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16.可愛らしさの多様な種類

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山深い学都サピエンティアに、遅い春が訪れる頃――、


「うん。もうボクがマダレナに教えるべきことはないね」


と、椅子に立て膝したビビアナ教授が、初めて笑顔を見せてくださった。

笑うための筋肉を、あまり使われないんだろうなぁ~、というぎこちなくて可愛らしい微笑み。……薄笑い?

ただ、そのいつも眠たそうな大きな瞳には、わたしを一人前と認めてくださる、

敬意のようなものが、浮かんで見えた。


「家政学の練習台になってくださいませ!」


と、ベアトリスとフリアが毎日お手入れさせてもらった黒い髪はツヤツヤ、

ヨレヨレだった賢者のローブも、その名に相応しくパリッとされている。


「ベアトリスとフリアの代わりに、家政学の研究生たちが、毎日交代でボクのところに来てくれることになったんだ」


と、照れくさそうに頭をポリポリとかく、ビビアナ教授も可愛らしい。

そう、可愛らしさにも多くの種類があるのだということも、学都サピエンティアで学ぶことが出来たのだ。


「貴族令嬢がお遊びでやる家政学」


と、ビビアナ教授が仰られたように、学都には、帝都の貴族令嬢たちが嫁入り修行として短期留学していた。

第3皇女ロレーナ殿下の家庭教師を仰せつかっていたわたしは、

彼女たちの目についたらしく、お茶会に呼び出しを喰らった。

数人の貴族令嬢に囲まれ、その中心に座っていたのは――、


侯爵令嬢パウラ・サンチェス様。


もちろん、帝国侯爵家のご令嬢だ。

生まれ育った王国爵位になおせば、国王陛下より〈半分下〉なだけの大貴族家のご令嬢。

ピンク色の髪がふわっとしていて、おおきな目はややたれていて愛嬌がある。

そして、藤色の瞳は――、

くりくりと大きな紫色の瞳をしていた妹、パトリシアを彷彿とさせた。


「貴女がマダレナ伯爵?」


と、わたしを呼ぶ声も甘ったるくて、ますますパトリシアを思い出させる。

そして、


「王国貴族が、太陽帝国の高貴な爵位を賜るだなんて、そのキレイな顔で、どなたをたらし込まれたのかしらねぇ~?」


と、クスクス笑われたわたしは、思わず、


とぱっ。


っと、目から涙を飛ばした。

狼狽えたパウラ様が、


「な、なによ、泣くことないじゃない? まるで私が悪者みたいになるでしょ?」


と仰るのだけど、しばらく涙が止まらなかった。

パトリシアから、


――キレイ、


だなんて言われたことは、一度もない。

いや、王国にいて、誰からも見た目を褒められた覚えがない。

自分の凛々しい顔立ちに植付けられていたコンプレックスが、パウラ様の言葉で突然に噴き出してしまったのだ。

わたしの奥底に潜んでいた心の傷が、こんなにも根深いものだったとは、

わたし自身、初めて気が付かされた。

オロオロし始めたパウラ様たちが訳も分からずに慰めてくれる中、訥々と身の上話をさせてもらう。

そして、呆れた表情を浮かべたパウラ様が、


「ネヴィス王国の男は、いや女も、みんなアホなの? 可愛らしくない女なんかいないのよ?」


と、仰られた。


「……えっ?」

「そりゃ、私の顔は〈つくり〉からして可愛いわよ? 隠しようもないほどに」

「え、ええ……」

「でも、いま涙を浮かべてるマダレナも、とても可愛らしいわよ? 鏡で見てごらんなさいよ」


と、パウラ様に立たされて、部屋の姿見の前に連れて行かれる。

せっかくフリアにしてもらったお化粧は、涙でグシャグシャ。

見るも無残なあり様だったけど――、


「ね? いまのマダレナだったら、誰だって守ってあげたくなっちゃうわ」

「そ、そうでしょうか……?」

「きっと貴女、笑ってるときも可愛いわ」

「……あの」

「可愛いを極めてる私が言うんだから、信じなさいよ」

「あ、はい……」


師匠!! と、言いたくなるのを、グッとこらえた。


「女は誰だって可愛らしくて、可愛らしくないところも持ってるのよ?」

「可愛らしくないところ……」

「そう。その可愛らしくないところが〈凛々しい〉だったり〈カッコイイ〉だったりするのが、美人ってもんなのよ」

「美人……」

「マダレナ……。貴女、美人なんだから胸を張って生きなさいよ!」


と、背中をバシンって叩かれた。

大泣きしてしまったわたしを、今度は皆さんに明るく笑い飛ばしてもらう。

そして、パウラ様が短期滞在されてた1ヶ月の間、ベアトリスとフリアと3人、

毎日休憩室で、パウラ様の「カワイイ講座」を受講した。

目からうろこが1000万枚は落ちた、わたしとベアトリス。フリアの最強美少女っぷりにも磨きがかかった。


「私、ネヴィス王国に布教に行こうかしら? 随分、信者が集まりそうだけど?」


と、苦笑いしながら、惜しげもなく〈カワイイ〉を伝授してくださるパウラ様。


「マダレナも、いずれ帝都に昇るでしょう? 絶対、私に会いに来てよね!」


と、春が来る前に帝都に帰っていかれた。


やがて、ベアトリスとフリアが、家政学初級の修了証をいただき、


「これ以上は、研究者になる道なので、現場の侍女を続けるなら必要ありませんね」


と、家政学の教授から太鼓判を押していただいて、フリアが号泣し、

わたしもビビアナ教授から、個人講義の修了を告げられると、

ロレーナ殿下から呼び出された。


「代理侯爵……、ですか?」

「そうだ。私の保持するエンカンターダス侯爵位を代行して、領地に赴いてほしい」

「か、かしこまりました」

「うむ。代理爵位とは、本来は儀礼的なものだが……」


サビア伯爵位を保持されていた王太后陛下も、

秋の収穫祭には領民たちのために、代理伯爵を派遣されていたと、

代官のエステバンから聞いていた。


「マダレナに期待しているのは、そうではない」

「……と、仰られますと?」


ロレーナ殿下が、ニヤリと悪戯っ子のような笑みを浮かべた。


「マダレナ。そなた、サビアでひまわり油の生産量を、ずいぶん上げたらしいじゃないか?」

「あ、はい。……たしかどこかで、最新の圧搾技術に関する論文を読んだなぁって思って、探し出して代官に伝えたら、上手くいったみたいで……」

「それだ」

「え?」

「マダレナの学才を疑うことはないが、侯爵に叙爵できるほどの成果に至るのは、すこし先になるだろう」

「はい」

「エンカンターダスの地に代理侯爵として赴き、統治に実績を上げてみよ」

「え、あ、はい……」

「そしたら、マダレナの統治手腕に感服した第3皇女殿下が感激のあまり爵位を譲る……、って寸法で、アルフォンソ兄上がマダレナに会いに行ける日が近付くという……、兄上が考案された新作戦だ!!」

「アルフォンソ殿下が考案……」

「……兄上は兄上で、はやくマダレナに会いたくてたまらないのだ」


ポカンと口を開け、ロレーナ殿下の顔をまじまじと眺めてしまった。


「ズルは出来んぞ?」

「あ、はい」

「兄上の妃候補ともなれば、粗探しをするヤツも出てくる。真っ向勝負で、統治実績をあげてくれ」

「あの……」

「なんだ?」

「……なにか、アテはあるのでしょうか? その、エンカンターダスの地で実績の上がるような……」

「知らん! 私は代官に任せっぱなしだからな」

「あ、はい」

「初めて訪れた領地サビアで、瞬く間に実績を上げた、マダレナ伯爵閣下の手腕を見込んでのことだ!」

「それは、たまたま……」

「なに。無理なら無理で、ぜんぶ代官に任せておけ。それで静かな地で、落ち着いて研究に励んでくれたので良い」

「……か、かしこまりました」

「ビビアナ教授からは、マダレナが既に、どこにいても独自に研究を続けられる段階に入ったとの書簡を受け取っている」

「教授が殿下に、そんな書簡を……」


と、胸を熱くしたわたしは、

母国ネヴィス王国から出て初めて、エンカンターダスのある東に向かう。

太陽帝国の東の端、つまりネヴィス王国と、わたしの領地サビアに境を接しているエンカンターダス。

わたしの代理侯爵への就任式に、ネヴィス王国から来賓としてやって来たのは、

第2王子リカルド殿下と正妃であられる、パトリシア妃殿下だった――。
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