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35・人の恋路

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家内だなんて、どうして光太郎はあんな嘘をついたのか。

そして

青山くんの目には、わたしはどんな人間に映ったのだろうか。
人妻であることを隠し思わせぶりな態度で青山くんの前をうろつく性悪女、といったところか。うわ、ヒドすぎる。

それもこれも全部光太郎のせいだ。

「光太郎…、許さん」

帰ってきたら絶対に抗議してやる。
居候家政婦だって人権があるのだ。
人の恋路をじゃまする奴がどうなるのか教えてやる!

わたしは、バケツから引き上げた雑巾をギリギリと絞り上げた。
こんな時でも業務優先、家事の手を止めることもできないのがまた悲しい。

ご主人様のために床を磨き上げながらため息をつく。
雇われの身であるわたしは、あの場で光太郎に反論できなかった。
雇い主の機嫌を損ねクビにされたくなかったからだ。
経済的自立というものは重要だとつくづく思う。
早くお金を貯めて自由になろう。
床に雑巾がけする手に力が入った。

せめて青山くんの誤解をとくことができたらと思う。
彼には本当のことを知ってほしい。
せっかく再会できたのに、また仲良く話せそうだったのに、軽蔑されたままフェードアウトなんていやだった。

「そうだ」

わたしは床掃除の手を止め、立ち上がった。

青山くんと交換した番号がある。
電話して、光太郎の妻ではないと訂正しよう。
それから、もし言えたらだけど、好きだと伝えるのだ。

怒りで頭に血がのぼり少々興奮気味なせいか、いつになく素早く思い切った行動に出ている自分に驚いた。

しかし

青山くんの電話はつながらなかった。
電波の届かない場所にいるのか、
電源を切っているのか、
はたまたわたしと話したくないのか。
悪い想像は容易に浮かんだが、ただひとつ救いなのは電話口で罵倒されたわけじゃないことだ。

それがどれほどの救いになるのか
正直わからないのだが、
やっぱりこれだけは言わずにいられなかった。

「光太郎の、バカ~!」
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