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第3章
2.
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「お疲れ~」
同じサークルの深川綾だ。都市銀行に内定している。それも学内推薦であっさり内定をもらっていた。こういうタイプは得だなと、つくづく思う。男好きするタイプというか、基本的に素直で従順である。見た目も小動物の様でかわいらしい。嫌味がないだけに、むしろ腹が立ってくる。まぁ鼻にかけているタイプならそれはそれでムカつくのだが。
「お疲れさん」話したくないとは思いつつも笑顔で応える。そんな自分にも嫌気がさす。
今までならそのままサークルの溜まり場、通称「タマリ」に顔を出すが、気が進まない。
「タマリ」といってもサークルごとに机一台と長椅子が二脚あるだけだ。都心の狭い敷地に大学があるため、部室を作る余分なスペースがないらしい。そのための措置というか、まぁ学生達の居場所の確保用にある。即席で作られたような陳腐な場所。今日も足が進まず、そのまま教場へ行くことにした。
「じゃあまたね」またまた笑顔で言う。
階段で五階まで一気にかけ上がる。講義のある三号棟にはエレベーターが一台しかない。乗れるのを待つよりも、階段を上った方が早い。息を切らせながら廊下を歩く。吹き抜けになっているため、食堂を見下ろすことができる。反対側には教場が並んでいる。一番奥の教場を目指す。手前のドアで足を止める。ここから入ると、教壇の目の前だ。いつもなら前列に席を確保する。最近は授業にも身が入らない。わざわざ後方のドアから教室に入った。教室内を見渡すと、前列の方に学生は集中して座っていた。後ろ向きな気持ちと同じように、空いていた一番後ろの席にため息をつきながら着席した。
「おまえさぁ。目的意識もなく、ただみんなが就職活動してるから始めたんだろ。そんなんじゃあ内定なんかもらえないぞ」昨日剛史に言われたことがリフレインされる。
確かに剛史のいうとおり、何で就職活動をしているのかと問われればそのとおりだった。
今までは親の敷いたレールに乗ってきた。いざ就職して社会に出るとなるとイメージができない。
周りが動いているから自分も始めなければ、そんな漠然とした気持ちなのは確かであった。父親も母親も楽観視しているのか、さほど深刻に考えていないようである。今と昔では就職活動の状況が全く違うことくらいは理解しているのだろうか。相談することも躊躇われる。一人で抱え込んではいけないとわかっている。だから、唯一の頼みのはずだった剛史。
「彼氏なら慰めてよね。もう何社落ちたと思ってんの」
「これをしたから、そこに受かる方法論なんてないよ。でもさ、ちゃんと将来の事考えて、業界の研究や対策すれば確立は近づくじゃんよ。それに向けて努力してんのかよ」
耳が痛かった。そして心はそれ以上に痛かった。自分でもわかっているから余計に響くのだ。剛史の言っていることが、もっともだが、つい反駁してしまう。甘えているからこそ素直になれない自分がいる。
結局ギスギスしたやりとりばかりになって、次第に疎遠になっていった。最近では電話やメールもしていない。だから「タマリ」にも足が向かない。
授業にも全く集中できない。教壇では白髪の教授が社会学について講義をしている。
苦痛の九十分が終わった。大きなあくびをする。これから真っすぐ家に帰るしか選択肢はなかった。いつもなら「タマリ」へ足を運んで部活のみんなと楽しいホームルームの時間だった。今は居場所がない。どこにも居場所がない。自分自身で首を絞めているのはわかっている。
階段を降り終わった所にちょうど就職部が見えた。なんとなく入口のガラス戸から中の様子を覗いてみる。奥の資料室に二名の学生が熱心に本を読んでいるだけだった。知った顔もいなかった。大学に直接来る求人票や会社説明会の案内を、チェックでもするかと軽い気持ちで入ってみた。入口の左にある掲示板に目が向く。
「鉄道会社か……」
女性が制服姿でガッツポーズしている。若い女性で帽子をかぶっている。帽子には通勤で使っている鉄道会社のロゴマークが付いている。
「そこの鉄道会社って最近女性を積極的に採用しているらしいよ」
掲示期限の切れたであろうポスターを剥がしながら、男性が声をかけてきた。父親と同じ年代かあるいはもう少し上だろうか。
「そうなんですね」
素気ない返事をしながら、ネームプレートに視線を落とす。
キャリアカウンセラー田中徹とある。どうやら大学の職員のようだ。以前相談に乗ってもらったのは女性職員だった。就職部にも十名程の人がいるので、今まで気付かなかった。というよりも気にしていなかったと言った方がいいかもしれない。
「四年生?もし時間があるのなら話を聞きますよ」
四年生のこの時期に就職が決まっていない私に同情して声をかけてくれたのだろうか。
それでも地獄に仏、利用できるものは利用しなければ。ひょっとしたらこの中年の職員が秘密の強力なコネをもっているかもしれない。哀れな女子学生に就職先を斡旋してくれるのではと現実離れした空想を抱いた。
同じサークルの深川綾だ。都市銀行に内定している。それも学内推薦であっさり内定をもらっていた。こういうタイプは得だなと、つくづく思う。男好きするタイプというか、基本的に素直で従順である。見た目も小動物の様でかわいらしい。嫌味がないだけに、むしろ腹が立ってくる。まぁ鼻にかけているタイプならそれはそれでムカつくのだが。
「お疲れさん」話したくないとは思いつつも笑顔で応える。そんな自分にも嫌気がさす。
今までならそのままサークルの溜まり場、通称「タマリ」に顔を出すが、気が進まない。
「タマリ」といってもサークルごとに机一台と長椅子が二脚あるだけだ。都心の狭い敷地に大学があるため、部室を作る余分なスペースがないらしい。そのための措置というか、まぁ学生達の居場所の確保用にある。即席で作られたような陳腐な場所。今日も足が進まず、そのまま教場へ行くことにした。
「じゃあまたね」またまた笑顔で言う。
階段で五階まで一気にかけ上がる。講義のある三号棟にはエレベーターが一台しかない。乗れるのを待つよりも、階段を上った方が早い。息を切らせながら廊下を歩く。吹き抜けになっているため、食堂を見下ろすことができる。反対側には教場が並んでいる。一番奥の教場を目指す。手前のドアで足を止める。ここから入ると、教壇の目の前だ。いつもなら前列に席を確保する。最近は授業にも身が入らない。わざわざ後方のドアから教室に入った。教室内を見渡すと、前列の方に学生は集中して座っていた。後ろ向きな気持ちと同じように、空いていた一番後ろの席にため息をつきながら着席した。
「おまえさぁ。目的意識もなく、ただみんなが就職活動してるから始めたんだろ。そんなんじゃあ内定なんかもらえないぞ」昨日剛史に言われたことがリフレインされる。
確かに剛史のいうとおり、何で就職活動をしているのかと問われればそのとおりだった。
今までは親の敷いたレールに乗ってきた。いざ就職して社会に出るとなるとイメージができない。
周りが動いているから自分も始めなければ、そんな漠然とした気持ちなのは確かであった。父親も母親も楽観視しているのか、さほど深刻に考えていないようである。今と昔では就職活動の状況が全く違うことくらいは理解しているのだろうか。相談することも躊躇われる。一人で抱え込んではいけないとわかっている。だから、唯一の頼みのはずだった剛史。
「彼氏なら慰めてよね。もう何社落ちたと思ってんの」
「これをしたから、そこに受かる方法論なんてないよ。でもさ、ちゃんと将来の事考えて、業界の研究や対策すれば確立は近づくじゃんよ。それに向けて努力してんのかよ」
耳が痛かった。そして心はそれ以上に痛かった。自分でもわかっているから余計に響くのだ。剛史の言っていることが、もっともだが、つい反駁してしまう。甘えているからこそ素直になれない自分がいる。
結局ギスギスしたやりとりばかりになって、次第に疎遠になっていった。最近では電話やメールもしていない。だから「タマリ」にも足が向かない。
授業にも全く集中できない。教壇では白髪の教授が社会学について講義をしている。
苦痛の九十分が終わった。大きなあくびをする。これから真っすぐ家に帰るしか選択肢はなかった。いつもなら「タマリ」へ足を運んで部活のみんなと楽しいホームルームの時間だった。今は居場所がない。どこにも居場所がない。自分自身で首を絞めているのはわかっている。
階段を降り終わった所にちょうど就職部が見えた。なんとなく入口のガラス戸から中の様子を覗いてみる。奥の資料室に二名の学生が熱心に本を読んでいるだけだった。知った顔もいなかった。大学に直接来る求人票や会社説明会の案内を、チェックでもするかと軽い気持ちで入ってみた。入口の左にある掲示板に目が向く。
「鉄道会社か……」
女性が制服姿でガッツポーズしている。若い女性で帽子をかぶっている。帽子には通勤で使っている鉄道会社のロゴマークが付いている。
「そこの鉄道会社って最近女性を積極的に採用しているらしいよ」
掲示期限の切れたであろうポスターを剥がしながら、男性が声をかけてきた。父親と同じ年代かあるいはもう少し上だろうか。
「そうなんですね」
素気ない返事をしながら、ネームプレートに視線を落とす。
キャリアカウンセラー田中徹とある。どうやら大学の職員のようだ。以前相談に乗ってもらったのは女性職員だった。就職部にも十名程の人がいるので、今まで気付かなかった。というよりも気にしていなかったと言った方がいいかもしれない。
「四年生?もし時間があるのなら話を聞きますよ」
四年生のこの時期に就職が決まっていない私に同情して声をかけてくれたのだろうか。
それでも地獄に仏、利用できるものは利用しなければ。ひょっとしたらこの中年の職員が秘密の強力なコネをもっているかもしれない。哀れな女子学生に就職先を斡旋してくれるのではと現実離れした空想を抱いた。
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