神様のひとさじ

いんげん

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ロバ

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「……あれ?」

 ラブが目を覚ますと、何度か来たことがある、診察室だった。

 クイナが近くに居るのかと、首を動かすと、ベッドの脇でヘビが丸椅子に腰掛けていた。
 ヘビの大きな手が、不自然な所で止まり、ラブの視界に入る照明の明かりを遮っていた。

「……気がついたか?」
「ヘビ……」
「具合はどうだ?」
「う、うん。大丈夫」
 ラブは、体を起こしながら、何が起きたのか思い出した。

「アダムは、各部屋の調査に立ち会っている」
「あっ……うん」
「なぁ、もし……体調が悪くないのならば、聞きたい事があるんだが」
 ヘビは、膝の上で手を組んで握りしめた。

「う、うん。なあに?」
「外へ出ても良いか?」
 ラブが、首を傾げてから頷くと、ヘビがラブのサンダルをベッドの下から取り出して並べた。ラブは御礼を言って立ち上がると、ふらついてヘビの方に倒れ込んだ。

「大丈夫か? 今日はやめておくか」
「ううん、ごめん。行こう。平気だよ」
 ヘビの胸についた手をポンポン叩き、目を逸らしながら笑った。

 ドキドキした。ヘビの体温、匂いを感じただけで、ラブは顔が赤くなり、心臓が走り出した。

「重症だ……」
「どうした⁉」
「あっ! 何でも無い! 独りごとだよ」


 夕べの寝不足もあって、ラブは長い時間眠っていた。
 コロニーの外に出ると、太陽はもう真上から西の方へ傾いていた。夕日に目を細め、ラブが体を伸ばし、大きなあくびをした。

「ん~」
 緊張感の無いラブに、ヘビも肩の力を抜いた。

「なぁ、昨日は何処へ行ったんだ?」
「楽園だよ」
「それは、元のコロニーか?」
「うん、何かそんな感じみたい」
 ラブは、髪を梳いて、ヘビに背を向けて立った。

「本当に、驢馬は見ていないのか?」
「……わかんない。暗かったし。でも、居なかったと思うよ」
「そうか」
 ヘビは、ラブを追い抜いて足を進めた。ラブがヘビの後をフラフラ歩いて付いていく。

「あのね、ヘビ」
「何だ?」
「ヘビがコロニーから出た時、お外はグチャグチャだった?」
「それは、この地面がということか?」
「……出口の所」
 ヘビは、目を閉じて考えた。

「まぁ、所どころ、泥が落ちていたりはしたな……」
「ラブ達が、出た時……出入り口の地面、ぐちゃぐちゃしてた」
「……」

「ねぇ、もし、もしも……ラブが、驢馬を殺して、隠したら……ラブの耳とられて、それからどうなるの? 閉じ込められる、お部屋は、真っ暗?」

 ラブは、頭を抱えるように両耳を押さえて、しゃがみ込んだ。
 ヘビの方から大きな溜め息が聞こえた。ラブの潤んだ視界に、ヘビのブーツが入り込んできた。

「アダムを庇うつもりか?」
 ヘビがラブの震える手を取り、耳から外した。

「ちがうよ!」
 ラブは、泣きそうな顔でヘビを見上げた。

「お前が殺したと言っても誰も信じない。アダムが今より怪しまれるだけだ」
「アダムじゃ……ないよ」
「俺もそう思う」
「え? どうして?」


「殺すなら、アイツは殴った時に殺してる。それに、殺したなら、わざわざ戻ってくる理由がないだろう。お前を連れて、さっさと此処を出て行けば良いだけだ」
「そっか……そうだよね!」
 ラブは、勢いよく立ち上がった。

「あのね……実は、コロニーから出た時に、変な匂いがしたの」
「匂い?」
「うん……ちょっと臭かった。あれって、驢馬の血の臭いだったのかなぁ?」
 そう考えると、恐ろしくてラブは手で顔を覆った。

(アダムは、何で一度外に出たんだろう。アダムに聞くまで、ヘビにも話せない……)

「そうかも知れないな。お前達は、馬に乗って出かけたのだろう? 驢馬の腕輪は見なかったか? やや蓄光するから、夜でも目視できるはずだ。アレが見つかれば……驢馬が誰と連絡を取ったか分かる。ソイツと外で待ち合わせて、問題があったのかも知れない」
「腕輪……馬、早かったし、よく……わからな……あっ!」
「どうした?」
「アダムが、途中、動物のお肉が落ちてるって……うぅ……」
 ラブは、閃いて想像し、再び俯いた。ヘビの手が、慰めるようにラブの背を撫でた。

「……どの辺りだ?」
「ここから走って……ちょっと行ったあたりだったと思うけど。驢馬、やっぱり獣に襲われたのかなぁ?」
「何とも言えない。部屋に送る。その後、探しに行ってみる」
「一緒に行くよ。あの、林の前辺りだよ」
 ラブは、荒野の先の林を指さした。

「すぐそこに有るようで、歩いたら遠い。疲れるぞ」
「そうなの? 馬、また来てくれれば良いのに」
「その馬、アダムが呼んだら来たのか?」
「うん。こうやって、指をお口に入れて、ぴゅーって」

 ラブが真似をするが、口からは漏れ出る空気音しかしない。
 手を変え、何度も吹いてみるが、無理だった。ヘビが鼻で笑っている。

「馬! 白の馬さーん!」
 自棄になったラブが、叫んだ。すると――山の中から、何か動物が駆けてくる音がした。

「下がれ」
 警戒したヘビが、ラブを背中に庇い、拳銃を構えた。


 すると、足の速い何かが、ガサガサと低木を掻き分け、茂みから飛び出してきた。

『アー!』
 一瞬、馬かと思ったけれど、昨日の馬よりも遥かに小さく、濃い茶色の毛並みで、口元と目元が白い。

「ロバか?」
 危険が無さそうだと判断したヘビは、拳銃をしまった。

「驢馬⁉ えっ、動物に生まれ変わったの?」
「違う、ややこしいな……こいつは、ロバと呼ばれていた動物に似ている」
「へぇ~」

『アー』
 やって来たロバは、ラブに懐き、ひとしきり鼻を擦りつけた後、ラブを鼻で突き、自分の背に乗れという動きを始めた。

「乗せてくれるの?」
『アー』
「ヘビ、手伝って」
「ああ……」
 ヘビは、ラブの手を取り、ロバに乗るラブを支えた。

「馬より怖く無い! わっ……あっ……うん……何か、乗れそうかも」

 カポカポとロバが歩き出した。

 ラブは、段々とロバと息が合ってきた。隣を歩くヘビの足は速い。長い脚が、前へ前へと進んでいく。ラブは、ぼけっとヘビを眺めた。

(こうして、ヘビと過ごせるのは、あとどれくらいなんだろう……驢馬が、獣に襲われたなら、やっぱり外は危険なんだと思うけど、やっぱり私は、外で暮らしたい。私達は、友達としても一緒には居られない)


 ラブは、胸が痛み、喉が閉まって、会話が出来なかった。

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