神様のひとさじ

いんげん

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集団生活って難しい。

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ラブは、居住区まで走って帰ってきた。

(ヘビ、喜ぶかな? このお菓子は、ヘビの好きなお菓子なんだよね。私は、ヘビに食べ物貰うの嬉しい、ヘビも嬉しいかな)

 笑顔が溢れる。ラブは、目に映る物が、キラキラしているように見えた。早くヘビに会いたかった。ヘビが喜ぶ顔を想像して、ワクワクが止まらなかった。

(これって……恋?)

 ラブは、足を止めて片手を胸に当てた。

「何よ、それ」
「うぁ!」
 二階部分の廊下から、稲子が驢馬ろばと歩いてきた。彼女の視線が、ラブのお菓子のケースに注がれている。ラブは、それを背後に隠した。

「何でも無いよ」
「何でもないなら隠さないじゃん! 見せなさい!」
 稲子が、足音を立てて階段を下ってきた。驢馬もニヤニヤと笑って彼女の後を追ってきた。

「クイナに貰ったお菓子だよ……」
 ラブは、稲子に胸を押され、後ずさって俯いた。

「大した物じゃないなら、なんで隠すんだよ」
 驢馬は、ラブの背後に回った。

「何だ? 本当に、ただの菓子じゃねーか」
「か、返して! ヘビにプレゼントするの!」
 驢馬がケースを奪い取ったので、ラブは、ソレを取り返そうとした。しかし、稲子に髪を引かれ、手が届かなかった。
「痛いっ」

「バカじゃん! ヘビが、こんな物貰って喜ぶとでも思ってんの? 子供じゃねーんだよ」
 稲子は、ラブの髪を放して、大袈裟に笑った。
そうなの? ラブは、今まで昂ぶっていた心が、しぼんでいった。

「あははは、良かったわ、相手がバカで。私だったら、ヘビにもっと良い物を贈れるし!」
「……」
「じゃあ、仕方ねえから、俺が貰ってやるよ」
「だ、駄目! やめて!」
 ケースを開けて、黒糖クルミを食べようとする驢馬の手を掴んだ。

「離せよ!」
 二人の身長は、そんなに変わらないが、驢馬もそれなりに肉体労働する男だ。力の差は歴然としていて、ラブは片腕で抱き込まれ、動きを封じられた。

「いただきまーす」
 稲子が驢馬の手のケースから、見せつけるように食べた。余った分は、驢馬がケースごと口元へ運び、中身を放り込んだ。

「別に、普通。良かったじゃん、恥かかなくて、感謝しなさいよ」
「んー、まぁ、また何か貰ったら持ってこいよ。御礼に、俺が遊んでやるぜ」
「やっ!」
 驢馬が顔を近づけてきたので、ラブは、その頬を叩いた。

「……痛てぇーな、オイ」
「アンタ、ヘビなんて高望みしないで、驢馬で良いじゃん、お似合いじゃない」
 稲子は、笑いながら兄、驢馬の背中を叩いた。

『何か、問題が起こりましたか?』

 三人の頭上で、ハジメの声がした。居住区の共用スペースは、昔、殺傷事件が起きてから、ハジメの監視の目が光っている。

「何でもねぇよ」
「新人が喧嘩売ってきたのよ、無視するし」
 驢馬がラブを離して、両手を広げた。稲子もラブから一歩遠ざかった。

「……」
 ラブは、ケースの蓋を閉めて、駆け出した。

 悔しくて、悲しくて、恥ずかしくて

 誰もいない所に行きたかった。
 体を硬くして、俯き、呼吸が苦しくなるくらい走ると、畑までやってきた。


 ワンワン

 サルーキが尻尾を振って寄ってきた。

「……」
 遊んで貰えるかと喜んで、ラブに鼻を擦りつけたサルーキだったが、暗い顔して黙っているラブを見上げ、彼の尻尾も垂れた。
 ラブが、フラフラと歩き出すと、心配そうに見守り、サルーキも寄り添って付いてきた。

「もう、人間の群れなんて嫌い……」

 ラブが木の下にしゃがみ込むと、涙が溢れ出した頬を、サルーキがペロペロとなめた。

(頭がパンパンになって、体から出て行っちゃいそう!)

 ラブは、握りしめた、空のケースで手が痛んだ。
 もう、こんなのいらない。思いっきり投げ捨てようとしたけれど、手はそっと、ソレを地面に転がした。

 クーン
 サルーキが転がったケースを咥えて戻ってきた。

「……」
 ラブは、首を逸らして、膝の下に手を隠した。いらない、とアピールする為だ。


「よぉ、バカ女」
「っ⁉」
 また、誰かに絡まれた。ラブは、恐る恐る顔を上げた。

「なんだ……小さい男さんか」
「バンビだっつーの、なんだよお前、ベソかいて泣いてんのかよ!」
 バンビは、囃し立てるようにラブを指さして笑った。

「そうなの……バカだし、恥ずかしいし、悲しいの」
「は、はぁあ?」
 言い返して来ると思ったのか、バンビは困惑して瞬きを繰り返した。そして気まずそうに、横を向くと、困った様子のサルーキと目が合った。

「何だよ、虐められたのか?」
 バンビは、サルーキが咥えていたケースを受け取った。

「わかんない」
 ラブは、立てた膝に顔を埋めた。

「何だよコレ、食い物でも取られたのか?」
「ヘビに……プレゼントしようとしたけど……そんなの喜ばないって」
「はっ、あの男の何処が良いんだよ」
「……」
 バンビの声が冷たくなって、ラブが顔を上げた。

「アイツは、人の心なんて無い、女を見殺しにする奴だぜ」
 不思議と自分より辛そうな顔をしている子供を前にして、ラブは自分に起きた出来事がよそへ行ってしまった。
「何があったの?」
 バンビの表情を見逃さないように、じっと見つめた。

「……」
 バンビは、ケースをラブに投げた。うわぁ、辛うじて受け取ったラブが顔を上げると、バンビは、するすると木を登っていた。

「俺と母さんが……外で獣に襲われた時、アイツ、助けに来たのに、母さんを置いて逃げたんだ」
 バンビの話は、断片的でラブには情景が想像出来なかった。

「何度も、助けに戻ってくれって言ったのに」
 ラブは、目線より高い位置に座ったバンビを見上げた。

「あいつは、母さんを見捨てた……」
 バンビの顔は、泣き出しそうに目が潤んでいるのに、瞳は強く遠くを睨んでいる。

 ラブは、バンビの小さな背中に、そっと手を当て「だっこしようか?」と聞いた。

「はあ⁉ いらねぇよ!」
「そうなの? あのね、ラブ知ってるけど――この地に蔓延る命は、土に還って、実ができて、新しい命になるんだよ」
 ラブは、目をつむって、いつか見たような景色を思い浮かべた。

 ラブと、番う男の上に枝を広げる大きな木。その周囲には、人間達が栄えている。

「何だよ それ、お前の所の宗教か何かか? そういうの求めてねーし。母さんは帰ってこないだろ!」

 バンビの怒りは、ラブに向かった。
 今まで散々、お母さんは、貴方が助かって喜んでいると慰められたり、もう母親は居ないから甘えるなと叱られたりした。
 どれもこれも、バンビには無神経に心を削っていく敵のように思えた。だれも母を自分に返してはくれない。

「帰って来るよ」
「嘘つくなよ! お前、そんなんだから、虐められたんだろ」

 バンビは、枝から飛び降りた。もうバンビは十歳になった。死んだ人間が帰ってこないことくらい。頭ではちゃんと理解している。なのに、そんな夢見がちな慰めをしてくるラブに腹がたった。バンビは、振り返り、ラブをキツい目で睨み付けた。

「……ごめんなさい」
 ラブは、バンビの表情で、自分が何か間違えた事を察した。

「何で謝るんだよ」
「だって、怒ってるから……あっ、そうだバンビ、声を送る方法知ってる?」
「……」
 バンビは、怒りをアピールするように眉間に皺を寄せて、ラブの腕を掴んだ。

「相手は? あいつか?」
「うん、ヘビだよ」
 腕輪がら、カタカタと音がして、ラブの顔に近づけられた。
 バンビが、早くしろと顎をしゃくった。

「ヘビ……やっぱり、来なくて良いです」
 努めて冷静に言ったけれど、不自然に単調な声になった。

「ありがとう、バンビ。お母さん、早く また会えるといいね」
「お前! そんな発言してると、鳩みたいにアイツらの奴隷にされるぞ!」
「きゃあ」
 バンビは、ラブの足に蹴りを入れた。もちろん彼なりに手加減をしたので、大した衝撃は無かったけれど、ラブは驚いてよろけ、サルーキが、バンビを窘めるように吠えた。

「いいか、そういうバカな発言、もうするなよ!」
 バンビは、走り去った。

 残されたラブは、どっと気持ちに蓋が被さってきた。

「みんな、難しいなぁ……」

 深いため息を吐き出し、空腹を訴えるお腹をさすった。

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