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6・まだここにいる
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五十嵐先生の家でお世話になりはじめて数週間。
今日も掃除をして洗濯をして散歩して、ラッキーと留守番をしていると、先生が新企画の打ち合わせから戻ってきた。
「おかえりなさい」
「ただいま。あのねかのこちゃん、これ見てほしいんだけど」
浮かない表情の先生が鞄から出したのは、一冊の企画書だった。
読んでみて、と先生が言うので受け取り目を通した。
あれ?
どこかで見たことのあるタイトルだな、と思って読み進むうちに、頭を強く殴られたような衝撃を受けた。
「せ、先生…これわたしが書いた企画書です」
「やっぱりそうか」
それは、火事騒ぎの最中にやっとの思いで提出した、例の企画書だった。
海外ミステリーの原作を、舞台を日本に変えたドラマの企画だ。
ストーリーに厚みを持たせるために原作にないキャラクターも加え、展開を工夫して、すぐに脚本にできるくらいまで練りに練ったプロットも添えてあった。
それがそっくりそのままここにある。
ないのはわたしの名前だけだった。
「かのこちゃんの企画書よね」
「はい…」
まだプロット代も支払われていないのに、わたしには連絡ひとつなく企画会議は着々と進んでいたのだ。
裏切られた。
心血注いだ企画書とこんな形で再会するとは、いろんな意味でショックだった。
「企画書はもちろん、プロットもよくできてる。本当ならこれはわたしじゃなくて、かのこちゃんが脚本も書くべきだと思う」
「そうなったらうれしいですけど…、無理なのもわかります」
そうなのだ。
企画を通すには無名の新人じゃまず無理。
視聴率を取るにはメジャーな脚本家の名前が必要だ。この企画書が通ったのも、内容うんぬんではなく、有名な五十嵐先生が書くこと前提だからだ。
先生は黙っていることもできたというのに、ちゃんとわたしに知らせてくれた。
それが救いだ。
「気にせず書いてください。放送が楽しみです」
「わかった。でもプロット代はきっちり払うようにわたしから言っておくから」
「助かります」
ごちゃごちゃグチっても仕方がない。
これでわたしは企画書を書けることが証明できたのだ。
これからも会議を通る企画書を書き続け、浮かび上がってチャンスをつかめる日を待つしかない。
しかし、あてにしていたプロット代が振り込まれるのはしばらく先になりそうだ。
足のケガも快方に向かいつつある先生のところに、いつまでも居候し続けるわけにはいかない。
部屋を借りたいが、困ったことにわたしの所持金はここへ来てから増えていない。
食費・水道光熱費・住居費をタダにしてもらっているだけでもありがたい状況だ。
貯金を増やすために昼間のバイトを探したいが、それでは先生の家での仕事がおろそかになる。
残る道は深夜バイトを見つけるしかない。
削れるものは睡眠時間くらいだ。
企画書もばんばん書きたいし、一日が二十四時間ではなく六十時間くらいあるなら可能だ。
ありえない前提で考えても、いまいち気力がわいてこなかった。
ぼんやりしていたら志麻子から着信があった。
マンションを引き払った志麻子は、今から地元に戻るらしい。
わたしも今の状況をざっと説明する。
「五十嵐先生のところなら安心だね」
「服、ありがと助かってる」
志麻子からもらった服のおかげで新たに服を買わずに済んでいた。
「それから結婚おめでとう」
あの日別れて言いそびれたままだったから、ちゃんと言えてよかった。
「ありがとかのこ」
志麻子の声に重なって、聞き慣れた駅のアナウンスが聞こえてきた。
わたしたちが過ごした街の駅のものだ。
都心へ向かう人を乗せ、のろのろと志麻子の待つホームに入って来ているのだろう。
学生時代は、あの電車がわたしを行きたい場所へ連れて行ってくれるように思っていた。
そんなのは気のせいで、ただ混雑するターミナル駅に降ろされるだけだったけど、やっぱりあの電車に乗って都心へ近づくときはいまだにどきどきする。
じゃあね、と言って志麻子との通話は終わった。
さみしくなるがわたしはまだここにいる。
今日も掃除をして洗濯をして散歩して、ラッキーと留守番をしていると、先生が新企画の打ち合わせから戻ってきた。
「おかえりなさい」
「ただいま。あのねかのこちゃん、これ見てほしいんだけど」
浮かない表情の先生が鞄から出したのは、一冊の企画書だった。
読んでみて、と先生が言うので受け取り目を通した。
あれ?
どこかで見たことのあるタイトルだな、と思って読み進むうちに、頭を強く殴られたような衝撃を受けた。
「せ、先生…これわたしが書いた企画書です」
「やっぱりそうか」
それは、火事騒ぎの最中にやっとの思いで提出した、例の企画書だった。
海外ミステリーの原作を、舞台を日本に変えたドラマの企画だ。
ストーリーに厚みを持たせるために原作にないキャラクターも加え、展開を工夫して、すぐに脚本にできるくらいまで練りに練ったプロットも添えてあった。
それがそっくりそのままここにある。
ないのはわたしの名前だけだった。
「かのこちゃんの企画書よね」
「はい…」
まだプロット代も支払われていないのに、わたしには連絡ひとつなく企画会議は着々と進んでいたのだ。
裏切られた。
心血注いだ企画書とこんな形で再会するとは、いろんな意味でショックだった。
「企画書はもちろん、プロットもよくできてる。本当ならこれはわたしじゃなくて、かのこちゃんが脚本も書くべきだと思う」
「そうなったらうれしいですけど…、無理なのもわかります」
そうなのだ。
企画を通すには無名の新人じゃまず無理。
視聴率を取るにはメジャーな脚本家の名前が必要だ。この企画書が通ったのも、内容うんぬんではなく、有名な五十嵐先生が書くこと前提だからだ。
先生は黙っていることもできたというのに、ちゃんとわたしに知らせてくれた。
それが救いだ。
「気にせず書いてください。放送が楽しみです」
「わかった。でもプロット代はきっちり払うようにわたしから言っておくから」
「助かります」
ごちゃごちゃグチっても仕方がない。
これでわたしは企画書を書けることが証明できたのだ。
これからも会議を通る企画書を書き続け、浮かび上がってチャンスをつかめる日を待つしかない。
しかし、あてにしていたプロット代が振り込まれるのはしばらく先になりそうだ。
足のケガも快方に向かいつつある先生のところに、いつまでも居候し続けるわけにはいかない。
部屋を借りたいが、困ったことにわたしの所持金はここへ来てから増えていない。
食費・水道光熱費・住居費をタダにしてもらっているだけでもありがたい状況だ。
貯金を増やすために昼間のバイトを探したいが、それでは先生の家での仕事がおろそかになる。
残る道は深夜バイトを見つけるしかない。
削れるものは睡眠時間くらいだ。
企画書もばんばん書きたいし、一日が二十四時間ではなく六十時間くらいあるなら可能だ。
ありえない前提で考えても、いまいち気力がわいてこなかった。
ぼんやりしていたら志麻子から着信があった。
マンションを引き払った志麻子は、今から地元に戻るらしい。
わたしも今の状況をざっと説明する。
「五十嵐先生のところなら安心だね」
「服、ありがと助かってる」
志麻子からもらった服のおかげで新たに服を買わずに済んでいた。
「それから結婚おめでとう」
あの日別れて言いそびれたままだったから、ちゃんと言えてよかった。
「ありがとかのこ」
志麻子の声に重なって、聞き慣れた駅のアナウンスが聞こえてきた。
わたしたちが過ごした街の駅のものだ。
都心へ向かう人を乗せ、のろのろと志麻子の待つホームに入って来ているのだろう。
学生時代は、あの電車がわたしを行きたい場所へ連れて行ってくれるように思っていた。
そんなのは気のせいで、ただ混雑するターミナル駅に降ろされるだけだったけど、やっぱりあの電車に乗って都心へ近づくときはいまだにどきどきする。
じゃあね、と言って志麻子との通話は終わった。
さみしくなるがわたしはまだここにいる。
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