規格外の螺子

cassisband

文字の大きさ
上 下
22 / 36

21.

しおりを挟む
「そういえばさ、今日はこの三人で全員なの?」
ふいに健一が聞いた。早苗が時計を見ると、もう九時を回っていた。楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
美穂も健一も最初の一言づつ口にしたきり、本題には自ら触れてこなかった。健一の話にうまい合いの手を入れたり、つっ込んだりしながら、テンポのよい会話がすっかり耳に馴染んでいた。二人とも、早苗が元気になれるなら、今日はそれでいいから、という意味も言葉を合間に挟んだりもしてくれた。自分にはどうしようもできないような大きな力が働くことってある。やなことも、辛いことも、理不尽なこともあるよね。話のそこここでエールを送ってくれた。自分たちは、早苗に辛いことを話させることは望んでいないから、今日は楽しいお酒を飲もう。そういう二人のスタンスが嬉しかった。
早苗は、もう満足だった。これで、もう明日からは、また頑張れるという気持ちになれていた。自分のことを話しても話さなくても、むなしい気分を吹き飛ばすことは、大成功であった。
「ああ、そうだよね。今日は三人?」
美穂も同じように疑問形で早苗に向いた。
「そうそう、和美からは、ここに来る途中で、メールもらってたんだよね。先約あって行けないから、早苗をよろしくっていう、メール。あと、隆史は?」
「ああ、うん。実は、隆史には、連絡し忘れちゃって」
苦い言い訳だった。
「えっ」
美穂は意外な顔をした後、すぐに思案した面持ちになった。
「あ、もしかして、気、遣ったんじゃないの?こないだ仕事いっそがしいって、言ってたから。あいつのことだもん。仕事、早退して来ちゃうかもしれないもんね」
美穂が言ったことは、一理あった。早苗も、多忙な仕事をしている隆史に声をかけるべきではない、という気持ちがなかったわけでない。
「まあね」
早苗が美穂の推測を素直に認めると、二人とも納得の表情をした。でも、それだけが理由ではなかった。
家族に降りかかったこの難局を、隆史に打ち明けたら、本気で助けを求めてしまいそうな自分が嫌だったのだ。きっと、友人としてではなく、もっと親身になって助けてほしいと思ってしまう。しかし、果たしてそんな風に、誰かに寄りかかりながらでしか歩けないような自分を、隆史は受け入れてくれるだろうか。隆史の前では、気丈で明るい自分でいたい。さまざまな不安が過って、結局誘いのメールが送れなかった。
そんな早苗の気持ちを知らない美穂が、次に話し出した内容は、早苗を驚かせた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

処理中です...