僕、逃亡中。

いんげん

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捜査 迫る 【兄視点】

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 俺と桜川警部補が病院から戻り、報告をすると、書類にあった『伊藤祐多』について調査が始まった。記入されていた住所は無関係な人間の住所だった。名前も偽名が使われていた。しかし、星野紳一が入院していた病院を辿っていくと、一番最初に運び込まれた病院では、海棠夕太郎と名乗っていた事が分かった。
 今日は、捜査一課が該当する青年の家を尋ねる予定だ。俺は非番だったが、もしや理斗がソコに居るのでは無いかと、先回りし海棠建設までやって来た。建物の見える公園の駐車場に車を駐め、車外に出た。

 一課の車が海棠建設の駐車場に入った。

「……」
 無駄だと分かっていたが、理斗のスマホを鳴らそうと、自分のスマホを取り出した。すると、サイレントモードにしていたから気がつかなかったが、着信中だった。公衆電話だ。本能的に理斗からではなかいかと思った。逸る気持ちを抑え、冷静に振る舞おうと思ったが、画面をタップする指が震えた。
「はい」
 耳を欹てて、通話する向こうの様子を窺う。すると「あっ⁉」と驚くような声が聞こえ、五月蠅い音が続いた。
 声が……聞こえて来た……理斗だと思った。男にしては、少し高い声だ。俺は、車に戻り運転席に座った。

『理斗⁉ 理斗なのか⁉』
「あ、あの……」
『理斗だろう⁉ お前っ……今、何処だ⁉ 無事なのか? 直ぐに迎えに行く、場所を教えてくれ!』
 理斗が殺人犯と一緒にいるならば、追い詰められたソイツが理斗に危害を加えるかもしれない。もし、理斗があの男を殺した場合も、今後を悲観して良からぬ事を考えるかもしれない。心配と焦りが募る。車のエンジンをかけた。

「に、兄さん……あのね」
 理斗の声は、震えている。その声を聞くだけで、胸が痛い。
『何だ? どうした? 怪我でもしているのか?』
 このまま、電話が切られたら何も情報が無い。気持ちが焦る。どこへも走らせる事ができない車のハンドルを握りしめた。
「ま、まって……聞いて」
『あ、ああ。すまない。くそっ! 教えてくれ』
「僕は、大丈夫だから。それより調べて欲しい事があるんだ」
 理斗の電話は不自然に切れた。

「くそっ!」
 理斗は何故、星野紳一の安否について調べたかったんだ。やはり、星野剛が殺害された事に無関係では無さそうだ。恐らく……今、理斗と一緒にいる人間も。
 駆けつけたい。今すぐにでも、理斗の所へ。しかし、場所が分からない。

「何処だ……どこに居るんだ」
 闇雲に公衆電話を探し回っても意味が無い。恐らく、この星野剛の事件が理斗の居場所に繋がっているはずだ。

 俺は、星野紳一について擁護施設に問い合わせた。自分が出た施設だ、不思議な気分だった。電話対応をしてくれた職員は、俺が居た頃にも務めていた中年の女性で、当時を懐かしみながら、色んな話を聞かせてくれた。

 星野紳一は、俺が警察学校に通っている間に入ってきた子供で、理斗を迎えに行った日に、俺に砂を蹴りかけた少年だった。

『そういえば、理斗君が居なくなったあの日、紳一君に面会しにお父さんが来たのよね。一度も来たことが無かったのに、紳一君の誕生日だったからかしら。でも、紳一君、あの日は学校から直ぐに帰ってこなくて、夜になってやっと帰ってきたのよ。学校の方を見に行きますってお父さんが出て行ったから、最初は連れ去りかと心配したわ。でも。結局、入れ違っちゃっただけで、会わなかったって言ってたわ』
「……星野紳一くんの誕生日は、九月二日なんですか」
 俺はスマホを握りしめて、息を呑んだ。理斗は、あの日、ケーキを二つ買った。親しい友人がいるように見えなかった理斗は、俺の為に買ったのかと思っていた。理斗は、俺に星野紳一の話など一度もした事が無かった。

『そうなのよ。正直、子供の誕生日なんて祝いそうもない人だったから意外だったのよね』
「その日、紳一君の様子は、何か変な所はありませんでしたか?」
 理斗が何か事件に巻き込まれた現場に、彼もいたのではないか。だから、理斗は星野紳一の安否の確認をしたがったのか? 
でも、彼は帰ってきた。理斗は、彼の消息を知らない。そして、十年後、彼の父親が殺害された現場に、理斗が居た。理斗は星野剛に連れ去られていたのか?

『そうねぇ、元々、理斗君以外とは話もしない子だったから……理斗君が会いに来てくれなくなったから、行方知れずになった話もしたんだけど……驚くこともなくて、暗い顔をして、そうですかとしか言っていなかったわ』
「星野紳一君は、施設から失踪したんですよね」
『そうなのよ。当時は大騒ぎだったわ。朝、普通に中学校に行って、そのままよ。そしたら、三年後に暴力事件に遭って植物状態でしょ……所長がお見舞いに行ったけど、紳一君が居たときとは違う人だし、形だけよね』
「紳一君の私物は何か残っていませんか?」
『私物? あー、使える物は下の子達が受け継いだけど……あ、そうえば、メモ帳が一冊あるわ。多分、紳一君の物だと思うんだけど……』
「それ、貸して頂けますか!」
『え、ええ。良いけど……』
 俺は通話を終了させ、桜川警部補に連絡をし、車を走らせた。

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