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怜と見た夜空
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お金払わずに出てきちゃった…
居酒屋を出る前に、お金を払っていかなきゃ、と思った桜は、「お金、払ってきます」と怜に言ったのだが、笑いながら、いいから、と、怜は桜の手を引き、居酒屋を出た。
二人が居酒屋を出ると、怜はその場に立ち、スマホをいじりはじめたので、桜はしばらく無言のまま怜を無言で待つ。そして、用がすんだのか、スマホをおもむろにポケットに入れた。
「…よし。君が気にしてたから、今、祐希に連絡入れといた。二人分払っててくれるって」
怜は、いたずらっぽく笑う。
「あの…お金、払うんで、渡しといていただけますか?」
「いい、いい。いつもあいつの仕事のフォローばっかりしてるし、払わしとけ」
いいのだろうか。
今まで、奢られることなんて、ほぼ皆無の人生だったから、本当に良いのかわからない。
「男が払うって言うときは、黙って奢られてたらいいんだよ」
戸惑っていた桜を見て、怜は優しく笑った。
「はい、ありがとう、ございます…」
「それでいい」
怜は、くしゃくしゃと、桜の髪をかきまぜるようにして撫でた。
それがなんだか嫌ではなく、心地よい。
「さて、どこへ行く?」
「うーん…さっきからずっと考えてるんですけど、何も思いつきません…」
「そうだなぁ…。とりあえずこっちにおいで」
怜は、あてがあるかのように、歩きだす。
居酒屋のある通りを少し歩いていると、道の途中で、15台ほどが止められる規模の駐車場についた。
車を出す前に、番号を入力して決済すると、怜は駐車場をつっきって歩き、1台の車の前で止まった。
その車は、見たことないエンブレムをした、すらりとした形の紺色のセダン車だった。
桜が車に見とれていると、怜は運転手側のドアを開け、「どうぞ」と手で促した。
一瞬、なぜ運転手側なのかと戸惑ったが、よく見るとハンドルは座席の左側についており、外車のようだった。
恐縮しながら車に乗ると、皮の座席がふわっと身体を包みこんだ。
車内は、優しいシトラスの香りが充満していた。
横に怜が座ると、エンジンをかけ、車を出発させる。車からは重厚なエンジン音が鳴り響いた。
運転手側に座ってるって、すごい変な感じ…
怜は、慣れたようすで車を発進させると、すべるように車は動き出す。
あ、マニュアル車なんだ。
ギアを動かすのを初めて見た桜は、思わず怜の手元を凝視してしまう。
かっこいいな。
怜に対して落ち着いていた動悸が戻ってきそうで、視線を前に戻す。
「マニュアルの車、初めて乗った?」
怜は苦笑する。
「はい。私自身、車を持ってなくて、運転する機会はないんです」
「へぇ」
そのまましばらく車にゆられていると、おもむろに怜は口を開いた。
「そういえば、名前を聞いてなかったね。ずっと、お嬢さん呼びするわけにいかないしね」
「あ…桜、です」
「桜ね。いい名前だね。あと、敬語は使わなくていいから」
「はい…あ」
怜は口元だけでふ、と笑う。
ここで、車は道を右に逸れ、繁華街のある大通りから離れてゆく。
「今からどこに行くんです…の?」
怜の口元がピクリと動く。
「綺麗なところ」
それだけ伝えると、二人の間に沈黙が降りた。車内には、静かに洋楽だけが流れていた。
桜は、酒の残る、ふわっとした頭で、マニュアル車独特の、ギアが刻むリズムを感じていると、うとうとと眠くなってきた。
だんだんと、通りには車が少なくなってきて、山道を登り始めた。
「もうちょっとで着くからね。寝てていいよ」
怜の声がとても心地よい。
慣れない合コンで、疲れたのもあり、桜はいつのまにか意識を手放していた。
数瞬後、桜は気がつくと車が動いていないことに気がついた。
車内は包み込むように暖かかったのだが、身体には、なにかがかかっていた。
よく見ると、怜の上着だった。
隣に怜はいない。
どうやら、思った以上に眠ってしまったようだった。
桜は焦って車の外を見回すと、目の前に怜の後ろ姿があることに気がついた。
ほっとして、暖かい車内から出ると、思った以上に外は寒かった。
「怜さん、すみません。思った以上に眠ってしまったみたいで…」
上着をすまなそうに差し出すと、「敬語」と怜はいたずらっぽく笑い、上着を着込んだ。
「あ…すみま…えと、ごめん。それに、誘ったのは私なのに、運転までさせちゃった…」
「いいんだよ。それに、俺は桜にまだ埋め合わせをしていない」
「そんな…」
桜が絶句していると、怜は困ったように笑い、「見て」と、そっと桜の身体を、先ほど怜が見ていた方角へ向けた。
「わ…綺麗」
目の前の夜景は、まるで空の星のすべて凝縮させたかのようで、地上の銀河が、そこにはあった。また、地上の星は、まるで人間のぎらついた欲を、熱として放っているようだった。
不夜城の街は力強くきらめき、それを眺めていると、なぜだかせつなくて胸がしめつけられる思いだった。
「へっくしゅん!」
急に寒いところに出たからか、思った以上に大きなくしゃみが出てしまった。
いい雰囲気だったのに、大きなくしゃみが出てしまいすごく恥ずかしい。
「寒いね」
怜はそう言うと、まだ持ってていいよ、と自分が着ていたジャケットを桜にかけた。
「でも、怜さんも寒いでしょ」
と桜はジャケットを返そうとする。
すると、怜は少し悩んだのち、ジャケットを羽織ると、ジャケットの合わせの部分で桜の身体を包みこんだ。
「ごめんね。嫌じゃないかな」
「嫌じゃ…ない」
怜の体温を全身に感じる。ほのかに香る檸檬の香りが鼻腔をくすぐる。
とくん、とくんと心臓は甘く鼓動していた。以前のような、張り詰めるような緊張感はなかった。
でも、怜さんは女性。
桜の中で、複雑な思いが広がる。
「怜さんは、なんでそんなに優しいの?」
「そう?普通だよ」
怜は、桜が漫画で読むような、王子さまのような人だ。
でも、見た目が男性みたいだからといって、女性が好きとは限らない。
でも、男性と付き合う怜も想像できない。
聞いてみたいけど、聞けない。
「怜さん、埋め合わせって言ってたけど」
今日、ここに連れてきてもらって嬉しかったから、これで十分…。
そう、言おうと思っていたのに、
「また、会いたい」
勝手に動いてしまった口を、思わず押さえる。
恐る恐る、怜の腕の中から、見上げると、怜は優しくほほえんでいた。
「いいよ。いつでも連絡しておいで」
怜は、いつも華やかなオーラを持っているが、いつもどこか陰りを持っており、美しくも儚いようすが、まるで、月のような人だと思った。
怜の、憂いを帯びたその瞳を見つめていると、桜はもう一度、恋に落ちてしまった。
居酒屋を出る前に、お金を払っていかなきゃ、と思った桜は、「お金、払ってきます」と怜に言ったのだが、笑いながら、いいから、と、怜は桜の手を引き、居酒屋を出た。
二人が居酒屋を出ると、怜はその場に立ち、スマホをいじりはじめたので、桜はしばらく無言のまま怜を無言で待つ。そして、用がすんだのか、スマホをおもむろにポケットに入れた。
「…よし。君が気にしてたから、今、祐希に連絡入れといた。二人分払っててくれるって」
怜は、いたずらっぽく笑う。
「あの…お金、払うんで、渡しといていただけますか?」
「いい、いい。いつもあいつの仕事のフォローばっかりしてるし、払わしとけ」
いいのだろうか。
今まで、奢られることなんて、ほぼ皆無の人生だったから、本当に良いのかわからない。
「男が払うって言うときは、黙って奢られてたらいいんだよ」
戸惑っていた桜を見て、怜は優しく笑った。
「はい、ありがとう、ございます…」
「それでいい」
怜は、くしゃくしゃと、桜の髪をかきまぜるようにして撫でた。
それがなんだか嫌ではなく、心地よい。
「さて、どこへ行く?」
「うーん…さっきからずっと考えてるんですけど、何も思いつきません…」
「そうだなぁ…。とりあえずこっちにおいで」
怜は、あてがあるかのように、歩きだす。
居酒屋のある通りを少し歩いていると、道の途中で、15台ほどが止められる規模の駐車場についた。
車を出す前に、番号を入力して決済すると、怜は駐車場をつっきって歩き、1台の車の前で止まった。
その車は、見たことないエンブレムをした、すらりとした形の紺色のセダン車だった。
桜が車に見とれていると、怜は運転手側のドアを開け、「どうぞ」と手で促した。
一瞬、なぜ運転手側なのかと戸惑ったが、よく見るとハンドルは座席の左側についており、外車のようだった。
恐縮しながら車に乗ると、皮の座席がふわっと身体を包みこんだ。
車内は、優しいシトラスの香りが充満していた。
横に怜が座ると、エンジンをかけ、車を出発させる。車からは重厚なエンジン音が鳴り響いた。
運転手側に座ってるって、すごい変な感じ…
怜は、慣れたようすで車を発進させると、すべるように車は動き出す。
あ、マニュアル車なんだ。
ギアを動かすのを初めて見た桜は、思わず怜の手元を凝視してしまう。
かっこいいな。
怜に対して落ち着いていた動悸が戻ってきそうで、視線を前に戻す。
「マニュアルの車、初めて乗った?」
怜は苦笑する。
「はい。私自身、車を持ってなくて、運転する機会はないんです」
「へぇ」
そのまましばらく車にゆられていると、おもむろに怜は口を開いた。
「そういえば、名前を聞いてなかったね。ずっと、お嬢さん呼びするわけにいかないしね」
「あ…桜、です」
「桜ね。いい名前だね。あと、敬語は使わなくていいから」
「はい…あ」
怜は口元だけでふ、と笑う。
ここで、車は道を右に逸れ、繁華街のある大通りから離れてゆく。
「今からどこに行くんです…の?」
怜の口元がピクリと動く。
「綺麗なところ」
それだけ伝えると、二人の間に沈黙が降りた。車内には、静かに洋楽だけが流れていた。
桜は、酒の残る、ふわっとした頭で、マニュアル車独特の、ギアが刻むリズムを感じていると、うとうとと眠くなってきた。
だんだんと、通りには車が少なくなってきて、山道を登り始めた。
「もうちょっとで着くからね。寝てていいよ」
怜の声がとても心地よい。
慣れない合コンで、疲れたのもあり、桜はいつのまにか意識を手放していた。
数瞬後、桜は気がつくと車が動いていないことに気がついた。
車内は包み込むように暖かかったのだが、身体には、なにかがかかっていた。
よく見ると、怜の上着だった。
隣に怜はいない。
どうやら、思った以上に眠ってしまったようだった。
桜は焦って車の外を見回すと、目の前に怜の後ろ姿があることに気がついた。
ほっとして、暖かい車内から出ると、思った以上に外は寒かった。
「怜さん、すみません。思った以上に眠ってしまったみたいで…」
上着をすまなそうに差し出すと、「敬語」と怜はいたずらっぽく笑い、上着を着込んだ。
「あ…すみま…えと、ごめん。それに、誘ったのは私なのに、運転までさせちゃった…」
「いいんだよ。それに、俺は桜にまだ埋め合わせをしていない」
「そんな…」
桜が絶句していると、怜は困ったように笑い、「見て」と、そっと桜の身体を、先ほど怜が見ていた方角へ向けた。
「わ…綺麗」
目の前の夜景は、まるで空の星のすべて凝縮させたかのようで、地上の銀河が、そこにはあった。また、地上の星は、まるで人間のぎらついた欲を、熱として放っているようだった。
不夜城の街は力強くきらめき、それを眺めていると、なぜだかせつなくて胸がしめつけられる思いだった。
「へっくしゅん!」
急に寒いところに出たからか、思った以上に大きなくしゃみが出てしまった。
いい雰囲気だったのに、大きなくしゃみが出てしまいすごく恥ずかしい。
「寒いね」
怜はそう言うと、まだ持ってていいよ、と自分が着ていたジャケットを桜にかけた。
「でも、怜さんも寒いでしょ」
と桜はジャケットを返そうとする。
すると、怜は少し悩んだのち、ジャケットを羽織ると、ジャケットの合わせの部分で桜の身体を包みこんだ。
「ごめんね。嫌じゃないかな」
「嫌じゃ…ない」
怜の体温を全身に感じる。ほのかに香る檸檬の香りが鼻腔をくすぐる。
とくん、とくんと心臓は甘く鼓動していた。以前のような、張り詰めるような緊張感はなかった。
でも、怜さんは女性。
桜の中で、複雑な思いが広がる。
「怜さんは、なんでそんなに優しいの?」
「そう?普通だよ」
怜は、桜が漫画で読むような、王子さまのような人だ。
でも、見た目が男性みたいだからといって、女性が好きとは限らない。
でも、男性と付き合う怜も想像できない。
聞いてみたいけど、聞けない。
「怜さん、埋め合わせって言ってたけど」
今日、ここに連れてきてもらって嬉しかったから、これで十分…。
そう、言おうと思っていたのに、
「また、会いたい」
勝手に動いてしまった口を、思わず押さえる。
恐る恐る、怜の腕の中から、見上げると、怜は優しくほほえんでいた。
「いいよ。いつでも連絡しておいで」
怜は、いつも華やかなオーラを持っているが、いつもどこか陰りを持っており、美しくも儚いようすが、まるで、月のような人だと思った。
怜の、憂いを帯びたその瞳を見つめていると、桜はもう一度、恋に落ちてしまった。
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