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「んで、何? まさか包丁で手を切って痛くてアタシを追ってきたとか言わないわよね?」

「ぐっ……そ、そのまさかです……」

「とんでもない甘ちゃんね」

「返す言葉もありません……」

オレンジ色の明かりにゆったりとした音楽が流れる中、わたしはそこに似つかわしくなくママから説教されている。

よく見ればここはさっきまでわたしがいたキッチンとよく似ていて、カウンターやテーブルなどお店の造りもそっくりな空間だ。まるでもうひとつのお店のよう。カラランと、扉が開く音までそっくり。違うことといえばお店の雰囲気……?

「あれー? ママ、アルバイト雇ったの?」

「あら、いらっしゃい。この子? 今日だけ臨時よ、臨時の手伝い」

「何か若そうだね、労働基準法に引っかからない?」

「この子、こう見えて十六だから、バリバリ働いて貰わないとね」

「いえ、わたしはじゅうさ――ぐえっ」

年齢を正そうとしたのに突然ママに足を踏まれて変な悲鳴が出た。

「へぇー。君、名前なんて言うの? あ、いつものちょーだい」

「あ、えと、わたしはマリエットで……ぐふっ」

今度は脇腹にママの肘鉄が突き刺さる。あまりの痛さに身をよじってうずくまったわたしに、ママは余計なこと言うなとばかりに目で威嚇してくる。

「マリちゃんよ、マリちゃん。セクハラ禁止だからねー。ほらマリちゃん、お客様におしぼりお出しして」

「え、ええっ? おしぼり?」

「いいから言われたとおり接客なさい。こっちにはこっちのルールがあるのよ」

こっちって何ー? と思いつつも、言われたとおりに接客を始めてみた。昨日も散々お客さんにビールときゅうりを出したんだもん。その要領でやればきっと大丈夫なはず!

「おしぼりです、どうぞ」

「おっ、ありがとう」

「えっと、お通し? です」

「今日は枝豆か、いいねえ」

包丁で手を切って痛くてママを捜していただけなのに、気づけばわたしはママにみっちり働かされていた。「二十二時だからもうあっちに帰りなさい」と言われるまで、休む間も与えられなかった。ママは鬼か。

なんで二十二時で帰らされたのかわからないし、今は昼間だとも思ったけど、とにかく二十二時ありがとう。わたしはやっと解放されたよ。
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