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10・いざ、初日

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とにかく前に進むのだ。
日当一万円!と、気合を入れて迎えた勤務初日。

高級タワーマンションの入り口でまず手間取って、壁に配置されたタッチパネルからようやく電灯の場所を探り当て、ここでは手動ではなく電動でカーテンを開閉するのだと気づいたときには、その日のイライラと疲労感はマックスとなっていた。

しかし、実際最上階からの眺望は素晴らしいもので、最初に感じたイライラと疲れも吹き飛んだ。

さすが売れっ子俳優の部屋だ。

高そうな革張りのソファに座ってここから外の景色を眺めていたいところだが、仕事をしなければならない。
美咲の残したやたらと細かい指示ばかりのメモを読んでいく。

室温は25℃、湿度は40%をキープし空気清浄機を24時間稼働させること。
巨大な冷蔵庫の中には海外のミネラルウォーターとガスウォーターを6本ずつ常に冷やしておく。
朝食のスムージーは小松菜2束、リンゴ四分の一、ケール一枚(すべて有機栽培の国産)、お皿にナッツをひとつかみ(もちろんナッツの種類と比率も指示があった)。

体が資本の仕事だから体調管理は万全にしたいのだろうが、これをやるのは池上光太郎氏本人ではない。
世のプロ彼女たちは案外大変なようだ。
愛情のなせるわざとも言える。

しかし今この仕事を任されたわたしには愛情はない。
この面倒な仕事をこなす原動力は、お金だけ。
ビジネスとして、食事の買い出し、仕込み、掃除洗濯をやっつけていく。
気がつくと夜十時を回っていた。

くたくただったが勤務初日だ。
挨拶してから休ませてもらおうと思い、雇い主の帰宅を待つことにした。
しかし、肝心のご主人様は待てど暮らせど現れない。
例のソファでうたたねしていたら、ドアの開く音がした。
午前一時すぎ。

「お帰りなさいませ、あのわたくし…」

玄関の明かりをつけようとしたが、複雑なタッチパネル操作がわからず薄暗いまま出迎えることになってしまった。
顔は良く見えないが、すらりとしたシルエットから、 

「これ」

と小さな旅行鞄を手渡された。

「三日分の着替えセットして。明日は五時に出る、食事はいらない」

言うだけ言うと暗がりの池上氏は自室に消えていった。

「お、おやすみなさいませ」

かくして、自己紹介もなく仕事初日は終わった。
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