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17・光太郎と洋太郎

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三人で囲む食卓は楽しかった。

無口な光太郎に代わり、サービス精神旺盛な洋太郎が場を和ませて盛り上げる。
わたしも上乗せされた給料分の働きをすべく、プロ彼女妻らしく振る舞う。

事前に夫婦のなれ初めシナリオも光太郎と打ち合わせたから、新妻として義理の兄からのいかなる質問もどんと来いなのだ。

わたしが考えたふたりの出会いはこうだ。

光太郎が先輩俳優に無理矢理呼び出されて参加した合コンで、わたしたちは出会った。
光太郎にひとめぼれしたわたしが猛烈アプローチを続け、彼が根負けする形でめでたくゴールイン…てな流れだ。

ところが最初にこのなれ初め案を説明したら、光太郎は鼻で笑った。

「陳腐だな。俺は合コンなど行かない」

「なるほど。では別案をご説明しますね」

ふふん。
ダテに見習い脚本家としてこれまで企画書にダメ出しされ続けてきたわけではない。
涼しい顔で、当然用意してある別案の説明に入った。

「光太郎さんがわたしに熱烈アプローチ。何度も告白しては断られ、それでもわたしを追いかけて最後は土下座で泣き落としプロポーズ、という案もあります。ただし、こちらは光太郎さんにも新婚バカップル的演技が必要になると思いますが大丈夫ですか?」

自らのバカップル演技を想像し、考えを改めたのだろう。
光太郎は悔しそうに最初の案を認めた。

「…最初ので構わない」

「承知しました。わたしが光太郎さんにベタぼれ路線の方が、お兄様への説明も光太郎さんの演技も楽かと思います。他に何か付け加えたいエピソードがあれば採用しますけど?」

「…いや、君に任せる」

勝った。わたしは心のなかでガッツポーズをした。
そんなわけで、わたしは健気に尽くす新妻として振る舞っている。
自分が食べるのも後回しで夫・光太郎の世話を焼くわたしに、洋太郎が声をかける。

「そんなに気を遣わなくてもいいよ美咲さん、ほら一緒に食べよう」

「いいえこれが仕事ですから。ほら、なんと言ってもわたしプロ彼女ですし、あはは」

場を盛り上げようと言ってみたが、光太郎ににらまれた。
調子に乗りすぎてボロを出すなということだ。
洋太郎もちょっと驚いた顔でわたしを見る。

「自分からプロ彼女って言う人初めて見たな」

「そ、そうですか?でも今はプロ彼女改めプロ妻ですね。プロフェッショナルな妻を目指してこれからも頑張ります。わたしは光太郎さんのことが大好きですから!」

力強く宣言したのだが、洋太郎はあっけにとられた顔でわたしを見ているし、光太郎はうつむいているから顔が見えないけど、箸を持つ手の震えから判断するにあれは絶対怒っている。

しまった。
どうやらちょっとやりすぎたようだ。

なにか言わなくてはと焦っていたら、突然洋太郎が「美咲さん」とわたしの手を取った。

「は、はい?」

「弟を大事に思ってくれてありがとう。俺は…俺は嬉しいよ」

「は…はあ」

感極まって涙ぐんだ眼で、洋太郎は弟に語りかける。

「こんなに光太郎のことを大切にしてくれる女性が現れるなんて…光太郎、お前本当によかったな。だってあんなことがあったら普通…」

「うるさい」

いきなり光太郎が音を立てて席を立ち、洋太郎をにらみつけた。

「余計なことばかりしゃべるな」

そして「もう寝る」とだけ告げると、さっさと寝室へ戻ってしまった。

「ごめんね美咲さん。俺のせいで光太郎を怒らせて」

洋太郎は申し訳なさそうな顔で、夕食後の皿洗いを手伝ってくれた。

「明日も撮影があるから早く休んだだけですよ。気にすることありません。光太郎さんは仕事熱心な人ですから」

「そうか、相変わらずだな」

「そうなんですか?」

「昔から働き者なんだ、俺たち兄弟は」

洋太郎はニコッと笑ってみせた。

「親がいなかったから、学費も自分たちで稼いだ。バイト掛け持ちして授業に出て遊ぶ暇なし。光太郎がスカウトされてモデルの仕事を引き受けたのは、短時間でまとまった金稼げるから」

「そうだったんですか…」

「だけどあいつ、結局大学には戻らなかったんだ。仕事が忙しくなり過ぎたって言ってたけど、本当の理由は…」

そこまで言いかけて洋太郎は口をつぐんだ。

「やっぱり俺、しゃべりすぎだね」

おやすみ美咲さん、と洋太郎も自分の部屋に引き上げていった。
ひとり残ったわたしは食後のお茶を飲みながら考えた。
仲の良い兄弟がぎくしゃくするのを見るのはつらい。
カミングアウトは難しいことだと思うけど、いつか光太郎が兄である洋太郎には本当のことを打ち明けられたらといいなと思った。
洋太郎が言いかけてやめた言葉の続きも少しだけ気になったが、これ以上雇い主のプライベートに立ち入るのはやめておくことにした。
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