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書籍6巻該当箇所 (第15章~第16章)
フィルについて思うこと(レイ視点)(2018.7.31 改稿)
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寮の談話室を覗き込んだトーマは、俺を見つけて声をかけた。
「レイ、フィル達が到着したって話だよ」
談話室のソファで本を読んでいた俺は、その言葉に本を閉じる。
「やっとか」
帰国の時同様、学校までの道のりを馬車で移動した俺とトーマは、旅の疲れが出ることも考慮し、五日前には寮に到着していた。
フィルの奴、ウォルガーのルリで飛んで来るからって、随分ゆっくり来たな。
俺はトーマと一緒に、早歩きで玄関に向かう。
玄関に到着すると、そこにはすでに人だかりができていた。
中心にはフィルがいて、同級生や先輩方に声をかけられ、一人一人丁寧に挨拶をしている。
相変わらず、フィルの周りには人が集まるな。
フィルは何かにつけ目立つ奴だ。おかげで俺が、まーったく目立たない。
俺だって初等部の時は、顔が良くて頭が良いって、随分もてはやされていたんだぞ。
初等部に入る前だって、神童だと言われるくらいだったのに…。
それが中等部の今では、専門科目などで不得手な部分が明るみになり、得意な分野にはフィルやカイルやトーマがいて、すっかり埋没気味だ。
埋没と言っても、平均よりはかなり上位にいる。だけどフィルがすごすぎて、全然目立たないんだよ。
おそらく全教科を総合すれば、年下のフィルがトップなのではないだろうか。それだけフィルはどの教科でも、万遍なく優れた成績を残していた。頭もいい上に、器用で、料理も出来て、剣術もすごいってなんなんだ。エナや召喚獣の件を差っ引いても、普通じゃないだろう。
ま、上に立たれてすげー悔しい反面、初等部の時より学生生活充実してるけどさ。
初等部の時は学校の授業を受けるのなんかかったるいと思っていたし、周りの同級生から得る物は何もないと思っていた。そのつまらなさを知っている分、今はとても楽しい。
とは言え、フィルの周りにいる者として、この囲まれ具合にはまいる時があるけどな…。
俺たちは分け入るように、生徒達の波をぬっていく。
「フィル!」
俺が声をかけると、フィルは顔を上げてニコッと笑顔になった。
男なのに相変わらず可愛い笑顔だ。女の子だったら、絶対に嫁にするのに。
「あれ、カイルは?一緒じゃないの?」
トーマが周りを見回すと、フィルも一緒になってキョロキョロと見回した。
「あれぇ?さっきまで隣にいたんだけど……」
首を傾げるフィルに、近くにいた先輩が階段を指さす。
「カイル・グラバーなら、今さっき鞄を二、三個かかえて二階に行ったぞ」
フィルは驚き、自分の足元に荷物がないことに気がつく。
「僕の荷物がないっ!もしかして、カイルが一緒に持って行ってくれたのかな」
どうやら、フィルが囲まれることを予測して、先に荷物を持って行ったらしい。
「カイルは相変わらず、フィルのこと大事にしちゃってるな」
ため息を吐くフィルに、俺は思わず小さく噴き出す。
フィルの家で厄介になっていると聞いたが、絶対にそれだけじゃない。心の底からフィルを尊敬してるもんな。まぁ、こいつらが話してくれるまで、詮索するつもりはないけど。
「皆さん、僕は荷物片付けなきゃいけないので、これで失礼します」
フィルは周りにお辞儀をすると、俺とトーマに「行こう」と促した。
俺たちは階段を上り、フィルの部屋を目指す。
カイルの部屋はフィルより先にあるので、おそらくフィルの部屋で待っているだろう。
フィルは並んで歩く俺達に顔を向け、近況を聞いて来た。
「レイたちは何日も前に到着してたの?」
「当たり前だろ。馬車を使うんだし、余裕を持って出て来たさ。お前らはルリだからって、のんびりしすぎ」
俺が呆れて言うと、フィルは小さく肩を竦めた。
「だって速いし、楽なんだもん。レイたちも、今度は一緒にルリで移動しようよ。ルリに高速飛行とか危ない飛び方させないって約束するからさ」
フィルの言葉に、俺とトーマはお互いの顔を見合わせて唸った。
ルリに乗れば、速いし楽なのはわかる。速度をゆるめてくれると言う言葉も、大変ありがたい。だが、速度が遅くなるというのは、高いところの景色がよく見えるってことだ。
ルリに乗って初めて気が付いたが、俺もトーマも速いのが苦手だが、高いのも苦手だった。
「でもなぁ。僕、高いの怖くて。落ちたらどうしようって」
トーマが眉根を寄せて呟く。
「ルリ用の鞍に体を固定するから平気だよ。もし景色を見るのが嫌なら、慣れるまで目隠しするとか?」
フィルの提案に、トーマはハッとして手を打つ。
「あ、そっかぁ!見なきゃいいんだ」
「いやいや、トーマ騙されるな。目隠しした方が、絶対怖いって」
真っ暗闇の浮遊感を想像しただけで、俺は身震いする。トーマも「そうか」と気付いて、同じく身震いした。
「じゃあ、やっぱり少しずつルリに乗る練習しようよ。ここへ来る時はアリスも一緒だったけど、すぐ慣れたよ。今回は観光しながら来たんだ。滝を見たり、花畑に行ったり、温泉とかも……」
「何ぃっ!?お、お前、アリスちゃんと温泉一緒に入ったのか!?」
衝撃的な内容に俺が顔を寄せると、フィルは落ち着けとポーズをとった。
「ちゃんと沐浴着を着てるよ」
「それでもいいっ!何て羨ましいっ!可愛いアリスちゃんと温泉入って、宿も一緒で、最高じゃないか……」
可憐で美少女のアリスちゃんと一緒に旅をしたら、きっと楽しいことだろう。
どの女の子も可愛いが、アリスちゃんの可愛さはトップクラスだもんな。性格もいいし、頭もいいし、よく気が付くし、可愛いし、すっごく可愛いし。
ただ残念なのは、明らかにフィルのことが好きってことだよな……。それもかなり一途に。
フィルは鈍感だから、全く気が付いてない。それどころか、自分が年下にもかかわらず、アリスちゃんを年の離れた妹みたいに扱っている時がある。
女の子の扱いを心得ない、恋愛に疎い奴がモテるってどういうことだ。
俺が眉を顰めていると、フィルは上目遣いで俺の顔を覗き込んできた。
「そんなに羨ましいなら、今度帰国する時、レイも一緒にルリに乗ろうよ」
「……どうしても乗せたいのか」
嫌だと言っているのに、フィルも諦めないな。
俺がそう思っていると、フィルはニコッと微笑んだ。
「だって、レイやトーマも一緒の方が楽しいもん」
その無邪気な言動に、俺は顔が熱くなった。
まったく、こいつは…。よく照れもせずに、そんなこと言うなぁ。
「じゃ、じゃあ、少しは訓練してみるけどさ。あんまり期待するなよな」
俺は照れ隠しにぶっきらぼうに言い、トーマはにっこりと笑う。
「レイが頑張るなら、僕も頑張ってみる」
俺たちの返事に、フィルは「やった!」と喜ぶ。
あーあ、うまく乗せられちゃったなぁ。
気が付けば、すっかりフィルの思惑どおりだ。これがモテる要素のひとつなのだろうか?
そんなことを思っていると、廊下の真ん中に二人の生徒が行く手を阻むように立っているのが見えた。
うわぁ、二年のオーガスタス・スクワイア先輩と、リー・ギレット先輩じゃん。
スクワイア先輩はグラント大陸にあるスクワイア王国の第一王子で、ギレット先輩はその国の伯爵家の子息だ。年齢は共に十一歳。
スクワイア国はそこまで国土は広くないが、グラント大陸でも建国の古い国だ。
しかし、それを誇るがゆえなのか、スクワイア先輩はプライドが山のように高い少年だった。そして、その取り巻きであるギレット先輩は、そのスクワイア先輩を持ち上げるのが得意な少年だ。
噂によると、王子のその考え方を矯正するべく、スクワイア国王はこのステア王立学校に息子を入学させたらしい。けれど……俺の情報では、オーガスタス先輩は王族や貴族の人間としか話をしたがらないって聞くから、その矯正は失敗しているんじゃないかと思う。
出来れば関わりたくねぇなぁ。面倒くさそう。
廊下は広いので通れないわけではないが、二人は腕組みをして明らかに俺たちを待ち伏せている。
この先はフィルの部屋なのだから、多分フィルを待ち伏せてるんだよな。
立ちふさがる二人に、フィルは不思議そうな顔で首を傾げる。
「二年の先輩ですよね?僕たちに何か用ですか?」
その問いに、スクワイア先輩は悠然と頷く。
「ああ、そうだ。彼はリー・ギレット。僕はオーガスタス・スクワイア。スクワイア王国の皇太子だ。本来ならば、平民に話しかけることなど滅多にないのだがね。単刀直入に言おう。フィル・テイラ!三校学校対抗戦メンバーは、この僕オーガスタス・スクワイアこそがふさわしい!譲りたまえ!」
謳いあげるような口調で言うと、フィルをビシリと指差した。
その大きな声に、近くで様子を見ていた生徒がざわめく。
フィルは目をパチクリとさせ、俺は呆れる。
譲りたまえって、何言ってんだこの人。
「譲るって……。対抗戦メンバーは、まだ発表されてませんよね?」
そう。対抗戦の正式なメンバー発表は、もう少し後なはずだ。だけど、その前に候補者達には、知らされている可能性はある。スクワイア先輩が、こうしてフィルのところに来たと言うことはもしかして……。
フィルの質問に、スクワイア先輩たちは訝しげな顔をした。
「まだ知らされていないのか?選抜メンバー大将のマクベアー先輩、副将のデュラントさんお二人で、候補者全員に結果を通達しているはずだが……」
大将がマクベアー先輩なのは予想通りだったが、副将はデュラント先輩なのか。体の弱い方だから、選出されると思わなかったな。剣術の授業に出ていないはずだから、それ以外の授業での選出だろうか。
「今さっき寮に着いたばかりなので、何も聞いていないんです。あの……、スクワイア先輩の先ほどの話だと、まさか僕は……」
俺が期待している結果に、フィルも行きついたらしい。
だが、信じられないのか、その結果を言葉にして出せないみたいだった。ギレット先輩が不満げに顔を歪めた。
「そうだ。オーガスタス様を差し置いて、お前がメンバーに選ばれた」
衝撃的な内容に、フィルは呆然としていた。俺とトーマは、そんなフィルの背中を叩く。
「すっげー!フィル、対抗戦の歴史上最年少のメンバーだっ!やったな!」
「フィル、すごいねっ!」
俺たちだけじゃなく、周りの生徒からも歓声が上がる。先輩たちはそれを忌々しげに睨んでいた。
スクワイア先輩がイライラと、足をふみ鳴らしながら言う。
「状況がわかったなら答えろ!さあ、どうなんだ?譲るのか譲らないのか?」
対抗戦に選ばれるなんて名誉なこと、譲るわけないだろう。
第一、個人的にほいほい譲れるかよ。知っているはずなのに、そんなこと言うのか?
「相手にするだけ無駄だ。フィル、行こうぜ…」
俺がそう言って、フィルの腕をひく。ところがフィルは、「ちょっと待って」と言って、嬉しそうにスクワイア先輩に向かって微笑んだ。
「メンバーって譲れるんですか?なら、どうぞお譲りします!」
驚きすぎて、俺の思考が停止した。
そうだった。フィル、目立つの嫌いだもんなぁ。だけどなぁ、出たくないからって、ここぞとばかりに譲ろうとするな。
「レイ、フィル達が到着したって話だよ」
談話室のソファで本を読んでいた俺は、その言葉に本を閉じる。
「やっとか」
帰国の時同様、学校までの道のりを馬車で移動した俺とトーマは、旅の疲れが出ることも考慮し、五日前には寮に到着していた。
フィルの奴、ウォルガーのルリで飛んで来るからって、随分ゆっくり来たな。
俺はトーマと一緒に、早歩きで玄関に向かう。
玄関に到着すると、そこにはすでに人だかりができていた。
中心にはフィルがいて、同級生や先輩方に声をかけられ、一人一人丁寧に挨拶をしている。
相変わらず、フィルの周りには人が集まるな。
フィルは何かにつけ目立つ奴だ。おかげで俺が、まーったく目立たない。
俺だって初等部の時は、顔が良くて頭が良いって、随分もてはやされていたんだぞ。
初等部に入る前だって、神童だと言われるくらいだったのに…。
それが中等部の今では、専門科目などで不得手な部分が明るみになり、得意な分野にはフィルやカイルやトーマがいて、すっかり埋没気味だ。
埋没と言っても、平均よりはかなり上位にいる。だけどフィルがすごすぎて、全然目立たないんだよ。
おそらく全教科を総合すれば、年下のフィルがトップなのではないだろうか。それだけフィルはどの教科でも、万遍なく優れた成績を残していた。頭もいい上に、器用で、料理も出来て、剣術もすごいってなんなんだ。エナや召喚獣の件を差っ引いても、普通じゃないだろう。
ま、上に立たれてすげー悔しい反面、初等部の時より学生生活充実してるけどさ。
初等部の時は学校の授業を受けるのなんかかったるいと思っていたし、周りの同級生から得る物は何もないと思っていた。そのつまらなさを知っている分、今はとても楽しい。
とは言え、フィルの周りにいる者として、この囲まれ具合にはまいる時があるけどな…。
俺たちは分け入るように、生徒達の波をぬっていく。
「フィル!」
俺が声をかけると、フィルは顔を上げてニコッと笑顔になった。
男なのに相変わらず可愛い笑顔だ。女の子だったら、絶対に嫁にするのに。
「あれ、カイルは?一緒じゃないの?」
トーマが周りを見回すと、フィルも一緒になってキョロキョロと見回した。
「あれぇ?さっきまで隣にいたんだけど……」
首を傾げるフィルに、近くにいた先輩が階段を指さす。
「カイル・グラバーなら、今さっき鞄を二、三個かかえて二階に行ったぞ」
フィルは驚き、自分の足元に荷物がないことに気がつく。
「僕の荷物がないっ!もしかして、カイルが一緒に持って行ってくれたのかな」
どうやら、フィルが囲まれることを予測して、先に荷物を持って行ったらしい。
「カイルは相変わらず、フィルのこと大事にしちゃってるな」
ため息を吐くフィルに、俺は思わず小さく噴き出す。
フィルの家で厄介になっていると聞いたが、絶対にそれだけじゃない。心の底からフィルを尊敬してるもんな。まぁ、こいつらが話してくれるまで、詮索するつもりはないけど。
「皆さん、僕は荷物片付けなきゃいけないので、これで失礼します」
フィルは周りにお辞儀をすると、俺とトーマに「行こう」と促した。
俺たちは階段を上り、フィルの部屋を目指す。
カイルの部屋はフィルより先にあるので、おそらくフィルの部屋で待っているだろう。
フィルは並んで歩く俺達に顔を向け、近況を聞いて来た。
「レイたちは何日も前に到着してたの?」
「当たり前だろ。馬車を使うんだし、余裕を持って出て来たさ。お前らはルリだからって、のんびりしすぎ」
俺が呆れて言うと、フィルは小さく肩を竦めた。
「だって速いし、楽なんだもん。レイたちも、今度は一緒にルリで移動しようよ。ルリに高速飛行とか危ない飛び方させないって約束するからさ」
フィルの言葉に、俺とトーマはお互いの顔を見合わせて唸った。
ルリに乗れば、速いし楽なのはわかる。速度をゆるめてくれると言う言葉も、大変ありがたい。だが、速度が遅くなるというのは、高いところの景色がよく見えるってことだ。
ルリに乗って初めて気が付いたが、俺もトーマも速いのが苦手だが、高いのも苦手だった。
「でもなぁ。僕、高いの怖くて。落ちたらどうしようって」
トーマが眉根を寄せて呟く。
「ルリ用の鞍に体を固定するから平気だよ。もし景色を見るのが嫌なら、慣れるまで目隠しするとか?」
フィルの提案に、トーマはハッとして手を打つ。
「あ、そっかぁ!見なきゃいいんだ」
「いやいや、トーマ騙されるな。目隠しした方が、絶対怖いって」
真っ暗闇の浮遊感を想像しただけで、俺は身震いする。トーマも「そうか」と気付いて、同じく身震いした。
「じゃあ、やっぱり少しずつルリに乗る練習しようよ。ここへ来る時はアリスも一緒だったけど、すぐ慣れたよ。今回は観光しながら来たんだ。滝を見たり、花畑に行ったり、温泉とかも……」
「何ぃっ!?お、お前、アリスちゃんと温泉一緒に入ったのか!?」
衝撃的な内容に俺が顔を寄せると、フィルは落ち着けとポーズをとった。
「ちゃんと沐浴着を着てるよ」
「それでもいいっ!何て羨ましいっ!可愛いアリスちゃんと温泉入って、宿も一緒で、最高じゃないか……」
可憐で美少女のアリスちゃんと一緒に旅をしたら、きっと楽しいことだろう。
どの女の子も可愛いが、アリスちゃんの可愛さはトップクラスだもんな。性格もいいし、頭もいいし、よく気が付くし、可愛いし、すっごく可愛いし。
ただ残念なのは、明らかにフィルのことが好きってことだよな……。それもかなり一途に。
フィルは鈍感だから、全く気が付いてない。それどころか、自分が年下にもかかわらず、アリスちゃんを年の離れた妹みたいに扱っている時がある。
女の子の扱いを心得ない、恋愛に疎い奴がモテるってどういうことだ。
俺が眉を顰めていると、フィルは上目遣いで俺の顔を覗き込んできた。
「そんなに羨ましいなら、今度帰国する時、レイも一緒にルリに乗ろうよ」
「……どうしても乗せたいのか」
嫌だと言っているのに、フィルも諦めないな。
俺がそう思っていると、フィルはニコッと微笑んだ。
「だって、レイやトーマも一緒の方が楽しいもん」
その無邪気な言動に、俺は顔が熱くなった。
まったく、こいつは…。よく照れもせずに、そんなこと言うなぁ。
「じゃ、じゃあ、少しは訓練してみるけどさ。あんまり期待するなよな」
俺は照れ隠しにぶっきらぼうに言い、トーマはにっこりと笑う。
「レイが頑張るなら、僕も頑張ってみる」
俺たちの返事に、フィルは「やった!」と喜ぶ。
あーあ、うまく乗せられちゃったなぁ。
気が付けば、すっかりフィルの思惑どおりだ。これがモテる要素のひとつなのだろうか?
そんなことを思っていると、廊下の真ん中に二人の生徒が行く手を阻むように立っているのが見えた。
うわぁ、二年のオーガスタス・スクワイア先輩と、リー・ギレット先輩じゃん。
スクワイア先輩はグラント大陸にあるスクワイア王国の第一王子で、ギレット先輩はその国の伯爵家の子息だ。年齢は共に十一歳。
スクワイア国はそこまで国土は広くないが、グラント大陸でも建国の古い国だ。
しかし、それを誇るがゆえなのか、スクワイア先輩はプライドが山のように高い少年だった。そして、その取り巻きであるギレット先輩は、そのスクワイア先輩を持ち上げるのが得意な少年だ。
噂によると、王子のその考え方を矯正するべく、スクワイア国王はこのステア王立学校に息子を入学させたらしい。けれど……俺の情報では、オーガスタス先輩は王族や貴族の人間としか話をしたがらないって聞くから、その矯正は失敗しているんじゃないかと思う。
出来れば関わりたくねぇなぁ。面倒くさそう。
廊下は広いので通れないわけではないが、二人は腕組みをして明らかに俺たちを待ち伏せている。
この先はフィルの部屋なのだから、多分フィルを待ち伏せてるんだよな。
立ちふさがる二人に、フィルは不思議そうな顔で首を傾げる。
「二年の先輩ですよね?僕たちに何か用ですか?」
その問いに、スクワイア先輩は悠然と頷く。
「ああ、そうだ。彼はリー・ギレット。僕はオーガスタス・スクワイア。スクワイア王国の皇太子だ。本来ならば、平民に話しかけることなど滅多にないのだがね。単刀直入に言おう。フィル・テイラ!三校学校対抗戦メンバーは、この僕オーガスタス・スクワイアこそがふさわしい!譲りたまえ!」
謳いあげるような口調で言うと、フィルをビシリと指差した。
その大きな声に、近くで様子を見ていた生徒がざわめく。
フィルは目をパチクリとさせ、俺は呆れる。
譲りたまえって、何言ってんだこの人。
「譲るって……。対抗戦メンバーは、まだ発表されてませんよね?」
そう。対抗戦の正式なメンバー発表は、もう少し後なはずだ。だけど、その前に候補者達には、知らされている可能性はある。スクワイア先輩が、こうしてフィルのところに来たと言うことはもしかして……。
フィルの質問に、スクワイア先輩たちは訝しげな顔をした。
「まだ知らされていないのか?選抜メンバー大将のマクベアー先輩、副将のデュラントさんお二人で、候補者全員に結果を通達しているはずだが……」
大将がマクベアー先輩なのは予想通りだったが、副将はデュラント先輩なのか。体の弱い方だから、選出されると思わなかったな。剣術の授業に出ていないはずだから、それ以外の授業での選出だろうか。
「今さっき寮に着いたばかりなので、何も聞いていないんです。あの……、スクワイア先輩の先ほどの話だと、まさか僕は……」
俺が期待している結果に、フィルも行きついたらしい。
だが、信じられないのか、その結果を言葉にして出せないみたいだった。ギレット先輩が不満げに顔を歪めた。
「そうだ。オーガスタス様を差し置いて、お前がメンバーに選ばれた」
衝撃的な内容に、フィルは呆然としていた。俺とトーマは、そんなフィルの背中を叩く。
「すっげー!フィル、対抗戦の歴史上最年少のメンバーだっ!やったな!」
「フィル、すごいねっ!」
俺たちだけじゃなく、周りの生徒からも歓声が上がる。先輩たちはそれを忌々しげに睨んでいた。
スクワイア先輩がイライラと、足をふみ鳴らしながら言う。
「状況がわかったなら答えろ!さあ、どうなんだ?譲るのか譲らないのか?」
対抗戦に選ばれるなんて名誉なこと、譲るわけないだろう。
第一、個人的にほいほい譲れるかよ。知っているはずなのに、そんなこと言うのか?
「相手にするだけ無駄だ。フィル、行こうぜ…」
俺がそう言って、フィルの腕をひく。ところがフィルは、「ちょっと待って」と言って、嬉しそうにスクワイア先輩に向かって微笑んだ。
「メンバーって譲れるんですか?なら、どうぞお譲りします!」
驚きすぎて、俺の思考が停止した。
そうだった。フィル、目立つの嫌いだもんなぁ。だけどなぁ、出たくないからって、ここぞとばかりに譲ろうとするな。
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