ガーデン【加筆修正版】

いとくめ

文字の大きさ
上 下
8 / 41

8・夜の庭で

しおりを挟む
夕食の支度を終えた杏は毛布を抱え、なつめのいるテントを訪ねた。

「風邪ひかないように、っておばあちゃんが。それからこれは夜食」

夕食のおかずを詰めた弁当箱を見たなつめはぱあっと顔を輝かせた。

「うわあ、ありがとう!晩ごはんは家から持ってきた食糧と缶詰でキャンプ飯作って食べたんだけど、あたしすぐお腹空いちゃうんだ。育ち盛りってやつだねきっと。ねえ杏、せっかくだから寄って行ってよ、あたしんち!」

自慢の我が家なのだろう。
なつめはテントの入り口を上げ、杏に手招きした。
本当は早く家に戻って家事の続きをしたかったが、せっかくの招待を断るのは悪い気がする。

「じゃ、ちょっとだけおじゃまするね」

「さあ、遠慮しないでゆっくりしてってよ!」

なつめに手を取られ招き入れられたテント内は思っていたより暖かかった。
床には柔らかいマットが敷いてあり、寝袋の横ではランタンが優しく光を放ち居心地が良さそうだ。

「ちゃんとお家になってる…」

杏は思わず声にして感心してしまった。
なつめが自慢したくなるのもよくわかる。
テントにはビニル素材の小さな窓もついていて、幼稚園児時代になつめと作った小さな秘密基地を思い出す。
それを伝えるとなつめは「やっぱりそう思う?」とうれしそうに目を輝かせた。

「あの頃は楽しかったよね。毎日遊んでさ、勉強もお手伝いもしなくて良くて」

なつめは懐かしそうに言ったが、杏は答えに困った。
楽しかったあの頃の思い出には母がいる。
だからできるだけ遠ざけたいと思っていた。

「そうだ、杏も泊まって行きなよ!」

「いや、それは遠慮します」

テントの中から外を見れば庭の暗さがかえって際立つ。
杏は心配になった。

「ひとりで怖くない?大丈夫?」

なつめがテントを設営した場所は、母屋から少し離れており周りは真っ暗だ。
家の明かりは届かず、小さなランタンではとても頼りない。
なんなら家の中で休んでもいいんだよと言ってみたが、なつめは全く動じる様子はなかった。

「うるさい親も兄弟もいないし、ここは最高に落ち着く場所だよ。不便なのもキャンプの醍醐味だし、それに仲間もいるから平気」

なつめはテントの辺りをうろついていた例のハスキー犬にぱっと抱きついた。
あまりに素早く捕獲され驚いたのだろう。
犬はなつめの腕の中から逃れようともがいたが、がっちり抱え込まれわしわし頭をなでられるうちにあきらめおとなしくなった。
しかし、なつめとじゃれ合うつもりは一切ないようだ。
観念した表情で水色の目は遠くを見ている。
余計なお世話と思いつつも、杏は聞かずにはいられなかった。

「ちゃんと仲良くしてる?大丈夫?」

「晩ごはん分け合った仲だもん、仲良しに決まってるじゃーん」

笑顔で答えるのはもちろんなつめだけだった。
ハスキー犬はそっぽを向いて聞こえないふりをしている。

「名前もつけちゃった」

「早いね」

「うん、うちら仲良しだもん。ね、ハス」

「ハ…ハス?」

ハスキー犬だからに違いない。
安直な名づけをどう評価しようか杏が迷っている間も、なつめはハスをなでまわしていた。
ハスのほうはじっと耐えおとなしくしている。
賢くて忍耐強い犬で良かった。
噛みつきあいの喧嘩に発展していないようなので放っておくことにした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

もふきゅな
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

処理中です...