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今の暮らし
しおりを挟む騒がしい夕太郎との生活は、寂しさも、事件も、少し遠くに感じさせた。忘れてしまった事と人に関して焦燥感は常にあるけれど、じゃあ、どうしたら良いかわからない。
山中で遺体で発見された身元不明の男性について、続報が無い。捜査は進んでいて情報が出ていないのか、それとも何も分かってないのか、毎日、新聞やニュース、夕太郎のスマホで色々調べては、一喜一憂している。
「おつかれさまでした」
僕は、週に三日ほど、サヤカさんが働いているキャバクラで厨房のアルバイトをしている。夕太郎の親父さんの紹介だ。お店の営業時間に関しては限りなく黒いグレーで法の規定より長そうだけど、僕はいつも二十四時に帰される。そのせいか、仲間達からはシンデレラボーイと呼ばれている。
「あー、おつかれ、シンデレラ」
「サヤカさん」
裏口から出た僕に、そこで電子タバコを吸っていたサヤカさんが手を振ってくれた。店のお客さんはエレベーターで出入りして、従業員は裏の階段を利用する。その階段付近がキャストたちの喫煙所にもなっている。サヤカさんの笑顔が輝かしくて、僕はいつも直視できない。彼女は、このお店のナンバーワンで、容姿だけではなく、内面でも人を惹き付け、皆から慕われる凄い人だ。前回の事件の時も、他の女性が連れて行かれそうになったのに、自分から名乗り出て、身代わりとなったならしい。
「お仕事偉いねぇ、おやつあげようか?」
「子供じゃ無いですから」
「だって、どう考えてもティーンだもん、それでアラサーとか詐欺だよ、ありえない」
サヤカさんが、僕の目の前までやってきて、ジロジロと僕を見た。白のドレスの胸元で、ネックレスが谷間に埋まりそうになっている。そのお胸が、僕にぶつかりそうになったので、一歩下がる。
「そう、ですよね。自分でも子供っぽいって思います」
「子供っぽいっていうか、ぴゅあぴゅあ感が凄い。可愛い。なんだろう、こう……笑わせたいし、泣かせたくなっちゃう」
楽しそうに笑ったサヤカさんが、グイグイ近づいてくるので、僕は両手を挙げて下がっていく。
「あの、あの……」
「ちょっと、サヤカ」
僕の背中が誰かにぶつかり、ごめんなさいと振り向いたら、夕太郎が立っていた。
「俺の飼い主を誘惑すんな」
「私が理斗を飼って、理斗が夕太郎を飼えば良いんじゃない? この食物連鎖の頂点はアタシだけど」
サヤカさんが僕の腕を掴んで引き寄せた。僕の腕に、柔らかい胸の感触が当たっている。ムニってなってる。夕太郎の胸も力が入ってない時は、結構ムニってなるけど。
「やだよ! 俺は嫉妬深いの。おい、その肉団子を押しつけるな。理斗、俺なら雄っぱいもあるし、快楽棒もついてるから一挙両得だからね。最近は結構働くしね」
後ろから抱きしめてきた夕太郎が、僕の頬にキスしている。確かに、夕太郎はヒモだという割に、週二日くらい働いている。家事も結構マメにやっているし、ヒモという表現は違うかも知れない。
「はいはい、アンタ、大体一年くらいで飼い主に逃げられているくせに。理斗、そいつに愛想が尽きたらウチにおいてあげるからね」
「あはは……」
どう答えて良いか分からず、とりあえず苦笑したら、夕太郎が「余計なお世話だ」と僕の腕を引いて歩き出した。
「あー、シンデレラが、畑のかかしに連れて行かれるわ」
背中でサヤカさんの揶揄う声を聞きながら、階段を降りる。
「俺は、野生の王子だよねぇ」
夕太郎が僕の顔を覗き込んで、ヘラヘラと笑った。確かに、夕太郎の顔は良い。近くでジッと見ると、繊細な美形。だけど、雑に染められた金髪と服装のせいでヤンキーかチンピラの印象が強い。
「夕太郎が王子なら、僕も王子になれるよ」
「理斗は、王子ちゃまか、坊ちゃまだよ」
「……馬鹿にしてんの?」
「あー、うそうそ。理斗は俺の王様だよ」
「……」
「我が王! 貴方の犬は、今日一万五千円の日給と、スポーツドリンク一ケースを賜りました!」
「え、ほんとに⁉ 夕太郎、凄いじゃん」
「へへへへ、もっと褒めて」
顔をクシャクシャにして、頭を掻いてデレデレと笑う夕太郎は、子供みたいで可愛い。デカいけど。
「偉い、偉い。発泡酒買って良いよ」
夕太郎の金髪の頭を撫でながら、なぜか僕まで嬉しくなった。
「理斗のジャイアンコーンも買えちゃうね」
「パーティだね」
「だねぇ! そんで、理斗の白い太股に垂れたアイスを俺がペロってさぁ」
「……」
「しません。そんなことするわけない」
「アイス民にする。一口だから」
「あー、あー、余計な事しないからぁ、発泡酒いらないから、ジャイアンコーン三個買おう。さぁ、めざせドコドコホーテ!」
夕太郎が僕の後ろに回って、肩を掴み、電車ごっこを始めた。
楽しかった。夕太郎との生活は、いい加減で、自由で、温かくて――楽しかった。
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