上 下
12 / 87

12.見た目も容姿も関係ない学問の都

しおりを挟む
険しい山々に囲まれた盆地に佇む、学都サピエンティア。

帝国の機密を扱う研究もあるため、自然の要塞によって厳重に守られている。

特別に訓練された専用の馬が引く馬車に揺られ、雲海を突き破るようにして、急な坂を昇ってゆく。

当然、席を向い合せには置けないので、片側だけの席に、

わたしとベアトリス、そしてフリアの3人が並んで座る。


学都への招待が知らされてすぐの〈ひまわり城〉で、


「わ、私もですか……?」


と、たじろぐフリアに膝を折り、目線を合わせて微笑みかけた。


「ええ。フリアがイヤでなければ、わたしの侍女になってほしいのだけど」

「イ、イヤだなんて、そんなめっそうもない……」

「ふふっ」


――めっそうもない。


王太后陛下から帝国伯爵への叙爵を申し出ていただいたとき、わたしも同じことを言ったと、

つい半年ほど前のことを、懐かしく思い返してしまった。


「学都サピエンティアには、2人連れていけるみたいなの。お化粧の師匠であるフリアに来てもらえると、わたしもベアも心強いわ」


学生ノリで任命してしまった〈化粧の師匠〉だけど、フリアは実に真面目に取り組んでくれた。

わたしやベアトリスとは、顔立ちの種類が異なるフリア。

わたしたちに似合う化粧や、最新の流行を調べるため、帝都ソリス・エテルナに住む遠縁の女性に手紙まで出してくれた。

おかげで、わたしもベアトリスも、お化粧はバッチリだ。


「……み、身に余る栄誉。伯爵閣下の侍女に取り立てていただくことなど、平民の出自で、夢見たこともございませんでした。まして、学都サピエンティアに足を踏み入れさせていただくことなど……」

「ふふっ。受けてくれるかしら?」

「も、もちろん、喜んで!!」


わたしがフリアに栄典を授けるということは、この先のフリアの行いが、わたしの責任になるということだ。

アルフォンソ殿下や王太后陛下の真似事をしているようで、すこし面映ゆいけど、

フリアはきっと、わたしの役に立ってくれるという確信もあった。


そして、領主の務めとして秋の収穫祭に立ち合い、領民たちと喜びを分かち合ってから、学都に向けて出発する前、

またしても、アルフォンソ殿下に驚かされた――、


「……ほんと、よく似合ってるわねぇ」

「そ、そう……?」

「はいっ!! マダレナ閣下、まるで雪の妖精になられたみたいです!!」

「ちょ、言い過ぎよ、フリア……」


と、鏡に映る自分のほほが赤くなるのが分かる。

冬の山行きにと、純白のコートを贈っていただいたのだ。

もちろん、わたしの〈帝使〉を務めてくださる王太后陛下を通じた、非公式なもの。

ひざ丈より少しながいミドル丈。ウエストから裾にかけて緩やかに広がるAラインシルエットが、細身で長身のわたしに女性らしい曲線を与えてくれる。

ダブルブレストの前合わせで、ボタンには真珠があしらわれ、生地は上等なベルベット素材。

袖口に金糸でほどこされた刺繍が、さりげなく華やかさを演出している。

裏地には上等なシルクが使われていて、肌触りが良くて、保温性も抜群。

山岳地帯に位置する学都サピエンティアの厳しい冬の寒さから、わたしをしっかり守ってくれそうだ。

しかも、今回はそれだけではない――、


「ベアとフリアにいただいたコートも素敵じゃない」

「えへへ、そうよねぇ~」


という、ベアトリスがいただいたのは、チョコレートブラウンの髪が映える、深紅のウールコート。

シンプルなデザインながら、ベルトがウエストラインを強調していて、凛々しいベアトリスによく似合ってる。


「ほ、ほんとに頂いていいのでしょうか?」

「突き返す方が失礼でしょ? ありがたく頂いて、マダレナにしっかり仕えればいいのよ。私たち個人に頂いたのではなく、マダレナの侍女に頂戴したんだから」

「は、はいっ! 頑張ります!!」


と、フリアにいただいたのは、深緑のカシミアコート。

ストレートシルエットが清楚で可憐な雰囲気を引き立てつつ、

全体的にはフォーマルな印象が、侍女というには少し幼く見える小柄な体型と幼い顔立ちをフォローしてる。

3人で並べば、帝国貴族の主従として、どこに出ても見劣りすることはないだろう。


「……ほんと、私たちを間近で見てくださってるみたいね」


と、ベアトリスがうっとりとした表情を浮かべた。


「サビアで起きたことは、わたしの〈帝使〉であられる王太后陛下に、すべて報告させていただいてるから……、たぶん陛下を通じて」

「マダレナが筆まめなお陰で、私たちにまでご配慮くださった、ってことね」

「でも、文章だけでベアトリスとフリアにバッチリ似合って、3人並んでも絵になるコートを贈ってくださるだなんて……」

「ご慧眼にも、ほどがあるわね」


と、笑い合うわたしたちの間で、フリアが手で顔を覆い、グスグスと泣き始めた。


「ちょ……、どうしたのフリア?」

「し、幸せ過ぎて……、私、明日死んじゃうんじゃないかなって……」


膝を折り、顔をのぞき込むわたしたちに、フリアがかすれ気味の声で応える。


「……そうね」


と、ベアトリスがフリアのあたまを撫でた。


「マダレナの側にいたら、考えられないことが次々おきて、すこし麻痺してたかもしれないけど、フリアの反応の方が自然だわね」

「ありがとう、フリア。お陰で、わたしも殿下への感謝の気持ちを、新たにすることが出来たわ」

「そ、そんな……、めっそうもない……」


フリアのちいさな頭越しに、ベアトリスと目を合わせ、


――美少女の涙、たまりませんな。


と、うなずき合った。

わたしたちより、ひとつ年下の16歳。

平民ながらに、格式高い〈ひまわり城〉のメイドに採用された、優秀さも併せ持つ。


――いい妹が出来たみたい。


という気分は、自然と妹パトリシアのことを思い出させた。

そろそろ第2王子リカルド殿下との結婚式のはずだけど、わたしに招待状は届かない。

王太后陛下からも、何も連絡はないし、そっとしておくことにしている。


そして――、


――後ろに転げ落ちるんじゃ……?


と、冷や汗をかき続けた急峻な坂を、馬車は登り終え、

わたしたち3人は、学都サピエンティアの地に立ったのだ――。


   Ψ


正直に言えば、王太后陛下に初めて個別にお会いしたときより緊張している。

ただし、緊張の種類は違う。

わたしの〈心のスーパースター〉にご挨拶できるのだ。


――ビビアナ・ナバーロ教授。


わたしの憧れ。

魔鉄研究の第一人者。

失われた魔導の復興にも取り組まれ、研究をリードされている。

女性初の大賢者候補。

教授の書かれた論文は、穴があくほど何度も読み返した。

ともすれば、


「キャ―――――――――――ッ!!」


と、叫び出しそうなわたしは、

ベアトリスに「どうどう」と宥められ、

フリアに若干引かれながら、

教授の研究室に入った。


わたしの部屋に大切に飾ってた、論文から切り抜かせてもらったちいさな肖像画のとおり――、


大きくて眠たそうな瞳。

ボサボサに伸ばされた黒い髪。

不愛想な表情。

フリアより小柄なお身体に、

適当に羽織っただけの賢者のローブ。

椅子の上で立て膝をつく無造作なお姿。


胸いっぱいになるわたしの隣で、ベアトリスが口をポカンと開けてた。


――失礼ですよ、ベアトリス。学究の徒に、見た目は関係ないのですよ。それより、あふれ出る知性が見えないのですか?


と、たしなめる視線を送ったのだけど、気が付いてもらえない。

積んであった書類を退けたソファに座るように勧められ、

カチコチに緊張しながら、二言、三言、教授から質問を受けた。


「うん、分かった」


と、表情を変えずにうなずかれた、ビビアナ教授。


「アルフォンソ殿下が推薦してくるだけのことはある」

「……えっ?」

「だけど、マダレナ嬢。キミはまだ、自分の研究の価値が分かってないんだね」

「え? ……ええ」


正直、舞い上がってて、教授の仰られている言葉の意味を、正確に理解できているかも怪しい。

研究の価値、と言われても……。


「手続きはしておくから、しばらく学都に滞在したまえ」

「ええええっ!?」

「なんだ?」

「……よろしいのですか?」

「うん。その資格は充分にある。えっと……、マダレナ嬢は貴族なんだったっけ?」

「あ、はい……。サビア伯爵に叙爵されました」

「サビアか。サビアはいいな。うん、分かった。じゃあ、貴族用の宿舎を手配しておくから、お付きの者も一緒に滞在したらいい」

「あ……」

「ん?」

「ありがとうございます」

「うん。明日……、いや明後日から個人講義するから、午後はボクの研究室に来てくれ」

「……かしこまりました」


   Ψ


「明後日からって仰ったわよね?」

「ええ、仰られたわ」

「……明後日からって、仰られたわよね?」

「ええ、そうよ」


と、うわの空で何度もベアトリスに確認してしまう、わたし。

ゴシック様式の尖塔が4つ青空に突き刺さり、知の殿堂としての威厳を誇る、学都サピエンティアの中心機関〈賢者宮〉。

つい先ほどまでその中に自分がいて、ビビアナ教授に面会していたことなど、夢の中の出来事みたいだ。

芝生の敷き詰められた中庭では、研究者とおぼしき人たちが、熱心に議論を交わしていた。

男も女もなく、たぶん身分や出自もバラバラ。なのに、みなが対等に意見を述べ合っている。


――自由闊達な、学問の都。


ここでは、皇家の方でもなければ、身分も性別も気にしなくていい。

見た目や容姿でとやかく言われることもない。

そこに自分が滞在を許され、しかも憧れのビビアナ教授から個人講義を受けられる。

帝国伯爵に叙爵されたときとは、まったく別の高揚感に支配されてしまう。

ジーンっと、拳を握りしめてしまった。


と、中庭の人たちがピタッと議論をやめ、一斉に立ち上がった。

急な静寂に、なにごとかと顔を向けると、

みなさんの視線の先には――、


黄金のティアラが載る、

金糸のようなハニーゴールド。

金環から10本の剣がのびる、太陽皇家の紋章をあしらった騎士服を身にまとい、大勢の近侍を引き連れた若い女性――、

ひと目で分かった。

第2皇子アルフォンソ殿下の実の妹君、

第3皇女ロレーナ・デ・ラ・ソレイユ殿下だ。

なぜか、まっすぐわたしの方に歩いて来られ、慌てて膝を突く。


「そなたがマダレナ・オルキデアか?」

「さ、さようにございます……」

「うむ。マダレナ、そなた私の家庭教師になれ」

「……えっ?」


と、思わず顔を上げると、

ロレーナ殿下は美しいお顔に、悪戯っ子のような笑みを浮かべて、わたしを見ておられた。


「不服か?」

「め……、めっそうもございません」

「うむ。じゃあ、明日の午前から頼む」


とだけ言って、颯爽と〈賢者宮〉の中へと立ち去られる、ロレーナ殿下。


――か、家庭教師……!?


と、わたしはただ、呆気にとられるばかりだった……。
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

家から追い出された後、私は皇帝陛下の隠し子だったということが判明したらしいです。

新野乃花(大舟)
恋愛
13歳の少女レベッカは物心ついた時から、自分の父だと名乗るリーゲルから虐げられていた。その最中、リーゲルはセレスティンという女性と結ばれることとなり、その時のセレスティンの連れ子がマイアであった。それ以降、レベッカは父リーゲル、母セレスティン、義妹マイアの3人からそれまで以上に虐げられる生活を送らなければならなくなった…。 そんなある日の事、些細なきっかけから機嫌を損ねたリーゲルはレベッカに対し、今すぐ家から出ていくよう言い放った。レベッカはその言葉に従い、弱弱しい体を引きずって家を出ていくほかなかった…。 しかしその後、リーゲルたちのもとに信じられない知らせがもたらされることとなる。これまで自分たちが虐げていたレベッカは、時の皇帝であるグローリアの隠し子だったのだと…。その知らせを聞いて顔を青くする3人だったが、もうすべてが手遅れなのだった…。 ※カクヨムにも投稿しています!

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~

tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!! 壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは??? 一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

召喚されたら聖女が二人!? 私はお呼びじゃないようなので好きに生きます

かずきりり
ファンタジー
旧題:召喚された二人の聖女~私はお呼びじゃないようなので好きに生きます~ 【第14回ファンタジー小説大賞エントリー】 奨励賞受賞 ●聖女編● いきなり召喚された上に、ババァ発言。 挙句、偽聖女だと。 確かに女子高生の方が聖女らしいでしょう、そうでしょう。 だったら好きに生きさせてもらいます。 脱社畜! ハッピースローライフ! ご都合主義万歳! ノリで生きて何が悪い! ●勇者編● え?勇者? うん?勇者? そもそも召喚って何か知ってますか? またやらかしたのかバカ王子ー! ●魔界編● いきおくれって分かってるわー! それよりも、クロを探しに魔界へ! 魔界という場所は……とてつもなかった そしてクロはクロだった。 魔界でも見事になしてみせようスローライフ! 邪魔するなら排除します! -------------- 恋愛はスローペース 物事を組み立てる、という訓練のため三部作長編を予定しております。

妹に婚約者を取られましたが、辺境で楽しく暮らしています

今川幸乃
ファンタジー
おいしい物が大好きのオルロンド公爵家の長女エリサは次期国王と目されているケビン王子と婚約していた。 それを羨んだ妹のシシリーは悪い噂を流してエリサとケビンの婚約を破棄させ、自分がケビンの婚約者に収まる。 そしてエリサは田舎・偏屈・頑固と恐れられる辺境伯レリクスの元に厄介払い同然で嫁に出された。 当初は見向きもされないエリサだったが、次第に料理や作物の知識で周囲を驚かせていく。 一方、ケビンは極度のナルシストで、エリサはそれを知っていたからこそシシリーにケビンを譲らなかった。ケビンと結ばれたシシリーはすぐに彼の本性を知り、後悔することになる。

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

【完結】転生したぐうたら令嬢は王太子妃になんかになりたくない

金峯蓮華
恋愛
子供の頃から休みなく忙しくしていた貴子は公認会計士として独立するために会社を辞めた日に事故に遭い、死の間際に生まれ変わったらぐうたらしたい!と願った。気がついたら中世ヨーロッパのような世界の子供、ヴィヴィアンヌになっていた。何もしないお姫様のようなぐうたらライフを満喫していたが、突然、王太子に求婚された。王太子妃になんかなったらぐうたらできないじゃない!!ヴィヴィアンヌピンチ! 小説家になろうにも書いてます。

私生児聖女は二束三文で売られた敵国で幸せになります!

近藤アリス
恋愛
私生児聖女のコルネリアは、敵国に二束三文で売られて嫁ぐことに。 「悪名高い国王のヴァルター様は私好みだし、みんな優しいし、ご飯美味しいし。あれ?この国最高ですわ!」 声を失った儚げ見た目のコルネリアが、勘違いされたり、幸せになったりする話。 ※ざまぁはほんのり。安心のハッピーエンド設定です! ※「カクヨム」にも掲載しています。

処理中です...