20 / 74
20・海へ
しおりを挟む
海が見たい、と言い出したのは洋太郎だった。
「ハワイで海など見飽きただろう」
「日本の海が見たいんだよ俺は。久しぶりに帰国したんだからお兄ちゃんの希望を聞いてくれよ」
「面倒くさい」
「仕事オフで暇なんだろ遊ぼうぜ」
洋太郎がこの家にやって来て数日、顔を合わせれば何かともめるふたりを眺めるのは結構楽しいことにわたしは気づいた。
この兄弟喧嘩のパターンは洋太郎がごね続け光太郎が最後は折れる、そんな感じだ。
洋太郎が弟にじゃれたいのは一目瞭然で、弟の光太郎も実は楽しんでいるのではないかと思う。
今回も最終的には洋太郎の希望が通り、わたしたちは鎌倉の海へドライブすることとなった。
お弁当もあったほうがいいだろうと判断しさっそく支度に取りかかる。
海なんて学生時代に志麻子たちと出かけたきりだ。
あれだって遊びではなく、学校の課題のための撮影だった。
当時のことをなつかしく思い出す。
海なし県出身のわたしは電車の窓から見える海に内心大興奮だった。
課題そっちのけで裸足で砂浜を歩いていたら「遊びに来たんじゃないからね!」と志麻子に叱られたのだ。
あのとき一緒に叱られたのは、帰り際にきれいな貝を拾ってわたしにくれた人で、その人はわたしの…。
あれ?
そういえば最後にどこかへ遊びに出かけたのっていつだろう?
このところ働き詰めだったことを思い出す。
仕事中ではあるけど、また海に行けるなんてうれしいかも。
なーんて、うきうきしながら冷蔵庫を開けて思い出した。
しまった。
卵がない。
昨日のオムライスで大量消費したせいだ。
「卵焼きのないお弁当なんてありえない…」
つぶやいたわたしの言葉を「確かに。卵焼きはマストだよね」と、同じく冷蔵庫をのぞき込んだ洋太郎が引き継いだ。
「よし、俺今から卵を買って来る。美咲さんは残りのおかず用意してて」
助かった!なんて気が利く王子様なんだ。
光太郎なんて「出発時間まで仮眠を取るから起こしてくれ」と言い残し、さっさと自室に戻ってしまったというのに。
「すみません、じゃあ支払いはここから」
わたしは洋太郎に自分の財布を差し出した。
「いいよ俺が払うから」
洋太郎が受け取ろうとせず、その拍子に財布が落ちた。
「あ」
長年使ってきたぼろ財布、小銭入れのボタンは外れやすく、カード入れもゆるかった。
散乱した小銭を集めていると、落ちたカードを拾った洋太郎が一枚を凝視している。
わたしの免許証だった。
しまった、と思ったときは遅かった。
「…君、美咲さんじゃないの?」
「ハワイで海など見飽きただろう」
「日本の海が見たいんだよ俺は。久しぶりに帰国したんだからお兄ちゃんの希望を聞いてくれよ」
「面倒くさい」
「仕事オフで暇なんだろ遊ぼうぜ」
洋太郎がこの家にやって来て数日、顔を合わせれば何かともめるふたりを眺めるのは結構楽しいことにわたしは気づいた。
この兄弟喧嘩のパターンは洋太郎がごね続け光太郎が最後は折れる、そんな感じだ。
洋太郎が弟にじゃれたいのは一目瞭然で、弟の光太郎も実は楽しんでいるのではないかと思う。
今回も最終的には洋太郎の希望が通り、わたしたちは鎌倉の海へドライブすることとなった。
お弁当もあったほうがいいだろうと判断しさっそく支度に取りかかる。
海なんて学生時代に志麻子たちと出かけたきりだ。
あれだって遊びではなく、学校の課題のための撮影だった。
当時のことをなつかしく思い出す。
海なし県出身のわたしは電車の窓から見える海に内心大興奮だった。
課題そっちのけで裸足で砂浜を歩いていたら「遊びに来たんじゃないからね!」と志麻子に叱られたのだ。
あのとき一緒に叱られたのは、帰り際にきれいな貝を拾ってわたしにくれた人で、その人はわたしの…。
あれ?
そういえば最後にどこかへ遊びに出かけたのっていつだろう?
このところ働き詰めだったことを思い出す。
仕事中ではあるけど、また海に行けるなんてうれしいかも。
なーんて、うきうきしながら冷蔵庫を開けて思い出した。
しまった。
卵がない。
昨日のオムライスで大量消費したせいだ。
「卵焼きのないお弁当なんてありえない…」
つぶやいたわたしの言葉を「確かに。卵焼きはマストだよね」と、同じく冷蔵庫をのぞき込んだ洋太郎が引き継いだ。
「よし、俺今から卵を買って来る。美咲さんは残りのおかず用意してて」
助かった!なんて気が利く王子様なんだ。
光太郎なんて「出発時間まで仮眠を取るから起こしてくれ」と言い残し、さっさと自室に戻ってしまったというのに。
「すみません、じゃあ支払いはここから」
わたしは洋太郎に自分の財布を差し出した。
「いいよ俺が払うから」
洋太郎が受け取ろうとせず、その拍子に財布が落ちた。
「あ」
長年使ってきたぼろ財布、小銭入れのボタンは外れやすく、カード入れもゆるかった。
散乱した小銭を集めていると、落ちたカードを拾った洋太郎が一枚を凝視している。
わたしの免許証だった。
しまった、と思ったときは遅かった。
「…君、美咲さんじゃないの?」
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
年下の彼氏には同い年の女性の方がお似合いなので、別れ話をしようと思います!
ほったげな
恋愛
私には年下の彼氏がいる。その彼氏が同い年くらいの女性と街を歩いていた。同じくらいの年の女性の方が彼には似合う。だから、私は彼に別れ話をしようと思う。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
二人の甘い夜は終わらない
藤谷藍
恋愛
*この作品の書籍化がアルファポリス社で現在進んでおります。正式に決定しますと6月13日にこの作品をウェブから引き下げとなりますので、よろしくご了承下さい*
年齢=恋人いない歴28年。多忙な花乃は、昔キッパリ振られているのに、初恋の彼がずっと忘れられない。いまだに彼を想い続けているそんな誕生日の夜、彼に面影がそっくりな男性と出会い、夢心地のまま酔った勢いで幸せな一夜を共に––––、なのに、初めての朝チュンでパニックになり、逃げ出してしまった。甘酸っぱい思い出のファーストラブ。幻の夢のようなセカンドラブ。優しい彼には逢うたびに心を持っていかれる。今も昔も、過剰なほど甘やかされるけど、この歳になって相変わらずな子供扱いも! そして極甘で強引な彼のペースに、花乃はみるみる絡め取られて……⁈ ちょっぴり個性派、花乃の初恋胸キュンラブです。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる