幸せの翼

悠月かな(ゆづきかな)

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隠し部屋と万華鏡

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 天使長室の扉をノックすると、すぐさまザキフェル様の声が聞こえてきた。

「サビィか?入りなさい」

私とクルックが部屋に入ると、ザキフェル様が青い涙型の小瓶を手に立っている。
そして、私の右腕に目を留め口を開く。

「やはり、その傷か…私も気になってはいた。見せてみなさい」

私は右腕を差し出しながら、ザギフェル様に尋ねた。

「私が訪ねる事をご存知だったのですか?」
「この傷から魔を感じたからな…クルック、もう大丈夫だから鞭を解きなさい」

クルックが私の腕から鞭を解いた。
軽い解放感と共に、腕から大量の血液が流れる。
ザキフェル様が眉根を寄せ私を見た。

「サビィ…何があった。この出血は尋常ではない。しかも…魔の香りがする。とてもつもなく強い魔の香りだ」
「魔の香り…」

私の脳裏にイルファスの姿が浮かんだ。
私の血を口にした、悍ましいイルファスの姿…
私は思わず身を震わせる。

「サビィ…何があったか話しなさい」

私は頷くとイルファスに腕を傷付けられた上、血を口にされた事を話した。

「そうか…イルファスが…この万能薬で効果があれば良いが…」

ザキフェル様が私の傷口に万能薬を振りかけると、流れ出ていた血がピタリと止まった。
私は安堵の息を漏らし、腕を確認すると傷口は開いたままだった。
万能薬では、傷口までは塞がらないのかもしれない。

「まぁ!血が止まりましたわ!」

クルックが驚きの声を上げる。

「残念ながら、万能薬の効果は一時的なものだと思われる。傷口は塞がらないだろう」
ザキフェル様の説明に、クルックはガックリと肩を落とした。

「まぁ…そうですの…」

ザキフェル様は暫し考えると、壁側に設置されている暖炉へと近付いた。
そして、赤々と燃えている炎に声を掛ける。

「扉よ開け!」

この言葉を合図に、炎は一瞬で消えた。
暖炉は轟音を響かせ真っ二つに割れ、左右に分かれていく。
数分で轟音は静まり、私達の目の前に入り口が現れた。

「もしや…隠し部屋が…?」

口を衝いて出た言葉に、ザキフェル様が頷く。

「私に付いて来なさい」

私はクルックを連れ、ザキフェル様に続き入口を潜ると、石で組まれた通路が続いていた。
壁面には松明が灯っている。

「暖炉の裏にこのような通路があるとは…」

私は辺りを見回しながら進んだ。
ユラユラと揺れる松明の火が、幻想的で美しい。
暫く歩くと黒い扉が見えてきた。
ザキフェル様が扉の前で立ち止まり振り返る。

「ここだ。」

年月を経た、古めかしさを感じる扉を押し開け中に入る。
その部屋は、天使が7~8人も入ればいっぱいになるような小さなものだった。
しかし戸棚やテーブルには、所狭しと目にした事もない物が並んでいた。
色とりどりの薬瓶のような物がしまわれてる戸棚。
時計なのか楽器なのか、判別のつかない物が並ぶ長テーブル。
用途が分からない大きな水瓶には、美しい装飾が施されている。
また幾つもの眼鏡や双眼鏡、望遠鏡が収納されている棚もある。

「こんな部屋があるとは…」

私は驚きから二の句が継げないでいた。

「まぁ…こんな部屋があるとは知りませんでしたわ…」

クルックも驚きを隠せないようだ。

「さてと…」

ザキフェル様は、棚の前で薬瓶を丁寧に一つ一つ手に取り確認し始めた。

「確か、この辺りで見掛けたはずだが…」

呟きながら漆黒の瓶を手にした瞬間、それが突然強い光を放った。
光が徐々に弱くなり、やがて完全に消えると漆黒の瓶は黄金色に輝く瓶へと変化していた。

「これだ…」

ザキフェル様は頷くと、その瓶を私に渡した。

「さあ、この薬を3滴飲みなさい」
「3滴で良いのですか?」
「ああ、この薬の効果は絶大だ。1滴目で頭に掛かったモヤが晴れ、2滴目で血が止まる。3滴目で、体を巡ったイルファスの唾液が消失しスッキリする」

確かにイルファスに血を口にされた時から、私の頭にはモヤが掛かっているようでスッキリしない。

「分かりました」

私は瓶の蓋を取り薬を3滴垂らし飲み込んだ。
すると、見る見る間に頭に掛かったモヤが晴れていく。
そして、薬が体を巡っていく感覚を覚えた。

「これは…」

私は効果の即効性に驚きながら右腕を見ると、すっかり傷口も塞がっている。
ザキフェル様は、その様子に満足気に頷いた。

「これで大丈夫だ。サビィ、何も心配はない」
「ありがとうございます。ザキフェル様」

私は安堵の息をつき頭を下げた。

「まぁ!サビィ!良かったですわ!この不思議な薬のおかげですわね!」

クルックが嬉しそうに跳ね回る。
私は頷くと、改めてこの部屋を見回した。

(しかし、見れば見るほど興味深い物ばかりだ…)

「サビィ、この部屋が気になるようだな。ここに並ぶ物は、過去の天使長から引き継がれた物ばかりだ。かなり古い物もあれば、用途が全く分からない物もある」
「過去の天使長から…今、私が飲んだ薬はどのような薬なのですか?」

私が尋ねると、ザキフェル様は表情を曇らせた。

「あの薬は…悪魔の呪縛を解く薬…解毒剤のような物だ」
「悪魔の呪縛…やはりイルファスは…悪魔に変容したのですか?」

もしかしたら…とは思ってはいた。
しかし、そのような事はあり得ないのではないか…
天使が悪魔に変容するなど…

「残念ながら、その可能性は高い…私はそう思っている。どうやら、魔界からイルファスを操っていた者がいるらしい。彼女が天使の国を破壊しようとしていた時、何者かが私とアシエルを部屋に封じ込めた。どうにかして封印を解こうとしたが、かなり手こずった。これは魔力の力を表す。魔界でも階級の高い悪魔が関与してると思われる」

私は、天使の国に響いていた禍々しい声を思い出した。

「ザキフェル様…何度か禍々しい声を聞きました。その声の主が、イルファスを操っていたのでしょうか?」
「恐らく、そうだろう」

その返答に愕然とした。

「悪魔の目的は一体なんでしょうか?」

私の質問にザキフェル様は暫し考え、言葉を選びながら慎重に話した。

「彼らは…私達天使が邪魔だと思っているのではないかと考えている。この天使の国を破壊し、征服しようとしているのかもしれない」

やはり、イルファスが言っていた事は事実だったのか…
私はもう一つ気がかりな事を尋ねた。

「ザキフェル様、過去にも悪魔から襲撃された事はあったのですか?」
「かなり昔だが…悪魔に天使の国を破壊された記録が残っている」

ザキフェル様は、双眼鏡や望遠鏡が収納されている棚から、小さな望遠鏡のような物を取り出した。
その表面には、悪魔と対峙する天使の絵が描かれていた。

「これを見るといい」

彼は私にそれを手渡した。

「これは?」
「これは万華鏡だ」
「万華鏡?」
「この小さな穴から覗き込む。通常の万華鏡は、鏡に映った模様の変化を楽しむ玩具だが…これは違う。
この万華鏡に、当時の天使長が悪魔との戦いの様を投影させた」

私は万華鏡を受け取ると、小さな穴から覗き込んだ。
そこに映されたものは、天使と悪魔の激しい攻防だった。
戦っているのは、恐らく当時の天使長だろう。
対峙している悪魔は、ひときわ大柄で体は毛で覆われている。
頭には牛のようなツノが2本生えていた。
背中には真っ黒で大きな翼が生え、手や足の指には湾曲した鋭い爪が生えていた。
両社互角の戦いは、目を背けたくなるような凄惨なものだった。
天使長は自分の命をかけて、天使の国を守り切った。
深手を負った悪魔は命からがら去って行ったが、天使長はその場で崩れ落ちた。
彼は懐から筒状の何かを取り出し、最後の力を振り絞りそれに手をかざした。
力尽きた天使長の手から溢れ落ちた筒状の物。
その表面に、天使と悪魔が対峙する絵が浮かび上がっていった。
それは、私が今見ている万華鏡であった。

「こんな事があったとは…」

私は呆然としながら万華鏡を下ろす。

「サビィ?大丈夫ですか?何が見えましたの?」

クルックが心配そうに私を見ている。
しかし、あまりの衝撃に答えられなかった。

「サビィ、これは事実なのだ。当時の天使長が戦った悪魔は魔王だ。魔王は深手を負い、天使の国を去った。あの傷では再起不能だと、当時の天使達は考えた。しかし…もしもの事を考え、君が先程口にした解毒剤を皆で作ったのだ」
「そうだったのですか…この解毒剤は、私以外に飲んだ天使はいたのでしょうか?」

ザキフェル様は頭を2、3回振り、私を見た。

「いや…誰もいない。長きに渡り、天使の国は平和だったからだ」
「では、私が初めて…なのですね?」
「そうだ。だから、私も効果のほどは未知であった。サビィのおかげで、素晴らしい効果を目の当たりにできた。君には感謝する」

その言葉に複雑な感情を抱きながらも、ザキフェル様に万華鏡を手渡し更に問い掛ける。

「魔王は息を吹き返したのでしょうか?」

彼は眉根を寄せ、暫く考えた末に口を開いた。

「今は確かな事は言えないが…その可能性は高い。これから調査が必要だ。イルファスにも聞き取りをしていくつもりだ」
「分かりました…」
「いずれにせよ、この事はラフィとブランカにも共有する。幸いにもラフィの怪我は塞がり、快方に向かっている。もう明日には動けるようになっているだろう」
「それを聞いて安心しました。明日、ラフィに面会したいのですが…大丈夫でしょうか?」
「ああ、問題ないだろう。ラフィ自身は痛みも感じていない。すぐにでも、部屋に戻りたいとぼやいてた程だからな」

ラフィらしい…痛みも感じていないのに、ベッド過ごす事に嫌気がさしているのだろう。

「では、明日ラフィに面会したいと思います」
「承知した」

私はザキフェル様に頭を下げると、クルックを連れその場を後にした。


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