神様のひとさじ

いんげん

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鬼の霍乱

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ラブは、ふと目が覚めた。部屋の中は真っ暗で、何時だろうかと腕輪に触れた。
 二時半だ。もう一度眠ろうと、目を瞑った。

「……」
 何度、寝返りをうっても意識は沈んでいかない。

 諦めて、身を起こした。膝を立てて、ぼーっとしていると、外から音がした。

 何処かの部屋のドアが閉まる音だ。ほんの微かな音だったが、妙に気になって歩き出した。
 そっと、ドアを開いて廊下へ出た。

 居住区は、夜は真っ暗になる。足下灯の人感センサーが働き、ラブの動きに伴ってポツポツと灯りが灯っていく。
 階段を下り、一階の広いスペースまで来ると、ヘビの部屋の前に何かが置かれていた。

「何だろう?」
 少し、心許なくて、小さな声で呟きながら、近づいた。

「っ⁉」
 あと少しの所で、ドアが開いた。室内の明かりが眩しくて、目を細めて顔を突き出すと、気怠そうに出てきたヘビと目が合った。
 ヘビは、ラブを顎でしゃくり、アッチへ行けと示すと、ドアの前に置かれた水筒と、紙の封筒を拾った。封筒の表には『薬、一回一袋のむように』と書いてある。
 ラブは、呆然と見つめて居ると、部屋の中に戻ろうとしたヘビが、ふらついた。

「ヘビ⁉」
 ラブは、急いで駆け寄って、大きな体に抱きつくように支えた。

「近寄るな……熱が出た、うつるぞ……」
 ヘビの声は、いつもより、しゃがれていた。室内の壁に預けた顔が真っ赤だ。呼吸も荒い。
 夜中に熱発し、端末が異常を知らせ、クイナが部屋の外に薬を届けた。

「だ、大丈夫⁉」
 ラブは、歩きながらサンダルを脱いで、朦朧とするヘビを支えてベッドまで誘導した。

「うわぁ」
 ベッドに辿り付くと、横になろうとするヘビに巻き込まれ、ラブも抱き合うように寝転んだ。触れた肌が熱い。
「ヘビ、大丈夫?」
 ヘビの腕の中から抜け出し、ラブがベッドに起き上がった。腕を伸ばして額に手を当てると、ヘビの目が少しだけ開いて、ラブを見上げた。

「ラブ……」
名前を呼ばれ、ラブは、手を引いて口を押さえた。指の隙間から、気持ちが溢れ出しそうで唇を噛みしめた。泳いだ視線が、ベッドの下に投げ出されている水筒と封筒を捕らえた。

「そうだ、く……薬のむんだよね?」
 ラブは、じっと見つめてくるヘビから逃げるように、水筒を拾いに行き、封筒から薬を出した。粉が紙におり包まれている。

「ヘビ、お薬だよ」
 水筒をベッドサイドに置いて、薬の包み紙を開いた。ヘビは紅い顔で、ボーッとラブをみつめている。

「少し起きて、お口開けて」
「……」
 ラブが片手をヘビの肩の下に差し入れて、起きるように促すと、ヘビが腕をついて怠そうに起き上がった。

「はい、あーんして」
 ヘビの口を覗き込むために、ラブは膝立ちになった。ヘビが、素直に大きな口を開いた。その姿に、ラブの胸が疼いた。
「お薬いれるよ」
 正方形の紙を三角に二つ折りにして、ヘビの口に宛がった。サラサラと粉が流れていくと、ヘビの顔が顰められた。高い鼻がヒクヒク動いた。

「あっ」
「へくしゅん!」
 舞い上がる白い粉が、霧のように広がり、やがて消えた。

「……ごめんね」
 ラブは、布団に広がった薬を見下ろして謝った。ヘビは、半眼の状態で水筒に手を伸ばし、ゴクゴク水を飲んで、長い手足を収納し丸くなって眠り始めた。

「どうしよう……」
 紙を確認するけれど、少しも薬は残っていない。代わりの薬をもらいに行こうと思い、立ち上がって閃いた。部屋に、赤い実の残りがある。
 アダムは、実を食べれば、怪我も病気も治ると言っていた。ラブは、自分の部屋に急いだ。


 自室に飛び込み、赤い実に手を伸ばして、粉まみれの布団を思い出し、自分のベッドの布団をぐしゃぐしゃに丸めて腕に抱きしめ、実を掴んだ。

「ヘビ、お待たせ」
 ヘビの部屋に戻り、眠り続けるヘビの布団を、そっと剥がして、自分の布団と取り替えた。
ベッドの横に正座して、横を向いて眠っているヘビに向き合い、4分の1程の実の端っこを、毟るようにちぎった。透明の果汁が滴りそうになり、急いでヘビの口に運んだ。

「……ん」
「ヘビ、食べて」
 ヘビは、ギュッと口を閉じるので、彼の唇が濡れていく。

「お口、開けて」
 ヘビは、目を閉じたまま、顔を背けて、濡れた唇を舐めた。すると、美味しかったのか、口を開いた。

「良い子、ヘビ、良い子!」
 ラブが、一口、二口と実を運ぶと、三口目で、もういらないとばかりに、ヘビは布団を被った。

「……大丈夫かな?」
 実をベッドサイドにおいて、足の出てしまっている布団を引っ張り、ヘビを見守り始めた。
 時間が経つにつれ、ラブの首が揺れだし、そのままベッドに頭を沈めた。

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