神様のひとさじ

いんげん

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白馬の王子様が現実に

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「ラブ、どう? まだ寒い?」
 ラブは、温かいシャワーを浴びたあと、アダムに髪を乾かされ、ベットで布団に埋められた。
 いつの間にか、アダムの布団も運び込まれて、山のようになっている。

「もう、大丈夫」
 起き上がったラブを、アダムが心配そうに覗き込んだ。

「具合悪い? 顔色が悪いよ」
 ラブは、その真摯な瞳を見つめ返して、心が痛くなった。

「あのね、アダム……私……」
 自分はヘビが好きだ。ラブは、そう自覚して、どうしていいか分からず、頭を悩ませた。

「何? 僕は、ラブの為なら何でもするよ。君を傷つけた驢馬をやっつける?」
 アダムが拳を握って笑った。

「そうじゃないの……そうじゃなくて、私、アダムと一緒にいられない」
「どうして? もしも、驢馬に何かされたとしても、それは」
 ラブは、言葉の途中で首を振って、アダムの腕を掴んで言葉を止めた。

「私、ヘビが好きなの」
「……」
「だから……」
「それでも構わないよ」
 アダムが、ラブの手を掴んだ。

「僕は、それでも構わないよ。イブは、最初に出会った男に恋をするんだよ。だから、それは、僕のミスだし、恋は人生のほんの一瞬、少しの間だけだよ」
「一瞬?」

「そうだよ、その気持ちは一生は続かない。僕は、君を愛しているよ。愛は時に形も変わるけど、続いていくんだよ。ラブは僕と居れば、君が望む通りの生活が出来る。美味しい実を食べて、痛みも苦しみもない、満たされた生活ができる。君が、今僕に恋して無くても良いよ。僕らは長い時間を共にして、お互いを唯一無二の大切な存在にするんだ。それから、最後は本当に一つになる」
「でも……」
「僕は、ラブに恋もしているよ。だって、ずっと、ずーっと夢見て待ち焦がれていた、たった一人の人だもん。だから、僕がラブに愛して貰えるように努力するよ」

 アダムの顔は明るく、自信に満ちている。
 ラブは、口が塞がれたように、言葉を失った。

「おいで、見せてあげる。僕らの楽園を。君の気持ちは、きっと変わる」
 


 ラブは、アダムに手をひかれ、出口の扉の前までやって来た。

「あー、ちょっと待ってて、用意してくる」
 アダムは、支給されたポンチョ型のコートを、ラブに着せた。
 ヘビと違う匂いがする。
 アダムの背中を見送って、何時もより薄暗い床を眺めた。外の汚れを中に持ち込まないためのマットが置かれている。鳩とそれを洗った日を思い出した。雨のせいだろうか、土汚れがついている。

「はぁ……」
溢れそうなモヤモヤを、溜め息として吐き出した。肩は軽くなったけれど、気分は晴れない。じーっと意味も無く、床を睨んだ。

「まだかな……アダム、遅いなぁ」
 暗いところで一人で居たら、段々心細くなって、ラブはアダムのコートを握りしめた。
 暫く動かないでいたら、電灯が消えて、慌てて動き出そうとしたら、扉が開いた。

「ごめんね、ラブ。お待たせ」
 アダムが入ってくると、電気が点いた。

 さぁ、行こう。

 差し出されたアダムの手を取り、外に一歩足を踏み出すと、鼻につく匂いがした。

 ラブは、クイッと上げて何だろうと、疑問に思い周囲を見回した。しかし、月明かりも遠く、コロニードアも閉まり、よく見えない。促されるまま歩くと、今度は足下が何時もより泥濘んでいて、驚いた。

「……アダム」
「ああ、昼間は雨だったせいかな? ここまで濡れているよね、抱っこする?」

 コロニーの出入り口から続くトンネルは排水のために、やや傾斜がついているが、コンクリートで固められているわけでも、石が敷き詰められているわけでもない。人類が再び誕生し、完全に埋められていた状態から掘り進めて道を作った。そのままだ。
なので、雨が降った日に、人の出入りが多ければ、人々はそこで水滴を払うために、土は水を含む。

「いい、歩くよ。それより、この匂いなぁに」
 ラブは、アダムの大きな手をギュッと握り、身を寄せて歩いた。

「そこそこ長いトンネルだからね、雨降ったりするとジメジメして、妙な匂いする事あるよね。やっぱり、暮らすのは日の光が当たる家が良いよね。実は、もう大分出来てるんだ」
「そうなの⁉」
「うん。だって僕の方が四年早く生まれたからね」
「そうなんだ」
「そうなんだよ。二年くらい経ってから、ずっとソワソワしてた。まだかなぁ、僕のイブは、まだかなぁって。何が好きかな? どんな顔で笑って、どんな声で話をするんだろう。怒らせたり、喧嘩をしたら、どうすれば良いんだろうって、動物たちのコミュニケーションを観察してたけど、彼ら喋らないし、参考にならないから、偽物でもいいから人間を観察しようって思って、ここに来たんだ」
「偽物?」

「うわぁ、見てラブ。今日は満月だよ」

 トンネルを抜けると、夜空には輝く星と、抜け出てきそうな程、大きな月が輝いていた。

 わぁ、と圧倒されて眺めていると、隣でアダムが指笛を吹いた。すると、一頭の馬が駆け寄ってきた。
 闇の中でも認識できるくらい、輝かしい白馬だった。

 ラブの口が、ポカーンと開いた。ヘビの白馬の王子妄想の話が頭に浮かぶ。

「……白馬、本当に来た……」
「どうしたの?」
「へ、ヘビが、白馬の王子が迎えに来るって妄想、若い女の子の病気だって」
「そんな病気があるの?」
「ん、んー、わかんない」

 アダムに問われ、ラブは首を振った。アダムは、クスッと笑って、馬の手綱を引き寄せた。胴も厚く、足も太い白馬は勇ましく、聡明な顔をしていた。ラブに顔を寄せてきたので、そっと頬に触れると、スリスリと擦りつけてきた。

「かわいい」
 呟いたラブに、「ありがとう」とアダムが照れたように言った。

「アダムじゃないよ、馬だよ」
「えー、まぁ、僕は素敵とか、格好いいの方が良いから、まぁいっか」
「……」
 ラブがパチパチと瞬きを繰り返した。

「さぁ、行こうか」
「うん」
 アダムは、ラブの脇に手を差し入れ、子供のように抱き上げた。

「うわぁ……高い」
「よいしょ、そうだね、気分爽快だよね」
「馬、私も一人で乗れるようになる?」
「うん、あっという間だよ。この子の番が楽園で待ってるよ」

 アダムが、ラブの後ろに乗り、ラブを抱き込むように手綱を手にした。
 二人の体が密着し、ラブは胸に広がる安心感に唇を噛んだ。

「よし、出発だよ」

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