたり?
正使様のほかに副使様もお遣わしになるとは、帝都が今回の事態をいかに重く見ているのかと、緊張がたかまる。
やがて、勅使様は正面に置かれた玉座のまえに立たれた。
そして――、
「ははははっ! やっと、そのコーラルピンクのドレス姿を見られた! よく似合っておるではないか!?」
おもわず顔をあげると、第3皇女ロレーナ殿下の快活な笑い顔。
その横には――、
「皇帝陛下より勅使の任を賜った、正使アルフォンソ殿下であるぞ!!」
ロレーナ殿下の紹介に、ハニーブロンドの髪をかるく揺らし、ほほをすこし赤くされる、やさしげなお顔。
サファイアのように碧く澄んだ瞳が、わたしを真っ直ぐに見詰めていた。
ロレーナ殿下が、悪戯っ子のような笑みを浮かべる。
「マダレナ・オルキデア! すみやかなるクーデター鎮圧、見事であった! その功績に報いるため、ネヴィス王国の領土その半分を与え、帝国公爵に叙する!」
「……えっ?」
「皇帝陛下の思し召しであるぞ!? 謹んで拝受せよ!!」
「ぎょ、御意のままに……、ありがたき幸せ……、光栄に存じます」
「うむ! 帝国公爵として勅使アルフォンソ殿下の公正なる裁きをたすけ、引き続き王国平定に務めよ!!」
「は、ははっ……」
「裁きに入るまえに、旅の疲れをいやすため、まずは新公爵殿とゆるりと歓談の場などもちたいと思うが、マダレナ新公爵の存念やいかに!?」
「……異存などあろうはず、……ございません」
「うむ!!」
と、ロレーナ殿下は満足気な笑みを顔いっぱいに広げて、胸を張った。
「マダレナ! ついに兄上の前にまで昇ってきたな!! 妹として、こんなに嬉しいことはないぞ!!」
ロレーナ殿下が快活に笑われている間もずっと、やさしげな眼差しでわたしを見つめ続ける、
――帝国第2皇子アルフォンソ殿下。
自分でも理由のわからない涙がこみ上げて来て、濡れた瞳で殿下と見つめ合っていることが信じられなかった。
勅使拝礼の場。
厳粛であるべきその場で、不覚にも心のなかでわたしは、
「口説かれるんだ……、ついに口説かれるんだ……、わたし、口説かれるんだ……」
と、つぶやき続けていた――。
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