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末路
しおりを挟む波音で溢れているのに、なぜか静かに感じた。
荒い波に削られて出来た、暗い洞窟。
波は奥に進むにつれて、力を失い、洞窟の最奥は湖の様だった。
でも、島にあった綺麗な湖と違って、水は黒く見えた。
恐らく、洞窟が薄暗く、海水の下の岩も黒いからだろう。
「……」
まさか、私を此処で殺すために、おびき寄せた?
そんな勘ぐりをしてしまう。
だって、四人目は見当たらないし、人が住んでいるような形跡も無い。
後ろに立つ、京さんが恐ろしくて堪らない。
振り向いたら、鋭い爪で襲いかかる瞬間だったりして……。
「あ、あの……四人目の方は、どちらに?」
京さんから、距離を取るように振り返った。
無理に微笑んだ口角が引きつる。
「日中はお休みになっている事が多いので……」
そういうと、彼は、ざぶざぶ、海水の中に入って行った。
ゴツゴツした岩場も躊躇いが無い。
そして、膝下くらいまで海に浸かり、右手を入れて、海面を掻き混ぜた。
「……」
京さんが、何故、そんな事をしているのか分からず、眉を顰めた。
四人目は、今、海の中に居るのか?
此処から潜ると海底の通路があって、その先で暮らしているのだろうか?
「京さん……」
私が声を掛けると、彼は、目を丸くして驚いた顔をして振り返った。
何故か、少し嬉しそうに見えた。
「何をしているんですか?」
「え……あ、よ、呼んでます。お食事を持ってきた時にもこうしてます」
京さんの腕が、再び海水を掻き回した。
「あ、いらっしゃいましたね」
「……」
私は、ぎゅっと口を閉じて、四人目の方を待った。
どんな方だろうか?
同じくらいの年齢の方か、もっと年上なのか。
とにかく、同じ人間として、聞きたい事が沢山有る。
黒い海面に、うっすら、黒髪が見えて来た。
あまり長くない。おかっぱ程度の長さの髪だ。
鋭利な黒い岩場から覗く、海面の髪は……不気味だ。
ざばっ
頭が見えた。
「あっ……こ、こんにち……」
私の挨拶の言葉は、途中で失われた。
四人目の髪は、所どころ抜け落ちて、気の毒になる程だった。
顔は、生気が無く、青白く……鼻がふやけて、ブヨブヨしていた。
顎は魚のように突き出ていて……
体は、魚だった。
「ひぃい!」
人面魚だ。
島で、私を喰らおうとした人面魚と、同じ姿形だった。
「いやぁ……ど、どうして」
私は、腰を抜かすように、尻餅をついた。
震えが止まらない。
「大丈夫ですか⁉」
京さんが、心配そうに歩み寄ってきた。
「こ、来ないで!」
逃げるように力の入らない足で、ずりずりと下がった。
何故、四人目が人面魚に?
京さんを殺そうとして、人面魚にされてしまったのだろうか?
恐ろしいけれど、四人目に視線を向けた。
四人目は、大きな魚の体をくねらせ、必死に頭を海面から出して鳴いていた。
鱗は腹の部分が、やや黄土色で全体的に黒い。
濡れ乱れた薄い髪を振り回し、突き出た口をせわしなく動かしている。
ぼぎいぃ ぼぎぃぃ
京さんの背中に向かって、必死に鳴いていて、どこか、怒っている気がする。
「危ないので、ここでお待ちください」
京さんが、私に声を掛けてから、四人目に歩み寄っていった。
「すみません、食事はまだなのですが、貴方の人形を、お持ちしました」
京さんの懐から、人形の首が取り出された。
彼は、海に足を踏み入れ、さぁ、とソレを差し出した。
ぼぎぃぃ
四人目は、京さんの手から奪うように、人形の頭に噛みついた。
そして、食べ物だと思っているのか、木で出来た少女の頭を、ごりごりとかみ砕きながら泳いだ。激しく水しぶきが上がる。
その姿は、餌に食らいつく動物のようだった。
「もう……覚えていらっしゃらないですか」
京さんが、悲しそうに呟くと、四人目は、砕いた人形を吐き出した。
そして、怒った様子で尾鰭を振るい、彼に水を掛けた。
「……あ」
私は近くまで飛んで来た水しぶきを避けて、京さんに視線を送った。
彼は、降りかけられた海水など、気にも留めず、俯いて、泳ぎ去る四人目を見送っていた。悲しそうに、微笑みながら。
「……」
波の音が、洞窟の中に悲しく響く。
ぽつんと佇んでいた京さんが、私を振り返った。
ドクン
心臓が、恐怖で飛び跳ねた。
逃げなきゃ。
そう、思うけれど……この洞窟から出ても、海と崖しかない。
やはり、何処にも逃げる所なんてない。
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