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洗濯物
しおりを挟む「何処行ったのかな?」
アダムは、部屋に居なかった。
(アダムは、よく分からない所がある。ポンコツみたいに見えるけど、そうじゃないみたいだし、無駄話はいっぱいするのに、実の事とか、楽園の事とか、大事な事は何も教えてくれないし……フラフラと居なくなるし)
いつもより薄暗い居住区に佇んで、溜め息を吐いた。すると、居住区から誰かが出ていく扉の音がした。
「?」
ラブは、誘われるように、誰かの影を追った。
ラブが歩く先の足下灯がポツポツと灯っていく。それが楽しくて、足を進めた。
(そういえば、この先にヘビと一緒にいった滝があるんだよね。行ってみようかな?)
あの癒やされる空気を吸って、頭をすっきりさせたい。
自分の考えに、ニッコリ笑って歩き出すと、誰かに腕を引かれた。
「きゃあ!」
驚いて硬直している間に、開かれた扉の中に引きずり混まれた。
「痛っ」
壁に追い込まれ、背中を打ち付けた。ズルズルと床に座り込み、見上げると、驢馬の顔が近くまで迫っていた。部屋は薄暗く、足下灯のオレンジ色の光が、驢馬の目に仄かに映り込んでいる。
「いっ、いきなり何するの⁉」
恐怖で声が上擦るのを、必死に押さえて口にした。
「よぉ、丁度良いところに来たな」
「どういうこと? 離してよ!」
ラブの肩は、驢馬によって壁に押しつけている。彼の口からは、酒の匂いがする。目も、うつろで酔っているのが見て取れる。
「知ってるか? コロニーの節電モードの日は、いつもより監視の目が緩いんだぜぇ。つまり何しても良いって事だよな」
驢馬は、ゲラゲラと笑った。ラブは、眉を顰めた。何とか、逃げ出さないと。周囲に目を走らせた。驢馬の直ぐ後ろの内開きのドアは、少し開いている。
「私、もう帰るから」
ラブは、驢馬の手を振り払い、膝に手を突いて立ち上がった。
「はぁ? 今から楽しむ所だろ?」
驢馬が身を寄せてきたので、ラブは後ずさり、ドアに向かって走った。
「待てよ!」
「離して! キボコに言うよ!」
ラブが、ドアに手を掛けた所で、驢馬に捕まった。後ろから抱きしめられて、嫌悪感で震えが走った。
「はっ、気持ち悪りぃこと言うな」
「やめてってば!」
ラブが身をよじって暴れたが、驢馬はビクともせず、腰を抱いた。そして、もう一方の手が、ラブの服を脱がそうと弄っている。
「やだ! 離して……あっ」
再び、部屋に連れ戻されている間に、ラブは思い当たって、腕輪を操作し、ヘビにコールした。
「いっ、今、ヘビ呼んだよ!」
「おい! 何、余計な事してんだよ!」
驢馬は、ラブの腕輪を掴んで、無理矢理外して、投げつけた。クルクルと回転した腕輪が、部屋の片隅で止まった。
「場所を変えるぞ。もう俺達は執行部にも、AIにも従わねぇんだよ」
「痛い! 痛いってば!」
驢馬の腕が、再びラブを捕らえ引いた事で、灯りのセンサー位置から外れ、辺りが真っ暗になった。
「何だ?」
今だ、驢馬の注意が逸れて、力が緩んだ瞬間、ラブは走り出した。
「くそっ、待て!」
最初は、膝がフラフラしたが、必死に走った。驢馬が何処かにぶつかって呻いている声がしたけれど、振り返ることなく、走り続けた。
途中、滝への扉を見つけて飛び込んだ。
はぁはぁ、と息をきらして、アクリル板に近づいた。
「……」
滝は、青色のライトに照らされて美しかった。滝壺は真っ暗で何も見えない。
「……嫌い、あの男、本当に大っ嫌い、気持ち悪い」
伝わってきた、驢馬の体温が汚染するように体に残っている気がする。
「……うっ」
肌をギュッと押さえたけれど、感覚が消えない。
それに、せっかく貰った新しい洋服、綺麗にした髪の毛。
全てが台無しになった気がして、怒りと悲しみがわき上がって、ラブの目から涙が流れた。
ポタポタと流れ落ちる涙は、滝へと降り注いだ。
「このお水、洗濯に使われるって言ってた……」
ラブは、身を乗り出して滝壺を覗き込んだ。
「……」
足から振り落とすように、サンダルを脱ぎ捨てた。
どうにでもなれ、そんな気持ちで飛んだ。
広がる水音と、水しぶき。真っ暗だ。洗濯物になった気分だ。そんな暢気な事を考えた。
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