上 下
63 / 86
第4章 仲間殺し

第60話「私を何だと思っているんですか!」

しおりを挟む
 リュールは身をひるがえし、殴りかかるゴウトを捌いた。力任せの直線的な動きを見切るのは、それほど難しくはない。
 日が落ちるまでに、何とか壁の街までたどり着かなければならない。移動を考えると、あまり時間の余裕はない。

「そういえば、殴り合いは初めてだったな。リュール」

 ゴウトの軽口に無言で返す。相容れないとわかった相手と会話をする気には、到底なれなかった。

「ルヴィエとお前はよく喧嘩していたよな」

 あの頃は大きく思えた体躯も、今となっては印象が違う。丸太のような腕から伸びる拳も、当たらなければ意味はない。
 それよりも、今はブレイダだ。彼女を手にしなければ、この場を切り抜けるのは不可能に近い。それがわかっているゴウトは、リュールとブレイダの間にその身を置いている。ブレイダ自身はスクアに動きを止められ、呼びつけることもできない。

「お前たちといる時は楽しかった」

 当てるつもりのない拳を繰り出すゴウトは、どこか楽しげだ。瞳に傭兵団時代のような優しい光が見え隠れする。

「ほら、もう少し小さく避けろリュール。反撃が遅くなるぞ。なぁ、ルヴィエ」

 この場にいない者に語りかける彼の言葉は、あの頃に戻っていた。人を恨み憎み、狂人となった恩人は、ひとり過去を見ているようだった。
 リュールはそれがたまらなく不快だった。何もできない自分にも、熱い怒りが込み上げる。
 こんな哀しみは、止めなければならない。例え、かつての仲間を殺してでも。

「どうしたリュール、もう疲れたのか?」

 顔面に向け殴りかかる腕に、側面から手刀を当てる。軌道が逸れた拳は、金属製の胸当てにぶつかった。衝撃に呼吸が苦しくなる。石のような拳を受けてその程度で済んだのは、騎士団の鎧を纏っているからだ。
 リュールは動きを止めたゴウトの腕を掴み、捻る。同時にその足を蹴り払った。

「うおっ!」

 勢いに任せ、ゴウトの体が回転する。そのまま背中から地面に叩きつけた。腕は捻ったまま顔面を踏み付け、叫んだ。

「俺の剣が、そのザマで良いと思うのか!?」
「ひゃ、リュール様」

 リュールの巨体を振りほどこうと、ゴウトが暴れる。長くは持ち堪えられそうにない。
 ここでブレイダが呼びかけに応えなければ、結果的に負けることになるだろう。しかし、リュールはそんなこと考えていなかった。自分の愛剣は、期待に応えないはずがないのだ。

「俺は今から仲間殺しをする! それに付き合え! 俺の剣なら当然だろう!」
「はいっ! お供します! させてください!」

 絶叫に近い声を受け、ブレイダが押さえつけられた体を動かす。スクアの小さくも力強い腕が徐々に緩んでいく。

「な、この、小娘!」
「私は小娘じゃない! 私を何だと思っているんですか! 私は、リュール様の剣、ブレイダですよ!」

 ブレイダは少しの隙間で身を捩り、スクアの脇腹に膝蹴りをいれた。一瞬だけ怯んだ隙を突き、鼻に向け頭突きを放った。

「むうっ!」
「どけ!」

 少女二人の体が離れる。ブレイダはスクアの鳩尾を下から蹴り上げ、吹き飛ばした。少女の全身が自由になる。

「リュール様!」
「ゴウト!」

 大剣と斧槍は同時に主人の名を呼び、駆け寄った

「ブレイダ!」
「スクア!」

 弟子と師匠であった男達も、愛用する武器の名を叫んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

私は何人とヤれば解放されるんですか?

ヘロディア
恋愛
初恋の人を探して貴族に仕えることを選んだ主人公。しかし、彼女に与えられた仕事とは、貴族たちの夜中の相手だった…

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

勇者に闇討ちされ婚約者を寝取られた俺がざまあするまで。

飴色玉葱
ファンタジー
王都にて結成された魔王討伐隊はその任を全うした。 隊を率いたのは勇者として名を挙げたキサラギ、英雄として誉れ高いジークバルト、さらにその二人を支えるようにその婚約者や凄腕の魔法使いが名を連ねた。 だがあろうことに勇者キサラギはジークバルトを闇討ちし行方知れずとなってしまう。 そして、恐るものがいなくなった勇者はその本性を現す……。

処理中です...