7 / 33
悪女の娘
マルゴーとアカデミー
しおりを挟む
シルフィーは温室で、鼻歌を歌いながら水やりをしていた。肩にはバロンが乗っている。起きたらまず、温室の植物の水やりをするのがシルフィーの日課だった。そのあと虫取りに行ったり、バロンと錬金術ごっこをしたりする。水やりを終えてお茶を飲んでいたら、ミレイがじっとこちらを見ているのに気づいた。
「どうかした?」
「いえ……王妃様がお呼びですので、お茶を飲まれたら謁見の間に行きましょう」
彼女はそう言って視線を外した。回復したミレイは今までとは少し変わった。相変わらず無愛想ではあったが、むやみに礼儀作法の稽古をしろとは言わなくなった。だから、ほどほどにやっている。シルフィーが謁見の間に向かうと、エルランドとエリン、王妃が揃っていた。王妃は優しくこう尋ねてきた。
「ねえシルフィー。何かやりたいことはない? なんでも言ってちょうだい」
「じゃあ錬金術を習いたいです!」
シルフィーがそう言うと、王妃が目を丸くした。
「あ、その前に、字を読めるようになりたいです」
「読み書きもできないの? エリンよりお姉さんなのに!」
エリンはそう言ってくすくす笑った。エルランドがエリンを横目で見る。
「でもエリンは計算ができないだろう?」
「そんなのする必要ないもん! エリンはお姫様だから」
「誰かに収穫祭までの日にちを聞かれたらどうする? 答えられなかったら馬鹿だと思われるよ」
「お母様! お兄様が意地悪を言うの!」
エリンはべそをかきながら王妃に泣きついた。王妃はエルランドを嗜め、苦笑しながらシルフィーを見た。
「ごめんなさいね。この二人はいつもこうなのよ」
「でも、羨ましいです。私、きょうだいがいないから」
そう言ったら、王妃が涙ぐんだ。彼女は侍女たちに支えられて部屋を出ていく。どうしたのだろうと心配していたら、エルランドがため息混じりに手を広げた。
「シルフィー、朝から母様の涙腺を刺激しないでくれ。あの人はすぐ泣くんだから」
「ごめんなさい……」
しゅんとしたシルフィーを見て、エルランドが苦笑した。
「字の読み書きなら僕が教えるよ。あとで図書室に行こう」
「お兄様、エリンとダンスの練習をしてくれるって言ったのに」
「おまえはできないとすぐに拗ねるからね」
エリンが泣きそうな顔になったので、シルフィーは慌てて言った。
「私、今度でいいわ」
「シルフィーはいい子だね、エリンと違って」
エルランドはそう言って、シルフィーの頭を撫でた。食堂を出る際、エリンがこちらを睨んでいるのに気づいた。エルランドとは仲良くできそうだけど、どうやら、エリンには嫌われてしまったみたいだ。何かプレゼントを送ったら、親しくなれるかもしれない。お茶を飲み終えたシルフィーは、日課の虫取りにでかけた。あのクヌギの木にはカブトムシがいそうだ。熟したバナナを仕掛けておけば、夜のうちに捕まえられるだろう。シルフィーは罠を持って木の方へ向かった。ふと、木の枝に、何か大きなものがぶら下がっているのが見えた。不審に思って近づいていくと、少年がパンツ一丁で木にぶら下げられていた。シルフィーは驚いて彼に駆け寄った。
「大丈夫!?」
「大丈夫に見えるなら眼科を薦めるよ」
シルフィーはロープを切って、少年を木から下ろしてやった。よく見ると木のうろに服がねじ込んであったので、少年に渡す。少年は淡々とした動作で服を着た。
「誰にやられたの?」
「──友達」
「友達はこんなことしないわ」
「正論だ」
その横顔には諦念が漂っている。どうやら、こういうことに慣れているようだった。シルフィーは、少年が胸につけているバッジに視線を向けた。蛇が自分の尾をくわえている独特のデザインだ。どこかで見たことがあると思って、記憶を探った。そうか、研究ノートに描かれていた図案だ。
「ねえ、そのバッジはなに?」
「僕は錬金術のアカデミー生なんだ。今日は、王宮に庁舎の見学に来た」
「錬金術?」
「落ちこぼれだけどね」
少年はマルゴーと名乗った。シルフィーは自分の名を教えたあと、どんなことを勉強しているのか、と尋ねた。マルゴーはどことなく面倒そうな口調で答えた。
「鉛を金にしたり、永遠の命の研究をしたり、しょうもないことばっかり」
「しょうもないのに学んでるの?」
「仕方ないだろ。親が錬金術師の長官なんだ。いやでもやらされる」
マルゴーは暗い顔でそう言った。
「王宮で出世したいなら錬金術師を目指すか、騎士を目指すかどっちかだ。僕は運動神経が壊滅してるし、前者を選ぶしかないだろ」
彼は盛大にため息をついて、青い空を見上げた。その横顔には、年齢に見合わない哀愁が漂っていた。
「田舎に行きたいなあ。牛を飼って、チーズでも作って暮らしたい」
「いいわね。私もレンゲ畑で養蜂をやりたい!」
「素敵じゃないか。その時は誘ってくれ」
マルゴーはそう言って、のろのろと歩いていった。あの子、錬金術師になるんだ。そう思ったら、俄然彼への興味が湧いた。同い年くらいに見えたし、友達になれるかもしれない。しかし、それ以降、王宮でマルゴーの姿を見かけることはなかった。錬金術師のアカデミーに行けば会えるだろうか? シルフィーはミレイに、アカデミーに行きたいと言った。ミレイは怪訝な顔で、何をしに行くのかと尋ねてきた。
「会いたい人がいるの」
「会いたい人? 誰ですか。もしかして、男の子ですか」
シルフィーが頷くと、ミレイが目を輝かせた。
「まあ……」
ミレイはいつもとは違ってとても優しかった。外に行きたいというと仔細に用件を聞いてくるのに、今日はなんとなく声が甘かったのだ。マルゴーと一緒に食べるようにと、サンドイッチをもたせてくれた。
アカデミーは王宮から数キロ離れた場所にあった。大きな白塗りの建物で、周りを自然に囲まれている。ここで将来の錬金術師たちが日夜修練に励んでいるのだ。シルフィーは講師に連れられて、マルゴーがいる食堂へ向かった。マルゴーはひとり、暗い顔で本を読んでいた。他の生徒たちはみんな楽しそうなのに、彼の周囲だけが暗く澱んでいるように見えた。どうしてあんなに辛そうなのかしら──あの子は友達がいないのだろうか。私と一緒だわ。そう思ったら親近感が湧いた。近づいていってマルゴー、と声をかけると、彼は驚いた顔をした。
「シルフィー? どうしてここにいるんだ」
「会いたくてきちゃった」
そう言って笑ったら、マルゴーが赤くなった。シルフィーはマルゴーの隣に腰を下ろし、彼の手元を覗き込んだ。マルゴーが食べていたシチューには、何か鈍い色のものが入っていた。シルフィーはそれを拾い上げて眉を潜める。これは鉛だ。
「どうしてこんなものが入ってるの?」
「嫌がらせだよ。いっそこれを食べて死んでやろうかな」
「そんなの絶対ダメよ!」
シルフィーが叫ぶと、マルゴーが肩をすくめて「冗談だよ」と言った。シルフィーは新しいシチューをもらってきて、マルゴーと一緒に食べた。サンドイッチを口にしたマルゴーは驚いた様子で「美味しい」と言った。
「そうでしょ? 私も最初に王宮のご飯を食べたときはびっくりしたわ」
「君って何者? まさか、王族?」
「ううん。いろいろあって王宮にいるの」
「どんな事情か知らないけど、王宮に住めるなんてすごすぎる」
マルゴーは先ほどよりは明るい顔になっていた。シルフィーはほっとしつつ、エントを知っているかと尋ねた。
「ああ、錬金術師副官のエント・ヨークシャーだろ。史上最年少で長官になるって言われてる」
「そうなの? エントってすごいのね」
「君、エント・ヨークシャーとも知り合いなの?」
シルフィーがうなずくと、エントがすごい、とつぶやいた。スカーレットとエントは元気だろうか。会いたいな……。シルフィーがしんみりしていると、講師が近づいて来て、授業を見ていくかとたずねた。
「いいんですか?」
「ええ。午後は3年生の戦闘術の授業です」
講師はそう言って、マルゴーの背中を叩いた。
「知り合いか? いいとこ見せないとな」
マルゴーははあ、と覇気のない返事をし、ずずず、とジュースをすすった。昼食後、十人ほどの少年たちがグラウンドに集められた。一学年にこれだけしかいないのだ、とシルフィーは驚く。戦闘術の授業はどうやら一対一で行うらしく、二人ずつ名前を呼ばれている。マルゴーの相手は、アレックスという黒髪の少年だった。シルフィーはマルゴーを応援した。
「頑張れ、マルゴー!」
しかし、マルゴーはあっさり負けてしまった。シルフィーは地面に倒れたマルゴーに駆け寄る。
「大丈夫? マルゴー」
「平気だよ」
マルゴーは差し出されたシルフィーの手を避けて立ち上がった。見学を終えたシルフィーは、マルゴーに見送られ、夕空の下を歩いていた。シルフィーは黙り込んでいるマルゴーを振り向いて、興奮気味に言った。
「すっごく楽しかったわ。私もアカデミーに通いたくなった」
「通えばいいじゃないか。落ちこぼれたら地獄だけどね」
シルフィーは憂鬱そうにしているマルゴーの手を握りしめた。マルゴーはギョッとしてこちらを見る。
「な、なんだよ」
「おまじないよ。元気出して」
「僕はそういう、精神論みたいなのは好きじゃないんだけど」
マルゴーはもごもご言いながら、シルフィーの手を握り返した。その時、囃し立てるような声が聞こえてきた。
「マルゴーのくせに、女と仲良くしてるのか?」
振り向くと、先ほどマルゴーと戦っていた少年が立っていた。
「と思ったら……毛虫みたいな女だったな」
黒髪の背の高い少年が、馬鹿にしたような顔でシルフィーとマルゴーを見比べる。その背後には二人の少年がいた。
「この子はそんなんじゃないよ、アレックス」
マルゴーはそう言って、シルフィーの手を振り払った。アレックスはマルゴーの肩を組んで歩いていく。マルゴーはひどく暗い顔をしていた。シルフィーは彼らを追いかけようとしたが、ちょうどミレイがやってきた。
「シルフィーさま、そろそろ帰らないと、王妃様が心配なさいます」
「あ、うん」
シルフィーはマルゴーたちが消えた方を気にしながら、王宮へ帰っていった。
「どうかした?」
「いえ……王妃様がお呼びですので、お茶を飲まれたら謁見の間に行きましょう」
彼女はそう言って視線を外した。回復したミレイは今までとは少し変わった。相変わらず無愛想ではあったが、むやみに礼儀作法の稽古をしろとは言わなくなった。だから、ほどほどにやっている。シルフィーが謁見の間に向かうと、エルランドとエリン、王妃が揃っていた。王妃は優しくこう尋ねてきた。
「ねえシルフィー。何かやりたいことはない? なんでも言ってちょうだい」
「じゃあ錬金術を習いたいです!」
シルフィーがそう言うと、王妃が目を丸くした。
「あ、その前に、字を読めるようになりたいです」
「読み書きもできないの? エリンよりお姉さんなのに!」
エリンはそう言ってくすくす笑った。エルランドがエリンを横目で見る。
「でもエリンは計算ができないだろう?」
「そんなのする必要ないもん! エリンはお姫様だから」
「誰かに収穫祭までの日にちを聞かれたらどうする? 答えられなかったら馬鹿だと思われるよ」
「お母様! お兄様が意地悪を言うの!」
エリンはべそをかきながら王妃に泣きついた。王妃はエルランドを嗜め、苦笑しながらシルフィーを見た。
「ごめんなさいね。この二人はいつもこうなのよ」
「でも、羨ましいです。私、きょうだいがいないから」
そう言ったら、王妃が涙ぐんだ。彼女は侍女たちに支えられて部屋を出ていく。どうしたのだろうと心配していたら、エルランドがため息混じりに手を広げた。
「シルフィー、朝から母様の涙腺を刺激しないでくれ。あの人はすぐ泣くんだから」
「ごめんなさい……」
しゅんとしたシルフィーを見て、エルランドが苦笑した。
「字の読み書きなら僕が教えるよ。あとで図書室に行こう」
「お兄様、エリンとダンスの練習をしてくれるって言ったのに」
「おまえはできないとすぐに拗ねるからね」
エリンが泣きそうな顔になったので、シルフィーは慌てて言った。
「私、今度でいいわ」
「シルフィーはいい子だね、エリンと違って」
エルランドはそう言って、シルフィーの頭を撫でた。食堂を出る際、エリンがこちらを睨んでいるのに気づいた。エルランドとは仲良くできそうだけど、どうやら、エリンには嫌われてしまったみたいだ。何かプレゼントを送ったら、親しくなれるかもしれない。お茶を飲み終えたシルフィーは、日課の虫取りにでかけた。あのクヌギの木にはカブトムシがいそうだ。熟したバナナを仕掛けておけば、夜のうちに捕まえられるだろう。シルフィーは罠を持って木の方へ向かった。ふと、木の枝に、何か大きなものがぶら下がっているのが見えた。不審に思って近づいていくと、少年がパンツ一丁で木にぶら下げられていた。シルフィーは驚いて彼に駆け寄った。
「大丈夫!?」
「大丈夫に見えるなら眼科を薦めるよ」
シルフィーはロープを切って、少年を木から下ろしてやった。よく見ると木のうろに服がねじ込んであったので、少年に渡す。少年は淡々とした動作で服を着た。
「誰にやられたの?」
「──友達」
「友達はこんなことしないわ」
「正論だ」
その横顔には諦念が漂っている。どうやら、こういうことに慣れているようだった。シルフィーは、少年が胸につけているバッジに視線を向けた。蛇が自分の尾をくわえている独特のデザインだ。どこかで見たことがあると思って、記憶を探った。そうか、研究ノートに描かれていた図案だ。
「ねえ、そのバッジはなに?」
「僕は錬金術のアカデミー生なんだ。今日は、王宮に庁舎の見学に来た」
「錬金術?」
「落ちこぼれだけどね」
少年はマルゴーと名乗った。シルフィーは自分の名を教えたあと、どんなことを勉強しているのか、と尋ねた。マルゴーはどことなく面倒そうな口調で答えた。
「鉛を金にしたり、永遠の命の研究をしたり、しょうもないことばっかり」
「しょうもないのに学んでるの?」
「仕方ないだろ。親が錬金術師の長官なんだ。いやでもやらされる」
マルゴーは暗い顔でそう言った。
「王宮で出世したいなら錬金術師を目指すか、騎士を目指すかどっちかだ。僕は運動神経が壊滅してるし、前者を選ぶしかないだろ」
彼は盛大にため息をついて、青い空を見上げた。その横顔には、年齢に見合わない哀愁が漂っていた。
「田舎に行きたいなあ。牛を飼って、チーズでも作って暮らしたい」
「いいわね。私もレンゲ畑で養蜂をやりたい!」
「素敵じゃないか。その時は誘ってくれ」
マルゴーはそう言って、のろのろと歩いていった。あの子、錬金術師になるんだ。そう思ったら、俄然彼への興味が湧いた。同い年くらいに見えたし、友達になれるかもしれない。しかし、それ以降、王宮でマルゴーの姿を見かけることはなかった。錬金術師のアカデミーに行けば会えるだろうか? シルフィーはミレイに、アカデミーに行きたいと言った。ミレイは怪訝な顔で、何をしに行くのかと尋ねてきた。
「会いたい人がいるの」
「会いたい人? 誰ですか。もしかして、男の子ですか」
シルフィーが頷くと、ミレイが目を輝かせた。
「まあ……」
ミレイはいつもとは違ってとても優しかった。外に行きたいというと仔細に用件を聞いてくるのに、今日はなんとなく声が甘かったのだ。マルゴーと一緒に食べるようにと、サンドイッチをもたせてくれた。
アカデミーは王宮から数キロ離れた場所にあった。大きな白塗りの建物で、周りを自然に囲まれている。ここで将来の錬金術師たちが日夜修練に励んでいるのだ。シルフィーは講師に連れられて、マルゴーがいる食堂へ向かった。マルゴーはひとり、暗い顔で本を読んでいた。他の生徒たちはみんな楽しそうなのに、彼の周囲だけが暗く澱んでいるように見えた。どうしてあんなに辛そうなのかしら──あの子は友達がいないのだろうか。私と一緒だわ。そう思ったら親近感が湧いた。近づいていってマルゴー、と声をかけると、彼は驚いた顔をした。
「シルフィー? どうしてここにいるんだ」
「会いたくてきちゃった」
そう言って笑ったら、マルゴーが赤くなった。シルフィーはマルゴーの隣に腰を下ろし、彼の手元を覗き込んだ。マルゴーが食べていたシチューには、何か鈍い色のものが入っていた。シルフィーはそれを拾い上げて眉を潜める。これは鉛だ。
「どうしてこんなものが入ってるの?」
「嫌がらせだよ。いっそこれを食べて死んでやろうかな」
「そんなの絶対ダメよ!」
シルフィーが叫ぶと、マルゴーが肩をすくめて「冗談だよ」と言った。シルフィーは新しいシチューをもらってきて、マルゴーと一緒に食べた。サンドイッチを口にしたマルゴーは驚いた様子で「美味しい」と言った。
「そうでしょ? 私も最初に王宮のご飯を食べたときはびっくりしたわ」
「君って何者? まさか、王族?」
「ううん。いろいろあって王宮にいるの」
「どんな事情か知らないけど、王宮に住めるなんてすごすぎる」
マルゴーは先ほどよりは明るい顔になっていた。シルフィーはほっとしつつ、エントを知っているかと尋ねた。
「ああ、錬金術師副官のエント・ヨークシャーだろ。史上最年少で長官になるって言われてる」
「そうなの? エントってすごいのね」
「君、エント・ヨークシャーとも知り合いなの?」
シルフィーがうなずくと、エントがすごい、とつぶやいた。スカーレットとエントは元気だろうか。会いたいな……。シルフィーがしんみりしていると、講師が近づいて来て、授業を見ていくかとたずねた。
「いいんですか?」
「ええ。午後は3年生の戦闘術の授業です」
講師はそう言って、マルゴーの背中を叩いた。
「知り合いか? いいとこ見せないとな」
マルゴーははあ、と覇気のない返事をし、ずずず、とジュースをすすった。昼食後、十人ほどの少年たちがグラウンドに集められた。一学年にこれだけしかいないのだ、とシルフィーは驚く。戦闘術の授業はどうやら一対一で行うらしく、二人ずつ名前を呼ばれている。マルゴーの相手は、アレックスという黒髪の少年だった。シルフィーはマルゴーを応援した。
「頑張れ、マルゴー!」
しかし、マルゴーはあっさり負けてしまった。シルフィーは地面に倒れたマルゴーに駆け寄る。
「大丈夫? マルゴー」
「平気だよ」
マルゴーは差し出されたシルフィーの手を避けて立ち上がった。見学を終えたシルフィーは、マルゴーに見送られ、夕空の下を歩いていた。シルフィーは黙り込んでいるマルゴーを振り向いて、興奮気味に言った。
「すっごく楽しかったわ。私もアカデミーに通いたくなった」
「通えばいいじゃないか。落ちこぼれたら地獄だけどね」
シルフィーは憂鬱そうにしているマルゴーの手を握りしめた。マルゴーはギョッとしてこちらを見る。
「な、なんだよ」
「おまじないよ。元気出して」
「僕はそういう、精神論みたいなのは好きじゃないんだけど」
マルゴーはもごもご言いながら、シルフィーの手を握り返した。その時、囃し立てるような声が聞こえてきた。
「マルゴーのくせに、女と仲良くしてるのか?」
振り向くと、先ほどマルゴーと戦っていた少年が立っていた。
「と思ったら……毛虫みたいな女だったな」
黒髪の背の高い少年が、馬鹿にしたような顔でシルフィーとマルゴーを見比べる。その背後には二人の少年がいた。
「この子はそんなんじゃないよ、アレックス」
マルゴーはそう言って、シルフィーの手を振り払った。アレックスはマルゴーの肩を組んで歩いていく。マルゴーはひどく暗い顔をしていた。シルフィーは彼らを追いかけようとしたが、ちょうどミレイがやってきた。
「シルフィーさま、そろそろ帰らないと、王妃様が心配なさいます」
「あ、うん」
シルフィーはマルゴーたちが消えた方を気にしながら、王宮へ帰っていった。
0
お気に入りに追加
53
あなたにおすすめの小説
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛
らがまふぃん
恋愛
こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。
*らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。
わたくし、残念ながらその書類にはサインしておりませんの。
朝霧心惺
恋愛
「リリーシア・ソフィア・リーラー。冷酷卑劣な守銭奴女め、今この瞬間を持って俺は、貴様との婚約を破棄する!!」
テオドール・ライリッヒ・クロイツ侯爵令息に高らかと告げられた言葉に、リリーシアは純白の髪を靡かせ高圧的に微笑みながら首を傾げる。
「誰と誰の婚約ですって?」
「俺と!お前のだよ!!」
怒り心頭のテオドールに向け、リリーシアは真実を告げる。
「わたくし、残念ながらその書類にはサインしておりませんの」
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
【短編完結】地味眼鏡令嬢はとっても普通にざまぁする。
鏑木 うりこ
恋愛
クリスティア・ノッカー!お前のようなブスは侯爵家に相応しくない!お前との婚約は破棄させてもらう!
茶色の長い髪をお下げに編んだ私、クリスティアは瓶底メガネをクイっと上げて了承致しました。
ええ、良いですよ。ただ、私の物は私の物。そこら辺はきちんとさせていただきますね?
(´・ω・`)普通……。
でも書いたから見てくれたらとても嬉しいです。次はもっと特徴だしたの書きたいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる