上 下
6 / 74

6・まだここにいる

しおりを挟む
五十嵐先生の家でお世話になりはじめて数週間。
今日も掃除をして洗濯をして散歩して、ラッキーと留守番をしていると、先生が新企画の打ち合わせから戻ってきた。

「おかえりなさい」
「ただいま。あのねかのこちゃん、これ見てほしいんだけど」

浮かない表情の先生が鞄から出したのは、一冊の企画書だった。
読んでみて、と先生が言うので受け取り目を通した。
あれ?
どこかで見たことのあるタイトルだな、と思って読み進むうちに、頭を強く殴られたような衝撃を受けた。

「せ、先生…これわたしが書いた企画書です」
「やっぱりそうか」

それは、火事騒ぎの最中にやっとの思いで提出した、例の企画書だった。
海外ミステリーの原作を、舞台を日本に変えたドラマの企画だ。
ストーリーに厚みを持たせるために原作にないキャラクターも加え、展開を工夫して、すぐに脚本にできるくらいまで練りに練ったプロットも添えてあった。
それがそっくりそのままここにある。
ないのはわたしの名前だけだった。

「かのこちゃんの企画書よね」
「はい…」

まだプロット代も支払われていないのに、わたしには連絡ひとつなく企画会議は着々と進んでいたのだ。
裏切られた。
心血注いだ企画書とこんな形で再会するとは、いろんな意味でショックだった。

「企画書はもちろん、プロットもよくできてる。本当ならこれはわたしじゃなくて、かのこちゃんが脚本も書くべきだと思う」
「そうなったらうれしいですけど…、無理なのもわかります」

そうなのだ。
企画を通すには無名の新人じゃまず無理。
視聴率を取るにはメジャーな脚本家の名前が必要だ。この企画書が通ったのも、内容うんぬんではなく、有名な五十嵐先生が書くこと前提だからだ。
先生は黙っていることもできたというのに、ちゃんとわたしに知らせてくれた。
それが救いだ。

「気にせず書いてください。放送が楽しみです」
「わかった。でもプロット代はきっちり払うようにわたしから言っておくから」
「助かります」

ごちゃごちゃグチっても仕方がない。
これでわたしは企画書を書けることが証明できたのだ。
これからも会議を通る企画書を書き続け、浮かび上がってチャンスをつかめる日を待つしかない。
しかし、あてにしていたプロット代が振り込まれるのはしばらく先になりそうだ。
足のケガも快方に向かいつつある先生のところに、いつまでも居候し続けるわけにはいかない。

部屋を借りたいが、困ったことにわたしの所持金はここへ来てから増えていない。
食費・水道光熱費・住居費をタダにしてもらっているだけでもありがたい状況だ。
貯金を増やすために昼間のバイトを探したいが、それでは先生の家での仕事がおろそかになる。

残る道は深夜バイトを見つけるしかない。
削れるものは睡眠時間くらいだ。
企画書もばんばん書きたいし、一日が二十四時間ではなく六十時間くらいあるなら可能だ。
ありえない前提で考えても、いまいち気力がわいてこなかった。

ぼんやりしていたら志麻子から着信があった。
マンションを引き払った志麻子は、今から地元に戻るらしい。
わたしも今の状況をざっと説明する。

「五十嵐先生のところなら安心だね」
「服、ありがと助かってる」

志麻子からもらった服のおかげで新たに服を買わずに済んでいた。

「それから結婚おめでとう」

あの日別れて言いそびれたままだったから、ちゃんと言えてよかった。

「ありがとかのこ」

志麻子の声に重なって、聞き慣れた駅のアナウンスが聞こえてきた。
わたしたちが過ごした街の駅のものだ。
都心へ向かう人を乗せ、のろのろと志麻子の待つホームに入って来ているのだろう。
学生時代は、あの電車がわたしを行きたい場所へ連れて行ってくれるように思っていた。
そんなのは気のせいで、ただ混雑するターミナル駅に降ろされるだけだったけど、やっぱりあの電車に乗って都心へ近づくときはいまだにどきどきする。

じゃあね、と言って志麻子との通話は終わった。
さみしくなるがわたしはまだここにいる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

年下の彼氏には同い年の女性の方がお似合いなので、別れ話をしようと思います!

ほったげな
恋愛
私には年下の彼氏がいる。その彼氏が同い年くらいの女性と街を歩いていた。同じくらいの年の女性の方が彼には似合う。だから、私は彼に別れ話をしようと思う。

車の中で会社の後輩を喘がせている

ヘロディア
恋愛
会社の後輩と”そういう”関係にある主人公。 彼らはどこでも交わっていく…

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

二人の甘い夜は終わらない

藤谷藍
恋愛
*この作品の書籍化がアルファポリス社で現在進んでおります。正式に決定しますと6月13日にこの作品をウェブから引き下げとなりますので、よろしくご了承下さい* 年齢=恋人いない歴28年。多忙な花乃は、昔キッパリ振られているのに、初恋の彼がずっと忘れられない。いまだに彼を想い続けているそんな誕生日の夜、彼に面影がそっくりな男性と出会い、夢心地のまま酔った勢いで幸せな一夜を共に––––、なのに、初めての朝チュンでパニックになり、逃げ出してしまった。甘酸っぱい思い出のファーストラブ。幻の夢のようなセカンドラブ。優しい彼には逢うたびに心を持っていかれる。今も昔も、過剰なほど甘やかされるけど、この歳になって相変わらずな子供扱いも! そして極甘で強引な彼のペースに、花乃はみるみる絡め取られて……⁈ ちょっぴり個性派、花乃の初恋胸キュンラブです。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

処理中です...