8 / 19
ヤクザとストーカー(2)
しおりを挟む
こんな路地にある上に、目立たない外観にしては、店内はなかなか混み合っていた。阿久津は私にメニューを渡し、
「俺、オムライス。あといちごシロップのかき氷。たのんどいて」
さっさと店を出て行った。どこへ行くのだろう。私はそう思いながら、メニューを見下ろす。外食なんて久しぶりだ。店員を呼んで、
「えっと、オムライスといちごシロップのかき氷。あと、アイスティーを」
「かしこまりました」
店員が去って行ったのを見送り、水を一口飲んだ。しばらくしたら、阿久津が戻ってきた。私が飲んでいるアイスティーをみて、
「なんだよ、かき氷頼まなかったのか」
「ちゃんと修道院で昼食が出ますし」
「相変わらずクソ真面目だな」
テーブルに肘をついた阿久津が、上目遣いでこちらを見る。
「で?」
「え」
「なんで言わなかったんだよ、あいつのこと」
「言うほどのこともないかと思って……」
「さっき顔面蒼白だったじゃねえか」
「今までは何もしてこなかったんです。昨日、阿久津さんといるところを見られたみたいで」
ふうん、とつぶやく阿久津はなんとなく不服げだ。
オムライスが運ばれてきて、阿久津はスプーンを手に嬉しそうな表情をつくった。そういえば、修道院で食事をした時も、オムライスに反応していた気がする。
「阿久津さん、オムライス好きなんですか」
「ああ、まあな」
まあな、どころか大好物に見えるのだけど。阿久津は大きな一口でオムライスを平らげていく。もぐもぐと口を動かしながら、
「なんはへはっふはふはひほ」
「なにを言っているのかわかりません」
彼は水をあおった。コップをテーブルに置き、
「なんか誤解されるようなことしたのかよ」
「いえ、そんなつもりは……話を聞いただけです」
私は平野がしていた話を阿久津に伝えた。阿久津はうえ、と眉をしかめ、
「きしょくわりい。女を縛って写真撮るだ? ど変態じゃねーか。そんなやつサツに突き出せよ」
ヤクザにそう言われる平野も相当だ。
「しかし、同意の上だとおっしゃってましたし」
「はーん、SMプレイってやつか」
私にきかれても困るんですが。大体、ヤクザが警察に行けと言うのもおかしな話だ。
「で、平野のこと、組長には話したのかよ」
阿久津はなぜか修道院長さまのことを組長と呼ぶ。
「修道長さまですか? いえ、まだです」
「なんで話さねえんだよ。いーか? カイシャにはホウレンソウってもんがあるんだ。まず報告、連絡、それから」
「あなたに言われなくてもしってます」
私は指折りしだした阿久津を止める。そもそも、彼のいう「カイシャ」はニュアンスが違う気がするのだが。膝の上で、拳をぎゅっ、と握りしめる。
「修道院のみんなには迷惑をかけたくないんです」
しばらくして、はあ、というため息が聞こえた。
「意地っ張りだな、おまえ」
「……すいません」
「ま、いーけどよ」
かき氷が運ばれてくると、阿久津はかき氷をスプーンですくい、私に差し出してきた。
「食うか?」
私は辺りを見回し、口を開ける。咀嚼したら、ほのかな甘みがふわっと広がった。思わず平野のことを忘れかける。
「美味しいです」
「だろ? ここのかき氷は頭がキーンってしないんだ。溶けかけた氷使うと美味くなるらしい」
彼は自慢げに言いながらかき氷を食べる。あなたが作ったわけじゃないでしょうに。内心そう思っていたら、阿久津が小指を差し出してきた。サングラス越しの切れ長の目がこちらをじっと見ている。
「これからは、なんかあったら絶対俺に言え。わかったな?」
「……はい」
私は頷いて、彼の小指に自分の指をそっと絡めた。
☆
チリンチリン、とドアべルが鳴り響く。
「あー、食った食った」
阿久津は喫茶店を出て伸びをする。
「さっき、どこに行ってたんですか?」
「あ? ああ、タバコ買ってきた」
彼は懐からタバコの箱を取り出した。一本取りだしてくわえる。
「美味しいですか、タバコ」
「美味くはない。けどやめらんねえ」
「身体に悪いですよ」
「我慢する方が身体に悪いんだよ」
ライターをカチリと鳴らし、タバコに火をつけた。
「最近はどこも禁煙だけど。ま、タバコ吸おうが吸わなかろうが、どうせ煙たがれる人種だからな。好きなようにする」
タバコを吸いながら、阿久津は目を細めている。私は、そのタバコの匂いだけでくらりとした。
オムライスが好きで、子供みたいないたずらをするくせに、この人は大人なんだ。
細い路地を歩いていくと、前からカップルが歩いて来た。道幅が狭いので、阿久津が私の肩を抱き寄せる。腕や肩が触れ合わんばかりの距離ですれ違うと、女性がこちらをちらりと見て来た。
私たちはどう見えるのだろう、と思って、そんなことを考えてしまったことを恥じる。
どう見えていても構わないはずだ。私はシスターで、阿久津はヤクザ。けして交じり合うことのない存在なのだから。抱かれている肩がひどく熱い気がして、私は顔を熱くした。
「俺、オムライス。あといちごシロップのかき氷。たのんどいて」
さっさと店を出て行った。どこへ行くのだろう。私はそう思いながら、メニューを見下ろす。外食なんて久しぶりだ。店員を呼んで、
「えっと、オムライスといちごシロップのかき氷。あと、アイスティーを」
「かしこまりました」
店員が去って行ったのを見送り、水を一口飲んだ。しばらくしたら、阿久津が戻ってきた。私が飲んでいるアイスティーをみて、
「なんだよ、かき氷頼まなかったのか」
「ちゃんと修道院で昼食が出ますし」
「相変わらずクソ真面目だな」
テーブルに肘をついた阿久津が、上目遣いでこちらを見る。
「で?」
「え」
「なんで言わなかったんだよ、あいつのこと」
「言うほどのこともないかと思って……」
「さっき顔面蒼白だったじゃねえか」
「今までは何もしてこなかったんです。昨日、阿久津さんといるところを見られたみたいで」
ふうん、とつぶやく阿久津はなんとなく不服げだ。
オムライスが運ばれてきて、阿久津はスプーンを手に嬉しそうな表情をつくった。そういえば、修道院で食事をした時も、オムライスに反応していた気がする。
「阿久津さん、オムライス好きなんですか」
「ああ、まあな」
まあな、どころか大好物に見えるのだけど。阿久津は大きな一口でオムライスを平らげていく。もぐもぐと口を動かしながら、
「なんはへはっふはふはひほ」
「なにを言っているのかわかりません」
彼は水をあおった。コップをテーブルに置き、
「なんか誤解されるようなことしたのかよ」
「いえ、そんなつもりは……話を聞いただけです」
私は平野がしていた話を阿久津に伝えた。阿久津はうえ、と眉をしかめ、
「きしょくわりい。女を縛って写真撮るだ? ど変態じゃねーか。そんなやつサツに突き出せよ」
ヤクザにそう言われる平野も相当だ。
「しかし、同意の上だとおっしゃってましたし」
「はーん、SMプレイってやつか」
私にきかれても困るんですが。大体、ヤクザが警察に行けと言うのもおかしな話だ。
「で、平野のこと、組長には話したのかよ」
阿久津はなぜか修道院長さまのことを組長と呼ぶ。
「修道長さまですか? いえ、まだです」
「なんで話さねえんだよ。いーか? カイシャにはホウレンソウってもんがあるんだ。まず報告、連絡、それから」
「あなたに言われなくてもしってます」
私は指折りしだした阿久津を止める。そもそも、彼のいう「カイシャ」はニュアンスが違う気がするのだが。膝の上で、拳をぎゅっ、と握りしめる。
「修道院のみんなには迷惑をかけたくないんです」
しばらくして、はあ、というため息が聞こえた。
「意地っ張りだな、おまえ」
「……すいません」
「ま、いーけどよ」
かき氷が運ばれてくると、阿久津はかき氷をスプーンですくい、私に差し出してきた。
「食うか?」
私は辺りを見回し、口を開ける。咀嚼したら、ほのかな甘みがふわっと広がった。思わず平野のことを忘れかける。
「美味しいです」
「だろ? ここのかき氷は頭がキーンってしないんだ。溶けかけた氷使うと美味くなるらしい」
彼は自慢げに言いながらかき氷を食べる。あなたが作ったわけじゃないでしょうに。内心そう思っていたら、阿久津が小指を差し出してきた。サングラス越しの切れ長の目がこちらをじっと見ている。
「これからは、なんかあったら絶対俺に言え。わかったな?」
「……はい」
私は頷いて、彼の小指に自分の指をそっと絡めた。
☆
チリンチリン、とドアべルが鳴り響く。
「あー、食った食った」
阿久津は喫茶店を出て伸びをする。
「さっき、どこに行ってたんですか?」
「あ? ああ、タバコ買ってきた」
彼は懐からタバコの箱を取り出した。一本取りだしてくわえる。
「美味しいですか、タバコ」
「美味くはない。けどやめらんねえ」
「身体に悪いですよ」
「我慢する方が身体に悪いんだよ」
ライターをカチリと鳴らし、タバコに火をつけた。
「最近はどこも禁煙だけど。ま、タバコ吸おうが吸わなかろうが、どうせ煙たがれる人種だからな。好きなようにする」
タバコを吸いながら、阿久津は目を細めている。私は、そのタバコの匂いだけでくらりとした。
オムライスが好きで、子供みたいないたずらをするくせに、この人は大人なんだ。
細い路地を歩いていくと、前からカップルが歩いて来た。道幅が狭いので、阿久津が私の肩を抱き寄せる。腕や肩が触れ合わんばかりの距離ですれ違うと、女性がこちらをちらりと見て来た。
私たちはどう見えるのだろう、と思って、そんなことを考えてしまったことを恥じる。
どう見えていても構わないはずだ。私はシスターで、阿久津はヤクザ。けして交じり合うことのない存在なのだから。抱かれている肩がひどく熱い気がして、私は顔を熱くした。
0
お気に入りに追加
360
あなたにおすすめの小説
ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない
絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
地獄の業火に焚べるのは……
緑谷めい
恋愛
伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。
やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。
※ 全5話完結予定
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
果たされなかった約束
家紋武範
恋愛
子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。
しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。
このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。
怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。
※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる