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はじめて編(上)
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三澤晃 は、有名な雑誌記者、だそうだ。雑誌を売るためならなんでもする。だからかつては、鬼だの悪魔だの言われていたのだそうだ。
伝聞なのは、私がさして三澤のことをしらないせいだが、実際に、彼は私が今まで会った中で、一番尊敬できない人間だ。
「おい原田。なんだこの記事。こんなんじゃムラムラこねーよ、書き直せ」
三澤が原稿を私のデスクに放った。切れ長の瞳と長い手足。黙っていたら素敵なのかもしれないが、彼が黙っていたことはない。
あんたをムラムラさせるために書いてんじゃないけどねっ。
私は内心そう思いながら、無言で原稿を引き上げる。彼は私を擦り切れた座布団でも眺めるがごとく見下ろし、
「っていうか、今日も超貧乳だな」
それは関係ないでしょ! 反論したいが、こてんぱんにされるから黙っておく。彼に泣かされて辞めた新人は山ほどいる。セクハラにパワハラ。人権侵害にもほどがあることばっかり発言するためだ。
ちなみに、今私が組んでいるのは素人体験談の記事だ。ネットやなんかでよく見かけると思う。嘘だろ! と叫びたくなるような、実にありえない体験談。
あれ、適当に記者が考えてます。よそはどうだか知らないが、うちみたいな少数精鋭(弱小)雑誌は、自分たちで考えて書いている。いったいどこの誰が読むんだ、こんな記事。
しかし、三澤晃というひとは、どんな雑魚記事にも手を抜かない。抜けばいいと思うんだけど。あとあんたが抜けるかどうかは知らないよ。
私が勤めている三澤出版は、ずばり件の三澤晃が経営している出版社だ。彼は以前大手出版社にいたのだが、気でも狂ったのか、自分で出版社を設立し、エロ雑誌を作っている。
ちなみに社員は四人だ。私がここに来たのは二年前。
「みっちゃんは最近の新人じゃ一番もってるほうだよ」
社員のひとり、河原さんが穏やかに言う。50代くらいのおじさんで、いつも鞄に入れてある塩飴をくれる。
「そうそう、初日で泣いて帰った子いるもんなー。ハラミチはだいぶタフだよな」
そう言いながらカメラを覗きこんでいるのは、橋本さんだ。彼はうちの専属カメラマンである。ちなみに、私は原田ミチだからハラミチとかみっちゃんとか呼ばれている。
橋本さんはカメラをこちらに向け、
「唯一の女の子だから、晃さん的には手放したくないんじゃない?」
「そうでもないと思いますけど……貧乳だし」
「はは、そこ許容できるのすごいよ。完全にセクハラだもんな」
別に許容はしてない。諦めているだけである。
その時、タイマーが鳴り響いたので、私たちは一斉にカップラーメンの蓋を開けた。周りに飲食店がないのもあるが、基本的に給料が安いため、お昼は簡単にすましているのである。
ずるずるラーメンをすすっていたら、三澤が部屋に入ってきた。ソファに集っている私たちを見て、大げさに身体を仰け反らせる。
「うわ、おっさんくさ」
「かわいい女の子いるでしょ」
と河原さん。
「どこに? 胸が平たすぎて性別不明だろ」
私は割り箸をテーブルに投げつけ、ソファから立ち上がった。
「ちょっと」
「は?」
「性別不明は言い過ぎでしょ! ちょっと小さいだけですから」
「ちょっと? 谷間がなかったら胸じゃないんだよ!」
「じゃあ三澤さんのちん○はさぞでっかいんでしょうね!」
私の発言に、河原さんがカップ麺のスープを噴き出した。橋本さんは腹を抑えてげらげら笑っている。
「当たり前だろうがバーカ。なんなら見るか、あ?」
三澤がベルトに手をかけたので、私は慌てて顔を手のひらで覆った。
「見るわけないでしょ、変態!」
私の狼狽ぶりを、三澤はあざ笑う。
「おまえ絶対処女だろ。エロ記事も書けないようじゃ困るんだよ。その辺のおっさんナンパして股開いてこい」
「いやです! なんで私がそこまでしなくちゃいけないんですか、たかがエロ記事のために!」
「エロ舐めんなァ!」
「もうやめようよ、このビル壁薄いしさ……」
河原さんはおろおろしながら私たちを仲裁し、橋本さんは笑いすぎて呼吸困難になっていた。
*
午後五時、三澤が時計をちらりと見て言った。
「河原さん、橋本、もう帰っていいよ」
「マジすか?」
「たまには家族サービスしてやれ」
「はーい」
橋本さんは新婚で、河原さんは子供が二人いる。三澤と私はまっさらな独身だ。こんなひと(セクハラクソ上司)と結婚したがるひと、いるわけないとは思うけど。私はエロ記事を改稿しおえ、三澤に差し出した。
「チェックお願いします」
「ん」
三澤は原稿を受けとり、文面をなぞった。デスクに放り投げ、こちらを睨め付ける。
「なんだこれ。おまえやる気あんのか?」
「……そんなに言うなら、自分で書けばいいじゃないですか」
私が憮然としていうと、
「あのな、別にセクハラでおまえに書かせてるわけじゃないんだよ」
「へー」
説得力なさすぎ。
「大手と違ってうちは少人数制だ。河原さんも橋本も、それぞれ得意なネタ持ってる。おまえは? なんかあんのか、得意分野が」
あります! と答えたいが、実際にはない。首を振ったら、
「だろ。だからこれを書かせてるんだ。みんな通った道なんだよ。やり直し」
突き返された原稿を受け取らずにいると、三澤が怪訝な顔をした。
「どうした」
「エロいって、なんですか。どうやったらエロく書けるんですか。お手本ください」
三澤の言うことは、理解はできるけど、納得はできなかった。
「そんなもんひとそれぞれだ」
「じゃあダメじゃないですか」
「俺がエロいって思ったらエロいんだよ」
なんだそれ。彼は私をジロジロ見て、
「最悪、実体験書けばいいけど、おまえ、なさそうだもんなー」
「擦り切れた雑巾見るみたいな目はやめてください」
「うまいこと言ってないで書け。家で唸れ。なんなら帰り、おっさんをナンパして股を開」
「お疲れさまでしたー」
私は鞄を手に、その場を後にした。
「あー、あれ以上あそこにいたら、心が汚染されるとこだった」
家でパソコンを開き、私は呟く。最初はあまりのモラルのなさに面食らったし、女としての魅力が全くない、みたいに言われて傷ついたりもしたが、もうすっかり慣れたし、三澤に魅力があるとか思われたいかというと、微妙だ。
(見た目だけなら、そりゃカッコいいけど)
初対面のときは、モデルか何かかと思ったくらいだ。ちなみに初めて会ったとき言われたのは、
「え、おまえ男?」
しかも胸を凝視しながらである。失礼すぎるしムカつきすぎる。顔がよければいいってものじゃないのだ。
(おっさんナンパしろってなによ)
現在24歳。ここまできたら、好きでもない相手とはしたくない。しかし、エロくないエロ記事を書いたら、三澤にどやされることは必須だ。
私はブラウザを開き、「体験談」「エロ」で検索をかけてみた。すると出るわ出るわ。私は思わず呟いた。
「なんでこんなにあるの?」
現在エロ記事で困っている身としては、ほとんどがライターが書いたものだろうと見当がつくが。需要があるからこんなに書かれているのだろう。こんなにあるということは、パクってもバレないのでは……。
いや、たとえエロ記事だろうが、著作権がある。バレたら首どころか、お金を払う羽目になるだろう。内容を参考にしようか。
ネットサーフィンをしていたら、上司にトイレで犯された、みたいな文章を見つけた。そのファンタジー感満載な文章を見た瞬間、私はぱっ、と閃く。セクハラクソ上司ならば、身近にモデルがいるでははいか。
(あ、三澤さんと私をモデルに書けばいいんだ)
モデルがいれば書きやすいだろう。私はさっそく執筆に取り掛かった。
翌日、出社した私が原稿を差し出すと、三澤はざっとそれに目を通し、こう言った。
「いいじゃん」
「え」
「まあ、ほんとは女が貧乳より巨乳のほうがいいけど、これはこれで悪くない」
「じゃあ、オッケー、ですか」
「ん」
やった。エロ記事から解放された。私は内心でガッツポーズを決め、鼻歌まじりに席へと戻った。河原さんが声をかけてくる。
「オッケーでたの?」
「はい」
「よかったね、はい、塩飴」
「ありがとうございます」
私は塩飴を口に入れて、舌の上で転がした。
その日一日、私はいい気分で仕事をすることができた。
仕事終わり、帰宅しようとしたら、三澤に呼び止められた。
「原田、飲みに連れてってやるよ」
「えー……三澤さん酔うと歌い出すから嫌ですよ」
「上司に対して嫌ですとはなんだ」
ヘッドロックをかけられて、私はもがいた。
「ちょっ、いたいいたい」
「来るよなあ?」
「パワハラ……」
「うちにパワハラなんて言葉はない」
それはまさしく、今話題のブラック企業ではないか。私はしぶしぶ三澤について行った。
三澤が私を連れて行ったのは、よくあるチェーン店の居酒屋だった。気張った店は苦手だし、考えられる最悪な店たちよりは、まだマシなチョイスだ。
最悪なパターンの場合、なんとかパブとか、ノーパンなんとかみたいな店に連れていかれそう。普通なら、そんなこと心配しなくていいのだろうが、三澤の場合は一味違う。何事も経験とか言いそうなのだ。自分が行きたいだけだろっていう。
彼は私に食べ物を取り分けながら、
「もっと食え。でかくならないぞ」
「もうならないですよ」
「胸だよ胸。ちっさいから男できないんだろ」
「余計なお世話です。この胸でもいいって言ってくれる人を好きになりますから」
「貧乳好きってロリコンらしいぞ」
ああ言えばこう言う。
「じゃあ巨根好きは老け専ですか」
そう言ったら、三澤がげらげら笑った。
「おまえ、超面白い」
べつにあんたを面白がらせてるつもりはないし。
私は眉を顰めてキャベツをかじった。
三澤は酒をよく飲む割に、酒に弱い。現在も、机に突っ伏して寝息をたてている。店の照明に照らされた三澤の寝顔は、長い睫毛や、さらさらした髪の影が落ちて、写真に撮りたいくらい決まっている。ほんと、黙ってればカッコいいのに……。
「天は二物を与えず……」
私は三澤にスマホを向け、シャッターを鳴らした。彼はその音を聞きつけ、ばっ、と顔を上げた。
「なんだ、事件か」
居酒屋で事件ってなんなんだ。私はから揚げをパシャ、と撮影し、
「いえ、これツイッターにあげようかな、って」
「おまえそういうタイプ? 俺、パシャパシャ飯の写真撮るやつきらいなんだよ」
しらんがな。
「下ネタ連発する人よりマシです」
「下ネタを楽しめないやつは下ネタに泣く」
自分で言って自分で笑っている。だいぶ酔ってるな、この人。私は三澤の手から、ジョッキを取り上げた。
「もう帰りましょう、三澤さん」
彼は意外にも素直に頷き、
「ん、払っといて」
財布を私に押し付け、ふらふら手洗いに向かって歩き出した。大丈夫だろうか。若干不安だが、手洗いについていくわけにもいかない。
「あ、結構入ってる……」
私は三澤の財布を開き、一枚抜いてもバレないかどうかを検討した。主に、セクハラによる精神的苦痛の慰謝料である。
──あとが怖いしやめよう。
会計を終えて待っていたら、三澤がふらふらやってきた。顔を洗ったのか、毛先がかすかに濡れている。一応目を覚まそうとはしているらしい。
店の外に出たら、虫の声が聞こえた。この道は裏通りのため、車の通りが少ないのだ。三澤出版がある場所と、同じ街とは思えないくらいに静かだった。ぽつぱつと、家々の明かりが見えている。
「三澤さん、タクシーとめますから」
「ん」
三澤は店の壁にもたれ、とろんとした目でこちらを見た。
「おまえさあ、将来どうなりたいの」
私はタクシーを目で探しながら、
「どうって、特に……」
「特にってなんだよ。俺を目指します、とかないのか」
あんたは一番目指しちゃいけない人だよ。
「はいはい、三澤さんを目指します」
タクシーを発見し、手を挙げて停めようとしたそのとき、いきなりぐい、と引き寄せられた。抱きすくめられた私は息を飲んで、彼の腕を掴む。
「ちょっ」
耳元に吐息が触れて、びくりとした。のち、三澤の声が響く。
「おまえ、かっわいいな」
──え。
くい、と顎を掴まれ、顔を上向きにされた。柔らかい感触が唇に触れる。その瞬間、思考をすべて持っていかれた。触れ合った彼の唇から、お酒の匂いがふわっと漂う。
唇を離した三澤は、へら、と笑みを浮かべた。
「おやすみ」
そのまま、私の肩に頭を持たせかけ、寝息を立て始める。私はしばらく固まっていたが、ハッとして、
「ちょ、いま寝るなっ!」
そう叫んだ。
伝聞なのは、私がさして三澤のことをしらないせいだが、実際に、彼は私が今まで会った中で、一番尊敬できない人間だ。
「おい原田。なんだこの記事。こんなんじゃムラムラこねーよ、書き直せ」
三澤が原稿を私のデスクに放った。切れ長の瞳と長い手足。黙っていたら素敵なのかもしれないが、彼が黙っていたことはない。
あんたをムラムラさせるために書いてんじゃないけどねっ。
私は内心そう思いながら、無言で原稿を引き上げる。彼は私を擦り切れた座布団でも眺めるがごとく見下ろし、
「っていうか、今日も超貧乳だな」
それは関係ないでしょ! 反論したいが、こてんぱんにされるから黙っておく。彼に泣かされて辞めた新人は山ほどいる。セクハラにパワハラ。人権侵害にもほどがあることばっかり発言するためだ。
ちなみに、今私が組んでいるのは素人体験談の記事だ。ネットやなんかでよく見かけると思う。嘘だろ! と叫びたくなるような、実にありえない体験談。
あれ、適当に記者が考えてます。よそはどうだか知らないが、うちみたいな少数精鋭(弱小)雑誌は、自分たちで考えて書いている。いったいどこの誰が読むんだ、こんな記事。
しかし、三澤晃というひとは、どんな雑魚記事にも手を抜かない。抜けばいいと思うんだけど。あとあんたが抜けるかどうかは知らないよ。
私が勤めている三澤出版は、ずばり件の三澤晃が経営している出版社だ。彼は以前大手出版社にいたのだが、気でも狂ったのか、自分で出版社を設立し、エロ雑誌を作っている。
ちなみに社員は四人だ。私がここに来たのは二年前。
「みっちゃんは最近の新人じゃ一番もってるほうだよ」
社員のひとり、河原さんが穏やかに言う。50代くらいのおじさんで、いつも鞄に入れてある塩飴をくれる。
「そうそう、初日で泣いて帰った子いるもんなー。ハラミチはだいぶタフだよな」
そう言いながらカメラを覗きこんでいるのは、橋本さんだ。彼はうちの専属カメラマンである。ちなみに、私は原田ミチだからハラミチとかみっちゃんとか呼ばれている。
橋本さんはカメラをこちらに向け、
「唯一の女の子だから、晃さん的には手放したくないんじゃない?」
「そうでもないと思いますけど……貧乳だし」
「はは、そこ許容できるのすごいよ。完全にセクハラだもんな」
別に許容はしてない。諦めているだけである。
その時、タイマーが鳴り響いたので、私たちは一斉にカップラーメンの蓋を開けた。周りに飲食店がないのもあるが、基本的に給料が安いため、お昼は簡単にすましているのである。
ずるずるラーメンをすすっていたら、三澤が部屋に入ってきた。ソファに集っている私たちを見て、大げさに身体を仰け反らせる。
「うわ、おっさんくさ」
「かわいい女の子いるでしょ」
と河原さん。
「どこに? 胸が平たすぎて性別不明だろ」
私は割り箸をテーブルに投げつけ、ソファから立ち上がった。
「ちょっと」
「は?」
「性別不明は言い過ぎでしょ! ちょっと小さいだけですから」
「ちょっと? 谷間がなかったら胸じゃないんだよ!」
「じゃあ三澤さんのちん○はさぞでっかいんでしょうね!」
私の発言に、河原さんがカップ麺のスープを噴き出した。橋本さんは腹を抑えてげらげら笑っている。
「当たり前だろうがバーカ。なんなら見るか、あ?」
三澤がベルトに手をかけたので、私は慌てて顔を手のひらで覆った。
「見るわけないでしょ、変態!」
私の狼狽ぶりを、三澤はあざ笑う。
「おまえ絶対処女だろ。エロ記事も書けないようじゃ困るんだよ。その辺のおっさんナンパして股開いてこい」
「いやです! なんで私がそこまでしなくちゃいけないんですか、たかがエロ記事のために!」
「エロ舐めんなァ!」
「もうやめようよ、このビル壁薄いしさ……」
河原さんはおろおろしながら私たちを仲裁し、橋本さんは笑いすぎて呼吸困難になっていた。
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午後五時、三澤が時計をちらりと見て言った。
「河原さん、橋本、もう帰っていいよ」
「マジすか?」
「たまには家族サービスしてやれ」
「はーい」
橋本さんは新婚で、河原さんは子供が二人いる。三澤と私はまっさらな独身だ。こんなひと(セクハラクソ上司)と結婚したがるひと、いるわけないとは思うけど。私はエロ記事を改稿しおえ、三澤に差し出した。
「チェックお願いします」
「ん」
三澤は原稿を受けとり、文面をなぞった。デスクに放り投げ、こちらを睨め付ける。
「なんだこれ。おまえやる気あんのか?」
「……そんなに言うなら、自分で書けばいいじゃないですか」
私が憮然としていうと、
「あのな、別にセクハラでおまえに書かせてるわけじゃないんだよ」
「へー」
説得力なさすぎ。
「大手と違ってうちは少人数制だ。河原さんも橋本も、それぞれ得意なネタ持ってる。おまえは? なんかあんのか、得意分野が」
あります! と答えたいが、実際にはない。首を振ったら、
「だろ。だからこれを書かせてるんだ。みんな通った道なんだよ。やり直し」
突き返された原稿を受け取らずにいると、三澤が怪訝な顔をした。
「どうした」
「エロいって、なんですか。どうやったらエロく書けるんですか。お手本ください」
三澤の言うことは、理解はできるけど、納得はできなかった。
「そんなもんひとそれぞれだ」
「じゃあダメじゃないですか」
「俺がエロいって思ったらエロいんだよ」
なんだそれ。彼は私をジロジロ見て、
「最悪、実体験書けばいいけど、おまえ、なさそうだもんなー」
「擦り切れた雑巾見るみたいな目はやめてください」
「うまいこと言ってないで書け。家で唸れ。なんなら帰り、おっさんをナンパして股を開」
「お疲れさまでしたー」
私は鞄を手に、その場を後にした。
「あー、あれ以上あそこにいたら、心が汚染されるとこだった」
家でパソコンを開き、私は呟く。最初はあまりのモラルのなさに面食らったし、女としての魅力が全くない、みたいに言われて傷ついたりもしたが、もうすっかり慣れたし、三澤に魅力があるとか思われたいかというと、微妙だ。
(見た目だけなら、そりゃカッコいいけど)
初対面のときは、モデルか何かかと思ったくらいだ。ちなみに初めて会ったとき言われたのは、
「え、おまえ男?」
しかも胸を凝視しながらである。失礼すぎるしムカつきすぎる。顔がよければいいってものじゃないのだ。
(おっさんナンパしろってなによ)
現在24歳。ここまできたら、好きでもない相手とはしたくない。しかし、エロくないエロ記事を書いたら、三澤にどやされることは必須だ。
私はブラウザを開き、「体験談」「エロ」で検索をかけてみた。すると出るわ出るわ。私は思わず呟いた。
「なんでこんなにあるの?」
現在エロ記事で困っている身としては、ほとんどがライターが書いたものだろうと見当がつくが。需要があるからこんなに書かれているのだろう。こんなにあるということは、パクってもバレないのでは……。
いや、たとえエロ記事だろうが、著作権がある。バレたら首どころか、お金を払う羽目になるだろう。内容を参考にしようか。
ネットサーフィンをしていたら、上司にトイレで犯された、みたいな文章を見つけた。そのファンタジー感満載な文章を見た瞬間、私はぱっ、と閃く。セクハラクソ上司ならば、身近にモデルがいるでははいか。
(あ、三澤さんと私をモデルに書けばいいんだ)
モデルがいれば書きやすいだろう。私はさっそく執筆に取り掛かった。
翌日、出社した私が原稿を差し出すと、三澤はざっとそれに目を通し、こう言った。
「いいじゃん」
「え」
「まあ、ほんとは女が貧乳より巨乳のほうがいいけど、これはこれで悪くない」
「じゃあ、オッケー、ですか」
「ん」
やった。エロ記事から解放された。私は内心でガッツポーズを決め、鼻歌まじりに席へと戻った。河原さんが声をかけてくる。
「オッケーでたの?」
「はい」
「よかったね、はい、塩飴」
「ありがとうございます」
私は塩飴を口に入れて、舌の上で転がした。
その日一日、私はいい気分で仕事をすることができた。
仕事終わり、帰宅しようとしたら、三澤に呼び止められた。
「原田、飲みに連れてってやるよ」
「えー……三澤さん酔うと歌い出すから嫌ですよ」
「上司に対して嫌ですとはなんだ」
ヘッドロックをかけられて、私はもがいた。
「ちょっ、いたいいたい」
「来るよなあ?」
「パワハラ……」
「うちにパワハラなんて言葉はない」
それはまさしく、今話題のブラック企業ではないか。私はしぶしぶ三澤について行った。
三澤が私を連れて行ったのは、よくあるチェーン店の居酒屋だった。気張った店は苦手だし、考えられる最悪な店たちよりは、まだマシなチョイスだ。
最悪なパターンの場合、なんとかパブとか、ノーパンなんとかみたいな店に連れていかれそう。普通なら、そんなこと心配しなくていいのだろうが、三澤の場合は一味違う。何事も経験とか言いそうなのだ。自分が行きたいだけだろっていう。
彼は私に食べ物を取り分けながら、
「もっと食え。でかくならないぞ」
「もうならないですよ」
「胸だよ胸。ちっさいから男できないんだろ」
「余計なお世話です。この胸でもいいって言ってくれる人を好きになりますから」
「貧乳好きってロリコンらしいぞ」
ああ言えばこう言う。
「じゃあ巨根好きは老け専ですか」
そう言ったら、三澤がげらげら笑った。
「おまえ、超面白い」
べつにあんたを面白がらせてるつもりはないし。
私は眉を顰めてキャベツをかじった。
三澤は酒をよく飲む割に、酒に弱い。現在も、机に突っ伏して寝息をたてている。店の照明に照らされた三澤の寝顔は、長い睫毛や、さらさらした髪の影が落ちて、写真に撮りたいくらい決まっている。ほんと、黙ってればカッコいいのに……。
「天は二物を与えず……」
私は三澤にスマホを向け、シャッターを鳴らした。彼はその音を聞きつけ、ばっ、と顔を上げた。
「なんだ、事件か」
居酒屋で事件ってなんなんだ。私はから揚げをパシャ、と撮影し、
「いえ、これツイッターにあげようかな、って」
「おまえそういうタイプ? 俺、パシャパシャ飯の写真撮るやつきらいなんだよ」
しらんがな。
「下ネタ連発する人よりマシです」
「下ネタを楽しめないやつは下ネタに泣く」
自分で言って自分で笑っている。だいぶ酔ってるな、この人。私は三澤の手から、ジョッキを取り上げた。
「もう帰りましょう、三澤さん」
彼は意外にも素直に頷き、
「ん、払っといて」
財布を私に押し付け、ふらふら手洗いに向かって歩き出した。大丈夫だろうか。若干不安だが、手洗いについていくわけにもいかない。
「あ、結構入ってる……」
私は三澤の財布を開き、一枚抜いてもバレないかどうかを検討した。主に、セクハラによる精神的苦痛の慰謝料である。
──あとが怖いしやめよう。
会計を終えて待っていたら、三澤がふらふらやってきた。顔を洗ったのか、毛先がかすかに濡れている。一応目を覚まそうとはしているらしい。
店の外に出たら、虫の声が聞こえた。この道は裏通りのため、車の通りが少ないのだ。三澤出版がある場所と、同じ街とは思えないくらいに静かだった。ぽつぱつと、家々の明かりが見えている。
「三澤さん、タクシーとめますから」
「ん」
三澤は店の壁にもたれ、とろんとした目でこちらを見た。
「おまえさあ、将来どうなりたいの」
私はタクシーを目で探しながら、
「どうって、特に……」
「特にってなんだよ。俺を目指します、とかないのか」
あんたは一番目指しちゃいけない人だよ。
「はいはい、三澤さんを目指します」
タクシーを発見し、手を挙げて停めようとしたそのとき、いきなりぐい、と引き寄せられた。抱きすくめられた私は息を飲んで、彼の腕を掴む。
「ちょっ」
耳元に吐息が触れて、びくりとした。のち、三澤の声が響く。
「おまえ、かっわいいな」
──え。
くい、と顎を掴まれ、顔を上向きにされた。柔らかい感触が唇に触れる。その瞬間、思考をすべて持っていかれた。触れ合った彼の唇から、お酒の匂いがふわっと漂う。
唇を離した三澤は、へら、と笑みを浮かべた。
「おやすみ」
そのまま、私の肩に頭を持たせかけ、寝息を立て始める。私はしばらく固まっていたが、ハッとして、
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