人魚の餌

文字を追いかけて

この島の温泉までの道のりは険しい、夜に灯りを持って行くのも勿体ないし、男が海へ向かったのを見て、家を出た。

「あっ……」

歩いていると、地面に文字が書かれていた。

男、京さんが練習したようだ。

「うわぁ……いっぱい。真面目だなぁ」

私は微笑み、どれどれ、よく書けているかな、と文字を追い始めた。

草の間に隠れている『千代』『千代』

石をどかして書かれた『京』

野に咲く花の下に、道の端に。

「千代、千代……」

なんだか、気恥ずかしい。

「海、京……千代……」

宝物をさがしている気分で、京さんの文字を探して歩いた。


「あっ、此処にも」

落ち葉の下に、文字の一部が見えて、手で払いのけた。

「わっ！」

葉の下には、死んだ蝶と、群がる蟻たち。

蟻が文字で削られた地面に落ちていく。

蝶の足が、埋まっている。

『殺』の文字に。



「……」

息を潜め、すぐに落ち葉を戻した。

立ち上がり、元来た道を、駆け足で辿る。



「教えてない……私、そんなの教えてない」


あれは、どういう意味なのだろう。

洞窟には、書が沢山置いて有る。

教えてない文字でも、知っている字はあるだろう。

でも、なぜ……よりにもよって？


「人を食べるんじゃなくて……」

人を殺すのが好きなの？


体がぶるっと震えた。