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第2章 記憶と相棒

第8話 友人

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 二学期が始まる。
 長かった夏休みも由美にとっては、訓練と戦い、それと課題に追われる日々だった。友人とは何度か会ったが、思い出といえばその程度だ。だからこそ、最後の最後に直面した出来事が強く印象に残っていた。
 原因となる本人は、最終的な手続きがあるとのことで、保護者の優子と共に朝早く家を出ていた。

「ふぅ」

 バスと電車を乗り継いで片道一時間強をかけ、由美は教室の自席へと腰を下ろした。首元のリボンはしっかり結び、スカートは膝下。長い髪は首の後ろでひとつに括っている。
 極力目立たないようにはしているものの、長身のためどうしても人の目を引いてしまう。注目されることを避けるため、無意識に猫背気味になっていた。
 
 男子生徒がちらちらと見る理由はそれだけではないのだが、由美本人がそれに気付くことはなかった。複数の視線が去ったところで、眼鏡の奥にある長いまつ毛を伏せた。

 ここ数日、由美は大変気疲れをしていた。納得したとはいえ、家に同年代の異性がいるのはどうも落ち着かなかった。
 風呂やトイレはもちろん、リビングでくつろぐことすら意識してしまう。そんな自分とは対照的に、結衣の前で浮かれているような哉太が恨めしかった。
 
 彼の意思や決意から相棒としては信用できそうだとは思うが、人として心を許す気にはならない。
 慣れるまでのしばらくは、違和感に耐える日々が続くのだろう。慣れる日が来るのだろうかとすら不安になってしまうくらいだ。
 まさか、学校の方が安心できるとは、由美にとって意外なことだった。

「はぁ……」

 思わずため息が漏れる。なんとか落ち着きを取り戻さねばならない。来週には哉太の編入が待っている。
 
「おはよ、由美。朝からため息?」
「おはよう、紗奈子さなこ

 椅子の上で丸めた背中を叩いたのは、山根やまね 紗奈子さなこ。前学年からのクラスメイトであり、由美が友達と呼べる数少ない存在だ。

「久しぶりだねー」
「うん」

 紗奈子は教室中に響くのではないかと思える大声で笑った。小柄で元気、制服は教員から咎められない程度に着崩している。短くまとめた髪と合わせて、由美とは正反対の印象だった。

「元気してたー?」
「うん」
「そっか、それはよかった。そんじゃねー」

 由美の背中を三度ほど叩き満足したのか、紗奈子は自分の席へと歩いていった。あの明るさには、いつも助けられている。
 去年の春、彼女が声をかけてくれなければ、今でも由美は学校で一人だったことだろう。

「そろそろ移動しろよー」

 不意に教室の入口から、担任教諭が呼びかける。今日は九月の初日であり、二学期の初日でもある。半ば中身のない儀式のような集会に向かうため、由美は立ち上がった。
 
 由美の通う私立辰浦たつうら高等学校は、この地域ではそれなりの有名校だ。小規模ながら学生寮も併設されており、少子化の中でもかなりの志望者数を誇っていた。
 その実、裏では政府の息がかかり、荒魂や代人に関わってしまった子供たちを救済する場所でもあった。

 唐突に親族を失い、自分自身が誰かもわからなくなってしまった少女がいる。目の前で親しい者が消えた光景を忘れられない少年もいる。少数ではあるが通常に入学した生徒と並び、青春の時間を過ごしていた。
 ただし、彼らは同じ境遇の学友がいることを知らない。学校ぐるみで、その事実は隠匿されていた。極一部の、特別な存在を除いて。

「ゆーみ」
「はーいー」
 
 学生にとっては退屈な始業式を終えれば、今日の予定はほぼ終了だ。後は簡単な連絡事項で解散となる。
 担任が教室にやって来るまでの僅かな時間に、紗奈子が話しかけてきた。屈託のない性格から友人の数は多い。その中でも自分を選んで話しかけてくれることを、由美は嬉しく思っていた。
 
 ただし今回だけは、少々困る話題なのが想像できた。笑いを堪えたような、騒ぎ出したくてたまらないような表情から出てくるのは、恐らく由美が深く関わっている内容だ。紗奈子を含む皆は、それを知ることはない。

「さっき噂が流れてるのを聞いたんだけどね、転校生が来るらしいよ」
「そ、そうなんだ?」

 驚いて見せた仕草は自分でもわざとらしいと思ったほどだが、紗奈子はさして気にした様子もなく話を続けた。

「応接室から出るのを見たって子がいてね、かっこいいんだってよー」
「へー、かっこいいんだ」
「お、相変わらず興味なし?」
「うーん、どうだろ」

 かっこいいと言われた、例の彼を思い浮かべてみる。背は高く、整った顔立ちをしていた。確かに外見は良い方だと思う。
 家の中を我が物顔で歩く姿は、由美にとってそういう類の問題ではなかった。単に厚顔なだけであるなら不快なだけで済む。しかし、無理をして馴染もうとしている必死さは、痛々しくて見ていて辛くなる。
 ただし、結衣に向ける緩んだ口元は、別の話だ。

「私はいつでも由美の色恋沙汰を期待しているんだけどな」
「そんな、私なんか」
「いやいやいや、由美がびっくりするほど美人なのは知ってるんだから」
「またそれー」

 このやりとりもいつものことだ。紗奈子は頻繁に由美を褒める。髪を切り、眼鏡を外し、服装を整えればモテるはず、とのことだ。繰り返しいわれても、どうにも理解できない意見だった。

「私だけが知ってるっていうのも、なんか優越感だけどねー。もったいないよー」
「いいの、私はこれで」
「まぁ、そういうならいいけどさー」

 不満げにはしつつも強制はしない。由美は紗奈子のそういうところが好きだった。

「席につけー」

 教室に担任の男性教諭が入って来る。若くてすらっとした体型のため、女子生徒からはある程度の人気がある。教え方が上手いという点では、由美としても悪い印象はない。

「じゃ、またね」

 自席に戻る紗奈子の背中を見送った後、教壇へと目を向けた。

「二学期からの転校生を紹介する。噂になってるから、たぶん知ってるだろ? さ、入って」
「はい」

 担任に促され、転校生が教室に足を踏み入れた。姿が見えると同時に、一部の女生徒が小さく歓声を上げていた。

「霧崎 哉太です。よろしくお願いします」

 黒板の前で、由美の同居人が頭を下げた。
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