39 / 73
鬼の霍乱
しおりを挟むラブは、ふと目が覚めた。部屋の中は真っ暗で、何時だろうかと腕輪に触れた。
二時半だ。もう一度眠ろうと、目を瞑った。
「……」
何度、寝返りをうっても意識は沈んでいかない。
諦めて、身を起こした。膝を立てて、ぼーっとしていると、外から音がした。
何処かの部屋のドアが閉まる音だ。ほんの微かな音だったが、妙に気になって歩き出した。
そっと、ドアを開いて廊下へ出た。
居住区は、夜は真っ暗になる。足下灯の人感センサーが働き、ラブの動きに伴ってポツポツと灯りが灯っていく。
階段を下り、一階の広いスペースまで来ると、ヘビの部屋の前に何かが置かれていた。
「何だろう?」
少し、心許なくて、小さな声で呟きながら、近づいた。
「っ⁉」
あと少しの所で、ドアが開いた。室内の明かりが眩しくて、目を細めて顔を突き出すと、気怠そうに出てきたヘビと目が合った。
ヘビは、ラブを顎でしゃくり、アッチへ行けと示すと、ドアの前に置かれた水筒と、紙の封筒を拾った。封筒の表には『薬、一回一袋のむように』と書いてある。
ラブは、呆然と見つめて居ると、部屋の中に戻ろうとしたヘビが、ふらついた。
「ヘビ⁉」
ラブは、急いで駆け寄って、大きな体に抱きつくように支えた。
「近寄るな……熱が出た、うつるぞ……」
ヘビの声は、いつもより、しゃがれていた。室内の壁に預けた顔が真っ赤だ。呼吸も荒い。
夜中に熱発し、端末が異常を知らせ、クイナが部屋の外に薬を届けた。
「だ、大丈夫⁉」
ラブは、歩きながらサンダルを脱いで、朦朧とするヘビを支えてベッドまで誘導した。
「うわぁ」
ベッドに辿り付くと、横になろうとするヘビに巻き込まれ、ラブも抱き合うように寝転んだ。触れた肌が熱い。
「ヘビ、大丈夫?」
ヘビの腕の中から抜け出し、ラブがベッドに起き上がった。腕を伸ばして額に手を当てると、ヘビの目が少しだけ開いて、ラブを見上げた。
「ラブ……」
名前を呼ばれ、ラブは、手を引いて口を押さえた。指の隙間から、気持ちが溢れ出しそうで唇を噛みしめた。泳いだ視線が、ベッドの下に投げ出されている水筒と封筒を捕らえた。
「そうだ、く……薬のむんだよね?」
ラブは、じっと見つめてくるヘビから逃げるように、水筒を拾いに行き、封筒から薬を出した。粉が紙におり包まれている。
「ヘビ、お薬だよ」
水筒をベッドサイドに置いて、薬の包み紙を開いた。ヘビは紅い顔で、ボーッとラブをみつめている。
「少し起きて、お口開けて」
「……」
ラブが片手をヘビの肩の下に差し入れて、起きるように促すと、ヘビが腕をついて怠そうに起き上がった。
「はい、あーんして」
ヘビの口を覗き込むために、ラブは膝立ちになった。ヘビが、素直に大きな口を開いた。その姿に、ラブの胸が疼いた。
「お薬いれるよ」
正方形の紙を三角に二つ折りにして、ヘビの口に宛がった。サラサラと粉が流れていくと、ヘビの顔が顰められた。高い鼻がヒクヒク動いた。
「あっ」
「へくしゅん!」
舞い上がる白い粉が、霧のように広がり、やがて消えた。
「……ごめんね」
ラブは、布団に広がった薬を見下ろして謝った。ヘビは、半眼の状態で水筒に手を伸ばし、ゴクゴク水を飲んで、長い手足を収納し丸くなって眠り始めた。
「どうしよう……」
紙を確認するけれど、少しも薬は残っていない。代わりの薬をもらいに行こうと思い、立ち上がって閃いた。部屋に、赤い実の残りがある。
アダムは、実を食べれば、怪我も病気も治ると言っていた。ラブは、自分の部屋に急いだ。
自室に飛び込み、赤い実に手を伸ばして、粉まみれの布団を思い出し、自分のベッドの布団をぐしゃぐしゃに丸めて腕に抱きしめ、実を掴んだ。
「ヘビ、お待たせ」
ヘビの部屋に戻り、眠り続けるヘビの布団を、そっと剥がして、自分の布団と取り替えた。
ベッドの横に正座して、横を向いて眠っているヘビに向き合い、4分の1程の実の端っこを、毟るようにちぎった。透明の果汁が滴りそうになり、急いでヘビの口に運んだ。
「……ん」
「ヘビ、食べて」
ヘビは、ギュッと口を閉じるので、彼の唇が濡れていく。
「お口、開けて」
ヘビは、目を閉じたまま、顔を背けて、濡れた唇を舐めた。すると、美味しかったのか、口を開いた。
「良い子、ヘビ、良い子!」
ラブが、一口、二口と実を運ぶと、三口目で、もういらないとばかりに、ヘビは布団を被った。
「……大丈夫かな?」
実をベッドサイドにおいて、足の出てしまっている布団を引っ張り、ヘビを見守り始めた。
時間が経つにつれ、ラブの首が揺れだし、そのままベッドに頭を沈めた。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
【完結】人形と呼ばれる私が隣国の貴方に溺愛される訳がない
紺
恋愛
「お姉様に次期王妃の責務は重いでしょう?」
実の妹に婚約者と立場を奪われた侯爵令嬢ソフィアは、事実上の厄介払いとも取れる隣国の公爵への嫁入りを勝手に決められた。
相手は冷酷で無愛想と名高いが、むしろ仮面夫婦大歓迎のソフィアは嬉々として相手の元に向かう。が、どうやら聞いていた話と全然違うんですけど……
仮面夫婦の筈がまさかの溺愛?!
※誤字脱字はご了承下さい。
※ファンタジー作品です。非現実な表現がある場合もございます。
稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています
水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。
森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。
公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。
◇画像はGirly Drop様からお借りしました
◆エール送ってくれた方ありがとうございます!
【完結】捨てられ正妃は思い出す。
なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」
そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。
人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。
正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。
人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。
再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。
デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。
確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。
––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––
他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。
前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。
彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。
OL 万千湖さんのささやかなる野望
菱沼あゆ
キャラ文芸
転職した会社でお茶の淹れ方がうまいから、うちの息子と見合いしないかと上司に言われた白雪万千湖(しらゆき まちこ)。
ところが、見合い当日。
息子が突然、好きな人がいると言い出したと、部長は全然違う人を連れて来た。
「いや~、誰か若いいい男がいないかと、急いで休日出勤してる奴探して引っ張ってきたよ~」
万千湖の前に現れたのは、この人だけは勘弁してください、と思う、隣の部署の愛想の悪い課長、小鳥遊駿佑(たかなし しゅんすけ)だった。
部長の手前、三回くらいデートして断ろう、と画策する二人だったが――。
悪役令嬢の私は死にました
つくも茄子
ファンタジー
公爵家の娘である私は死にました。
何故か休学中で婚約者が浮気をし、「真実の愛」と宣い、浮気相手の男爵令嬢を私が虐めたと馬鹿げた事の言い放ち、学園祭の真っ最中に婚約破棄を発表したそうです。残念ながら私はその時、ちょうど息を引き取ったのですけれど……。その後の展開?さぁ、亡くなった私は知りません。
世間では悲劇の令嬢として死んだ公爵令嬢は「大聖女フラン」として数百年を生きる。
長生きの先輩、ゴールド枢機卿との出会い。
公爵令嬢だった頃の友人との再会。
いつの間にか家族は国を立ち上げ、公爵一家から国王一家へ。
可愛い姪っ子が私の二の舞になった挙句に同じように聖女の道を歩み始めるし、姪っ子は王女なのに聖女でいいの?と思っていたら次々と厄介事が……。
海千山千の枢機卿団に勇者召喚。
第二の人生も波瀾万丈に包まれていた。
【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」
静寂をかき消す、衛兵の報告。
瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
【完結】貴方の後悔など、聞きたくありません。
なか
恋愛
学園に特待生として入学したリディアであったが、平民である彼女は貴族家の者には目障りだった。
追い出すようなイジメを受けていた彼女を救ってくれたのはグレアルフという伯爵家の青年。
優しく、明るいグレアルフは屈託のない笑顔でリディアと接する。
誰にも明かさずに会う内に恋仲となった二人であったが、
リディアは知ってしまう、グレアルフの本性を……。
全てを知り、死を考えた彼女であったが、
とある出会いにより自分の価値を知った時、再び立ち上がる事を選択する。
後悔の言葉など全て無視する決意と共に、生きていく。
今さら、私に構わないでください
ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。
彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。
愛し合う二人の前では私は悪役。
幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。
しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……?
タイトル変更しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる