犬の駅長

cassisband

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第1章

5.

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「いえ、こちらこそ。お役に立てるか、わかりませんが」
 こんな時、何と言ったらよいのだろうか。被害者の立場であるというのに、初めての経験に身の置き場をなくして、貴子はまごついた。
「まず、確認をさせていただきます」
 田中刑事がスーツの内ポケットから手帳を取り出した。
「午前八時二十分頃、北千住駅構内において、真野貴子さんが転倒。転倒は、何者かに突き飛ばされた可能性がある。間違いありませんか?」
 手帳から目線を貴子に移す。その視線が緊張しているのがわかる。今はまだ現状把握の状況なのだろう。貴子の証言によって、事件か単なる事故か、それとも事件なのか、判断されるということなのかもしれない。こういうことは慎重に答えた方がいい。
 貴子は「わからないんです」という言葉を飲み込んで、次に浮かんだ質問を田中にぶつけた。
「あの、突き飛ばされたというのは、どなたかからの情報なんでしょうか」
 貴子がまだ何も話していないのに、北千住駅からどのように警察に通報があったのか、疑問だった。
「目撃者です。一部始終見ていたわけではないようですが、あなたが階段から落ちる時に上の方にいたそうです。そこで、あなたが突き飛ばされたように見えたと言っています。ただ、直接押した場面を見たわけではありません。もう一人、あなたが転がった時に階段下にいたという人からも、個別に通報が入っています。挙動不審な人物が、あなたが倒れた後すぐ足早に去っていったのを見ていたというものです。二件の通報で伝えられた人物は、おそらく同一人物でしょう。もし、本当にあなたに故意に怪我を負わせたことが確かなら捜査の必要があるとこちらでは考えおります」
「それは、男の人ですよね。若い男……」
 慎重に対応しようと考えていた理性に反して、貴子は言葉を発していた。
 刑事が二人、やはりというように顔を見合わせる。貴子はあの若い男のつぶやきを思い出して、耳をふさいだ。ちょうどその時、病室の扉が開いた。
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