27 / 51
第3章 友情と信頼の在処
第25話 存在(第3章 完)
しおりを挟む
優子からの説教は既に三十分以上続いていた。畳に正座した足は、徐々に悲鳴をあげつつあった。
母ではなく指導役の顔をした優子の視線は、主に由美へと向けられている。隣に座る哉太はしきりに身を揺すっていた。
「聞いてるの?」
「聞いてるよ」
「言葉遣い!」
「はい、聞いてます」
新月の夜の翌日、由美と哉太の二人は強制的に学校を休まされ詰め所に連行された。その理由はもちろん、無茶な戦い方をしたことについての叱責だ。
主な要因は由美にある。人命を優先しすぎるあまり、当初の作戦を無視した行動をした。独断の判断であり、誰も予想しなかった行為だ。
「一人救ったことであなたが消えたら、後の百人に被害が出るのよ。さらに、後衛まで巻き込もうとした」
本日通算四度目の言葉には、反論の余地などなかった。目の前の一人を優先したことも、哉太を危険に晒したことも、本来あってはならないことだ。
「で、哉太も哉太。由美の馬鹿に付き合って、あんな力の使い方をして」
矛先は哉太へと向かう。ただでさえ複数の力を同時に使っているのに加え、核の位置を調べたのだ。代人の力を知る者からすれば、正気の沙汰とは思えない行動だった。
結衣から聞いた話によれば、哉太の負担は相当なものだったらしい。由美への《伝》を一時的に切断することで、それを軽減したそうだ。
それでも哉太の存在は薄くなってしまい、結衣は【最後の手段】を使ったと言っていた。詳細については、明確に答えてもらっていない。
「はい、すみませんでした」
哉太は素直に頭を下げる。心の内と行動に乖離があると、由美は直感的に察していた。
おそらくそれは優子にも伝わっている。だからこそ、何度も同じことを言われているのだ。
再び代人が抱える使命についての話が始まる。最終的には、可愛い義娘と引き取った男の子を失う悲しさという内容に変わっていた。涙目になる優子は、その名の通り優しかった。
足の痺れが限界を通り越した時だった。「わかったら、今日は休みなさい」と締めくくられ、その場から解放されることとなった。詳細な報告は、翌日の学校帰りと指示を受ける。
「いたたたたた」
「うおおぉ」
当然のように、二人はしばらく立ち上がることはできなかった。
詰め所からの帰り道、由美は哉太と並んで歩く。肩の高さも歩幅も、ほとんど変わらない。
「ここだけの話がふたつある」
「なに?」
正面を向いたままの哉太が、神妙な調子で話しかけてきた。敢えてふたつと言い切るということは、予め用意しておいた話題なのだろう。
「どっちからがいい?」
「どっちでもいいよ」
「じゃあ、真面目な方から」
「最初から決めてたでしょ」
「まぁね」
今となっては、無駄なやり取りさえ心地いい。二ヶ月前の由美であれば、想像すらしなかったことだ。
「戦う前に言ってた話な、手がかりが掴めたかもしれない」
「荒魂を操るって?」
「そう、それ」
続く哉太の説明は、由美を驚愕させるには充分なものだった。それも、複数の意味で。
「最初の二体までは、由美を守るための盾を作るのに集中してたんだよ。通常の後衛もやりながらできるか不安だったから」
「うん、助かったよ」
「で、最後は少し余裕ができたから、荒魂をくまなく調べようと思った。操ってる奴の手がかりが見つかるかなって」
「余裕って」
普通ではないことを、当然のように言ってのける。後衛としての能力であれば、哉太は由美を遥かに超えていた。もしかしたら、久隆以上なのかもしれない。
「で、たまたま核を見つけた」
「は?」
「それはどちらかというと、ついでみたいなもんでな」
「待って、詳しく」
哉太は犠牲を減らしたいという由美の意志を汲み、一射で荒魂を仕留めるように核を見つけてくれた。そう思っていたが、どうやら勘違いをしていたようだった。
由美の問い詰めを聞き流しつつ、哉太は話を続けた。自分の言いたいことで頭がいっぱいになっている様子だ。
「荒魂の中に、思念のようなものがあったんだよ。《伝》の感じにすごく似てた」
「そうじゃなくて……え、《伝》って?」
「うん、《伝》だった。俺が由美の腕を動かした時にそっくりだったよ」
そこまで言って、哉太は由美の横顔に目を向けた。意識は繋がっていなくとも、由美には彼の考えていることが手に取るように分かる。気に入っているよ、という意味を込め、髪を耳にかけてみせた。
「たぶん、代人じゃないけど、そういうのがいるんだと思う」
「そんなまさか」
「だから、一人でやったんだよ。由美ですらその反応だから」
「あ、ごめん」
哉太は少しむくれた表情を見せた。どうしても由美には、突拍子もない意見に聞こえたのだ。荒魂とは、ただ人を喰うだけの化け物と教えられてきた。長年培われた常識は、簡単に覆りはしない。
ただ、哉太が正しいかは別としても、荒魂に何かが起こっているのは確かだった。その要因を探るためには、元来の常識とは異なった行動をしないといけないのかもしれない。
「完全に信じるわけじゃないけど、可能性はあるかも」
「それは助かる」
「次もやるなら、やる前にちゃんと教えて。びっくりしちゃうから」
「了解」
「でも、言う事がある」
由美は歩きながら、隣の哉太に指先を突きつけた。自ら提案したものの、話がまとまりかけるのが気に食わなかった。
「私の涙、返して」
「は?」
昨日の夜、哉太は由美のために無理をして力を使ったと思っていた。しかし、それは大きな勘違いだった。あの時泣いてしまったことが、今更恥ずかしくなっていた。
「そこのワッフルで手を打つから、涙返して」
「どういうことだよ」
「いいの、奢って」
「はぁ?」
たまたま目に入った移動販売車へ向かい、由美は哉太の袖を引っ張った。トッピング全部乗せでも奢らせなければ気が済まないところだ。
「で、もうひとつは何?」
当初、哉太はふたつ話があると言った。荒魂を操る者の件がひとつとすると、もうひとつは何なのか、まるで見当がつかなかった。
由美に促された哉太は、苦笑いを浮かべながら口を開いた。
「ああ、次の日曜日、結衣さんとデートすることになった」
「は?」
「俺の存在を残すためにって、約束してくれてさ」
代人の存在とは、自分が自分である認識と、他者からの認識だ。力を使いすぎると双方が希薄になり、やがて世界から消滅する。逆を言えば、それらが強ければ多くの力を使っても消えずに残っていられるという事だ。
昨夜、義姉のした不可解な言動が思い出される。彼女の言った【最後の手段】とはこれだったのだ。
由美は無性に腹立たしくなり、大きなため息をついた。
「いらしゃいませ」
にこやかに挨拶をする女性店員に向かい、由美は満面の笑みを向けた。
「スペシャルワッフルのトッピング全部乗せを三つください」
第3章 友情と信頼の在処 完
母ではなく指導役の顔をした優子の視線は、主に由美へと向けられている。隣に座る哉太はしきりに身を揺すっていた。
「聞いてるの?」
「聞いてるよ」
「言葉遣い!」
「はい、聞いてます」
新月の夜の翌日、由美と哉太の二人は強制的に学校を休まされ詰め所に連行された。その理由はもちろん、無茶な戦い方をしたことについての叱責だ。
主な要因は由美にある。人命を優先しすぎるあまり、当初の作戦を無視した行動をした。独断の判断であり、誰も予想しなかった行為だ。
「一人救ったことであなたが消えたら、後の百人に被害が出るのよ。さらに、後衛まで巻き込もうとした」
本日通算四度目の言葉には、反論の余地などなかった。目の前の一人を優先したことも、哉太を危険に晒したことも、本来あってはならないことだ。
「で、哉太も哉太。由美の馬鹿に付き合って、あんな力の使い方をして」
矛先は哉太へと向かう。ただでさえ複数の力を同時に使っているのに加え、核の位置を調べたのだ。代人の力を知る者からすれば、正気の沙汰とは思えない行動だった。
結衣から聞いた話によれば、哉太の負担は相当なものだったらしい。由美への《伝》を一時的に切断することで、それを軽減したそうだ。
それでも哉太の存在は薄くなってしまい、結衣は【最後の手段】を使ったと言っていた。詳細については、明確に答えてもらっていない。
「はい、すみませんでした」
哉太は素直に頭を下げる。心の内と行動に乖離があると、由美は直感的に察していた。
おそらくそれは優子にも伝わっている。だからこそ、何度も同じことを言われているのだ。
再び代人が抱える使命についての話が始まる。最終的には、可愛い義娘と引き取った男の子を失う悲しさという内容に変わっていた。涙目になる優子は、その名の通り優しかった。
足の痺れが限界を通り越した時だった。「わかったら、今日は休みなさい」と締めくくられ、その場から解放されることとなった。詳細な報告は、翌日の学校帰りと指示を受ける。
「いたたたたた」
「うおおぉ」
当然のように、二人はしばらく立ち上がることはできなかった。
詰め所からの帰り道、由美は哉太と並んで歩く。肩の高さも歩幅も、ほとんど変わらない。
「ここだけの話がふたつある」
「なに?」
正面を向いたままの哉太が、神妙な調子で話しかけてきた。敢えてふたつと言い切るということは、予め用意しておいた話題なのだろう。
「どっちからがいい?」
「どっちでもいいよ」
「じゃあ、真面目な方から」
「最初から決めてたでしょ」
「まぁね」
今となっては、無駄なやり取りさえ心地いい。二ヶ月前の由美であれば、想像すらしなかったことだ。
「戦う前に言ってた話な、手がかりが掴めたかもしれない」
「荒魂を操るって?」
「そう、それ」
続く哉太の説明は、由美を驚愕させるには充分なものだった。それも、複数の意味で。
「最初の二体までは、由美を守るための盾を作るのに集中してたんだよ。通常の後衛もやりながらできるか不安だったから」
「うん、助かったよ」
「で、最後は少し余裕ができたから、荒魂をくまなく調べようと思った。操ってる奴の手がかりが見つかるかなって」
「余裕って」
普通ではないことを、当然のように言ってのける。後衛としての能力であれば、哉太は由美を遥かに超えていた。もしかしたら、久隆以上なのかもしれない。
「で、たまたま核を見つけた」
「は?」
「それはどちらかというと、ついでみたいなもんでな」
「待って、詳しく」
哉太は犠牲を減らしたいという由美の意志を汲み、一射で荒魂を仕留めるように核を見つけてくれた。そう思っていたが、どうやら勘違いをしていたようだった。
由美の問い詰めを聞き流しつつ、哉太は話を続けた。自分の言いたいことで頭がいっぱいになっている様子だ。
「荒魂の中に、思念のようなものがあったんだよ。《伝》の感じにすごく似てた」
「そうじゃなくて……え、《伝》って?」
「うん、《伝》だった。俺が由美の腕を動かした時にそっくりだったよ」
そこまで言って、哉太は由美の横顔に目を向けた。意識は繋がっていなくとも、由美には彼の考えていることが手に取るように分かる。気に入っているよ、という意味を込め、髪を耳にかけてみせた。
「たぶん、代人じゃないけど、そういうのがいるんだと思う」
「そんなまさか」
「だから、一人でやったんだよ。由美ですらその反応だから」
「あ、ごめん」
哉太は少しむくれた表情を見せた。どうしても由美には、突拍子もない意見に聞こえたのだ。荒魂とは、ただ人を喰うだけの化け物と教えられてきた。長年培われた常識は、簡単に覆りはしない。
ただ、哉太が正しいかは別としても、荒魂に何かが起こっているのは確かだった。その要因を探るためには、元来の常識とは異なった行動をしないといけないのかもしれない。
「完全に信じるわけじゃないけど、可能性はあるかも」
「それは助かる」
「次もやるなら、やる前にちゃんと教えて。びっくりしちゃうから」
「了解」
「でも、言う事がある」
由美は歩きながら、隣の哉太に指先を突きつけた。自ら提案したものの、話がまとまりかけるのが気に食わなかった。
「私の涙、返して」
「は?」
昨日の夜、哉太は由美のために無理をして力を使ったと思っていた。しかし、それは大きな勘違いだった。あの時泣いてしまったことが、今更恥ずかしくなっていた。
「そこのワッフルで手を打つから、涙返して」
「どういうことだよ」
「いいの、奢って」
「はぁ?」
たまたま目に入った移動販売車へ向かい、由美は哉太の袖を引っ張った。トッピング全部乗せでも奢らせなければ気が済まないところだ。
「で、もうひとつは何?」
当初、哉太はふたつ話があると言った。荒魂を操る者の件がひとつとすると、もうひとつは何なのか、まるで見当がつかなかった。
由美に促された哉太は、苦笑いを浮かべながら口を開いた。
「ああ、次の日曜日、結衣さんとデートすることになった」
「は?」
「俺の存在を残すためにって、約束してくれてさ」
代人の存在とは、自分が自分である認識と、他者からの認識だ。力を使いすぎると双方が希薄になり、やがて世界から消滅する。逆を言えば、それらが強ければ多くの力を使っても消えずに残っていられるという事だ。
昨夜、義姉のした不可解な言動が思い出される。彼女の言った【最後の手段】とはこれだったのだ。
由美は無性に腹立たしくなり、大きなため息をついた。
「いらしゃいませ」
にこやかに挨拶をする女性店員に向かい、由美は満面の笑みを向けた。
「スペシャルワッフルのトッピング全部乗せを三つください」
第3章 友情と信頼の在処 完
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
婚約者の浮気相手が子を授かったので
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。
ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。
アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。
ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。
自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。
しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。
彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。
ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。
まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。
※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。
※完結しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる