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第四十七話 もしも……

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「……寝るのか……コイツには警戒心ってものは無いのか……」
 寧々は、車が走り出して数分で船を漕ぎ始め、気持ちよさそうな寝息が聞こえてきた。
 匠は、車通りのない海岸沿いの道で、停車をして運転席から寧々を眺めていた。
「……」
 未だに、寧々が目の前に居ることに慣れない。
 日本のパーティーで見かけてから、もう二度と会うことが無いと思っていた。
 遠くで眩しいく見ていた存在が、手の届く場所に存在している。
 匠は、手を伸ばし寧々の頬に触れた。すると寧々が、ふふ、と笑った。

「誰だと思ってるんだ……」
 愛しさと苦しさが、匠の心に同時に湧き上がってくる。
 この八年間、匠は欲しい権力も人材も、技術も、全て強引にでも手に入れて来た。
周辺国の民間人を守りながら、構想していた防衛プロジェクトを作り、これが日本にも採用されれば、寧々も少しは安全に暮らせるのではないかと思った。
遠く離れても、時が経っても……忘れられなかった。諦められなかった。

(目の前で他の男と結ばれてるのにな……馬鹿か俺は……他に女なんていくらでも居るだろう。なぜここまで執着するんだ)
 匠は、自分の頭を掻きむしり、ハンドルに伏せった。
「へくしゅ……」
「……」
 匠は、寧々のくしゃみで体を起こし、反射的に服を脱いで掛けようとしたが、脱げる上着が無かった。舌打ちして、後部座席に投げてあるジャケットを取り、寧々のシートを少し倒して上から掛けた。
「ふふ……」
「何がそんなに楽しいんだよ……お前、心臓は悪し、体は弱いし、殺人犯に暴行されて、こんな島まで来たんだろ……何なんだよ、凄い幸せって……馬鹿なんだろ」
 匠が寧々の顔を間近で眺めて、小声で文句を言った。
「顔が良いのは認めるが……この、見た目詐欺……」
「んん……」
 寧々の眉が顰められ、口が不満げに尖った。寝ているのに悪口を言われているのが分かるのか、と匠が苦笑した。

「……お前は、意外と賢いし、愛情深くて、優しい」
 匠が褒めると、寧々がまた笑った。
「お前と居ると、心地良い……俺まで、幸せを感じる。なぁ、俺がお前の側に居られたら……俺とアイツ、どちらを選んだ?」
 もしもの話など何の意味も無い。馬鹿なのは自分だと大きく息を吐き出して、エンジンをかけた。
「……らしくねぇな、考えるなら……どう、奪うかだ」

 遠くから戦闘機の音が聞こえてくる。
 寧々が先ほど見たのは、地平線に消える流れ星ではない。
この島が出来るまで、海竜対策の前衛の島として利用されていた島に何か起きたのだ。今は、海竜の産卵場として使われている島での閃光だ、碌な理由ではないだろう。
 国際条約に違反して恐竜の卵を売買する密猟人か、要塞堤防建設派の過激な活動の一つか。

(海竜に喰われて死ね……)
大概、国の法律では、漁業や、許可された生業以外、海岸に接近することを制限されている。それ故にルールを破った人間を、危険を冒してまで救助をする必要は無く、軍の仕事は、あくまで危険な海域まで入って来た海竜を殲滅することであり、救助は第一ではない。

「……ん」
 目が覚めたのか、寧々の体が、もぞもぞと動き出した。キョロキョロと周りを見回した後「もう少しで寝ちゃう所でした」と言いだし、匠の全身から力が抜けた。
「お前……起きてたのか?」
「ええ、もちろん」
 自分の胸に掛かっている上着と、倒されたシートを無視して、寧々が目力を強めた。
「じゃあ、俺のさっきの話はどう思う?」
 匠は、寧々の首の後ろに手を伸ばして聞いた。
「えっと……うーん、良いと思います」
 寧々の視線が泳ぎ、あははと乾いた笑いを浮かべ、頷いた。
「そうか、じゃあ期待しておけ」
「ん? はい?」
「着いたぞ」

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