神様のひとさじ

いんげん

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行方不明者

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 ブザーの様な音が鳴り、ラブは目を覚ました。

 時計を見ると、午前九時を回った所だった。
 しまった、動物たちの世話をしに行かないと、体を起こすと頭上から放送が聞こえた。

『住民は居住区の一階部分に集まってください』

 ハジメの音声が、二度繰り返し、外から「何なの?」と人々の声が聞こえてきた。
 ラブも、手早く身支度を調えて、部屋の外へ出た。

 一階の中心部と、二階の階段部分には、人々が集まり、この集まりは何なのかと顔を見合わせている。過去にもハジメに全員が呼び出されることが、何度かあった。それは大概、問題が起きた時だった。今度は一体何が起きたのか、皆が晴れない表情で待機している。

「ねぇ、あんた驢馬の被害にあったって聞いたよ? 大丈夫?」
 ラブを見つけたアゲハが肩を寄せ、呟いた。

「う、うん」
「これから、驢馬が裁判されるの?」
「え? し、知らない」
 ラブは、首を振った。

 階段を降りて下まで辿り付くと、人より頭一個分ゆうに飛び出たアダムが歩み寄ってきた。

「ラブ、おはよう。まだ眠いよねぇ」
「ねぇ、アダム。何が始まるの?」
 もしも、自分の出来事がこんな大勢の場で議論されるなら、嫌だ。ラブは、アダムのTシャツを握りしめた。

「さぁ、朝から土竜が、ヘビたちに文句言ってたらしいけど」 
「あっ、来た」
 アゲハが居住区のドアを指さした。土竜とキボコに続いて、ヘビたち執行部が入って来た。皆険しい顔をしている。


「皆集まってるかしら?」
 クイナが、数を確認するように視線を走らせた。
 人々は、自然と彼らを中心に半円を描くように集まった。

「まず、報告したいんだが」
 ヘビがチラリと観衆に目をやり、話始めた。

「昨夜から驢馬の行方が分からない。夜二十三時以降に驢馬を見た者は居るか?」
 驢馬が居なくなった?
 どうして? ラブは、唇に手を当て、眉を寄せた。

「どうゆうことですか? 俺達、昨日は驢馬と呑んで、イルカに注意されて解散しました。その時、驢馬も部屋に戻ってましたよ」
 驢馬の取り巻きが言った。

「そうだ、それが二十二時の出来事だ。その後、驢馬は一人で部屋を出た。その後……ある女性に暴行しかけ、俺が注意し部屋に戻るように指示したが、戻らなかった」
 ヘビは、ラブから視線を外して言った。

「はーい、僕、会ったよ」
 アダムが手を上げた。
「いつ、何処でだ」
 土竜が聞いた。アダムの前に居た人々が道を開くように場所を移動した。

「んー、ラブを探してたときに、畑で」
「何を話した?」
「えー、秘密だよ」
 アダムは、ニコニコ笑いながら、耳を掻いた。

「話をしただけか?」
 ヘビが聞いた。

「んー、ちょっと顔面をグーで殴っちゃった」
 可愛らしく発言するアダムに、周囲がザワついた。

「どうして、そんな事したの?」
 ラブが、アダムの腕を引いて、小声で尋ねた。

「だって、驢馬がラブの事、馬鹿にするような事言ったから。許さないよ」
 駄目だった? アダムが叱られた子犬のように眉を下げた。

「でも、彼、元気に鼻血垂らして逃げてったから、その後は知らないよ」
「……」
 土竜と、キボコは何も言わず、稲子は居心地悪そうに顔を逸らしている。

『昨夜、驢馬が問題行動を起こしてから、暫くは動きを追っていました。彼は、ヘビに注意を受け、アダムに殴られ、誰かに連絡をしていました。事態は収束したと判断し、その後は追っていません。昨日は節電モードでしたので、誰と連絡をして居たのか、こちらに通信記録は残っていません。監視システムも重要施設以外はランダムに作動していました。コロニーの出入り口のカメラに残った驢馬の画像が一枚だけ有ります』

 ハジメが会話に参加した。

「見せてくれ」
 ヘビが言うと、『暗いので多少修正を加えました』ハジメが答え、居住区の壁に画像が映し出された。

 出入り口の前に、驢馬が倒れている。
 頭から血を流し顔を赤く濡らしている。彼方此方も、泥だらけ血だらけで、右腕と左足が玩具のように曲がっていた。

「きゃああ」
 女性の悲鳴が響く。アダムは、ラブを抱き寄せて画面が見えないように体の位置を変えた。

「これは……何時の映像だ?」
 ヘビが問うと、『二十三時、三十五分です』ハジメが答えた。

「俺とフクロウは、驢馬が見つからず、二十三時の少し前に、外に見回りに出た。その時に、驢馬は倒れていなかった。その後、小一時間捜索し、戻ったときにも彼はいなかった」
 フクロウが頷いた。

「僕らも、昨日の夜、外に出たよ。時間は覚えてないけど、驢馬みてないよ。帰って来たの朝だったけど、居なかったよ」
 アダムが、言った。

 ラブは、アダムの腕の中で、体が震えた。

(あの時、外に出た時……変な匂いがした。確かに驢馬は居なかったと思うけど……あれってまさか、血の臭いだった?)

「じゃあ、一体、あの子は何処に行ったのよ。この……生きているかも怪しい怪我で、自分で行方をくらませると?」
 キボコの声は、怒っているようでもあり、迷っているようでもあった。

 どんなに出来が悪い息子とはいえ、こんな映像を見せられて動揺しないではいられないだろう。驢馬が、ラブに性的暴行を働こうととした話は聞いている。ソレに関して、昨夜の時点で懲罰は免れないと思っていたし、碌でなしな息子に怒りを覚えていた。

『この怪我と出血量を考えると、生存の可能性は低いと思われます』

 場の空気を読まない、ハジメの発言に人々が言葉を失った。

「つまり、驢馬を殺した人間が、此処にいるということか?」
 土竜が言った。
「殺された、とは限らないのでは? 獣の仕業の可能性もある」
「そうか? 俺には暴行されたようにしか見えないがな」
 彼は、人を殴り殺したことがある。土竜は失った耳に触れて笑った。

「コロニーでの殺人は御法度、耳を切り落とされる奴が居るな。今回は、AI搭載のロボットは動いて居ない。俺がやってやるぞ」
「……」
 ラブは、恐ろしくなって耳を押さえてアダムの胸に顔を埋めた。すると、アダムはラブの頭を撫でて、背中を優しく叩いた。

「ろ、驢馬さんを探しましょう!」
 階段に足を抱えて座っていた鳩が立ち上がった。
「居なくなったということは、まだ生きてるって事もありますよね!」

「遺体が遺棄された可能性が高いわ。もし驢馬が、あの状態で生きていたとして移動できる範囲は少ないし、今のコロニーの全てをカメラで探したわ、でも見当たらない。なぜ見つからないかと考えれば、遺棄されたと考えるのが妥当よ。それと、コロニーの中で探してないのは、それぞれの居室だけね」

「ほんとアンタたちって、心も機械よね」
 キボコが、うんざりしたように髪を掻き上げた。

『クイナの発言は、客観的事実です。彼の遺体がコロニー内にあるとするなら、個人の居室が考えられます。彼が見つからないことはコロニーの損失です。遺体が有効活用できません』

 人々は静まり返り、呼吸も止めた。

 機械にとって、人の遺体は人に非ず。今まで死んだ人間は、セレモニーが行われ、沢山の花と共に棺桶に入れられた。その遺体は、土になると聞いていた。
 一体、どんな工程で土になるというのか。


「ハジメ! 暫く発言を控えろ」
 ヘビの声は強く、空気を震わせた。

「はっ……本当に機械っていうのは、しょうもないな。いい加減、こんなのに支配されていることが馬鹿馬鹿しくなってくる」
 なぁ、と土竜は聴衆に語りかけるように言った。

「この中で、部屋を探されて困る奴は居るか?」
「土竜、やめろ」
「いないだろ。そうなると、外に出た奴らが息子を殺って隠した可能性が高いんじゃないか?」
 土竜は、ヘビとフクロウ、アダムとラブを順番に見た。

「昨夜の出入り口の開閉記録は、九回よ。驢馬が一回、フクロウとヘビが出入りで二回、アダムとラブさんが二回と考えても、あと四回開いているわ。彼らに嫌疑をむけるのは早いわよ」
 クイナが土竜を窘めた。

(アダム、私と出る前に、一度出入りしてた……言わないのかな?)

 ラブは、アダムを見上げたけれど、アダムはニコニコ笑っている。
 まさか――恐ろしい考えがラブの中で湧き上がった。ガタガタと体が震える。

(もしも、もしも……アダムが驢馬を殺したとしたら? それって、きっと私の為だ。それがバレたら……アダムが耳を切り落とされて、閉じ込められちゃう?)

 ラブは、驢馬の安否よりも、アダムが心配だった。そんな自分に、嫌悪感も湧いた。
 気持ち悪い。ラブはアダムが皆に押さえつけられ……耳を落とされる姿を想像し、血の気が引いて、目の前が白くなってきた。

「……おい」
 ヘビが、ラブの異変に気がついて、声を掛けた。
「ラブ、大丈夫?」
 ガクッと足の力が抜けたラブの体を、アダムが支え、抱き上げた。
「ラブさん?」
 クイナが駆け寄ってきた。

「あー、僕らの部屋とか勝手に調べて良いよ。クイナ、ラブを診て」
「ええ」
 クイナが歩き出し、アダムが付き従った。

「とりあえず、解散しよう。もう一度、俺とフクロウで外を捜索に行く」
 ヘビは、ラブに心配そうな視線を向けてから、聴衆に向き合った。

「俺も行くぜ、証拠を隠滅されたら困るからな」
 土竜がヘビの前に進み出た。
「分かった」

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